魔導機兵エクスマキナ 第3話

――それから一週間後。
俺は休むことなく新型試作機の組み立てを続け、ひとまずの完成まで八割弱といったところまで辿り着いていた。

もちろん、これはあくまで研究再開のスタートラインに過ぎないが、それでも大きな前進であることに変わりはない。

「うむ、見事なものだ。これを見せられてしまうと、以前の試作機がブリキの玩具のように思えてくるぞ」
「失礼な奴だな……といいたいところだけど、正直俺も同意見だ。我ながら完成度が違いすぎる」

フィオナと肩を並べて、新型試作機を見上げる。

ぎこちない人型だった旧型と比べ、こちらはより自然な人型のシルエットをしている。

頭や手を付け加えたから、だけではない。もっと抜本的な設計変更の賜物だ。

「確か……『魔力場応答性収縮繊維』だったか。最初に話を聞いたときは正気を疑ったものだが、大した技術ではないか。よくこんな素材を作れたものだ」
「前にも言ったけど、アレを発明したのは他の奴だよ。褒めるならゲオルクの奴を褒めてやってくれ。あいつ評価に餓えてるからさ」

以前フィオナにした説明を思い返す。

新型試作機を設計するにあたり、武装を変更しやすくするために手を付け加え、視界の狭さを改善するために頭部カメラと操縦席のディスプレイを追加した。

しかし、これだけではまだまだ足りていない。

ゴーレムと戦ったとき、旧型試作機は片腕を相打ちで潰し合ったり、紙一重の回避からのカウンターを狙ったり、動作の機敏さではギリギリ互角というのが精一杯だった。

ミステリア皇国の魔法使いも馬鹿じゃない。
ゴーレムに対抗できる新兵器が現れたら、それに合わせてゴーレムを強化してくるに決まっている。

それを考えれば、現時点で互角止まりというのは不十分だ。
せめて今のゴーレム程度には圧勝できるようにならなければ。

機敏に動けなかった原因は分かっている。

機体のアクチュエーター、つまりエネルギー源の魔力を物理的な運動に変換する部品が、普通の重機と同じ魔導式のモーターやシリンダーだったからだ。

これらはパワーこそ申し分ないが、重量が嵩むという欠点がある。
そこで俺が考えたのは、知り合いの錬金術師が開発した新素材を採用することだった。

魔力場応答性収縮繊維――魔力に反応して収縮する特殊繊維だ。

腕や足の金属フレームを『骨』と考え、その周囲に人体の『筋肉』を模した配置でこの繊維の束を配置することで、いわゆる『人工筋肉』として四肢を動かす……これが新型試作機の駆動方式。

単純なパワーこそ従来方式に劣るが、反応速度と軽量性、そして動作の柔軟性ではこちらが上。

エクスマキナに求められる性能をより強く満たしている……はずである。

加えて、従来型ではアクチェーターの駆動音のせいで操縦席が酷い騒音まみれだったが、この方式は静音性にも優れているので、恐らく通信機や集音器を使えば周囲の人間と会話をすることもできるだろう。

「素直に他人を頼れるのも立派な長所だ。ましてやお主の場合……詳しい事情は知らんが、不仲な父上の研究も取り入れているのだろう? 簡単にはできんことだ」
「……そうでもないさ。親父とは研究方針の食い違いで喧嘩別れして以来だよ。身内といえば、あんたも仲の良くない姉君とやらから誘われてたよな。呼び出し、受けるのか?」

我ながら、わざとらしいにも程がある話題逸らしだ。

「姉君? ああ、パトリシアのことか。紛らわしい言い方をして悪かった。年頃の近い皇族だから『姉様』と呼んでいるだけで、実の姉というわけではないよ。遠縁の親戚だ」
「ただの渾名ってことか。でも会いたくないことに変わりはないんだろ」
「まぁ……あちらからすれば、私は憎たらしい存在だろうから、な」

勿体ぶった言い回しに思わず小首を傾げる。

フィオナは俺の顔を横目で見上げ、くすりと微笑んだ。

「話せば長くなるぞ」
「……簡潔に頼めるか?」

◇ ◇ ◇

数日後、フィオナ・シャムロックは湖畔のコテージを訪れていた。

その傍らに、レオンハルト・グリムの姿はない。
同行者はここまで自動車を走らせてきた運転手一人だけ。

ヴェステンブルク市の近郊を流れる川の上流、そこには森に囲まれた湖が広がっており、戦前は富裕層向けの保養地として栄えていた。

だが、今となってはその面影もない。
ほとんどの建物は戦争を境に打ち捨てられ、半ば廃墟と化している。

しかし、フィオナが訪れたコテージは、その数少ない例外の一つだった。

「いらっしゃい、フィオナ」

コテージの広いテラスでフィオナを出迎えたのは、見るからに高貴な雰囲気を漂わせた若い女だった。

年齢はフィオナよりもやや高く、金色の髪を優美に伸ばし、高圧的な笑みをフィオナに向けている。

「お久しぶりです、パトリシア姉様。お互いに忙しい時期でしょうに、一体何を……」
「貴女も分かっているでしょう。フィオナ、今すぐ『選帝戦』から手を引きなさい」
「……思いの外、時間が掛かりましたね。もっと速くに横槍を入れてくるものかと思っていましたが」
「仕方がないでしょう。貴女、曲がりなりにも皇女のくせに、ろくな護衛もつけずに動き回っていたそうじゃない。おかげで居場所を突き止めるのがこんなに遅れてしまったわ」

フィオナは眉をひそめて息を吐いた。

事の起こりは十五年前。
戦争がサイエンティア側の敗北で終わりつつあった頃、先代皇帝が急逝したことに起因する。

今も死因は定かではなく、病死とも暗殺とも、敗戦を悲嘆しての自決とも言われているが、そこはさして重要ではない。

問題は、次の皇帝が敗戦の責任を負わされるという、ただ一点。

本来の継承候補者達は次期皇帝の座を醜く押し付け合い、最終的に遠縁の親類であったブライアン・シャムロック――フィオナの父が貧乏籤を引かされることになったのである。

「現皇帝……貴女の父上は、敗戦の責任を取るためだけに擁立された皇帝だったはず。それがどうしたことかしら。敵国のミステリアからの追及をかわし、庶民達の議会まで手懐けて、十五年も帝位にしがみつき続けているわ」
「良いことでしょう。可能な限り有利な条件で停戦をもぎ取り、国民の支持も篤いということなのですから」
「身の程を知りなさい。私達の一族こそが正当な皇帝の血筋。貴女達は所詮、二百年前に皇女の一人を娶っただけの傍流なのよ」

パトリシアは嘲るように笑った。

「お父様が帝位の明け渡しを求めたのは、我が一族にとって当然の権利。ところがあの男ときたら、カビの生えた大昔の法律を引っ張り出して、選帝戦なんていう悪足掻きを始める始末。不愉快極まりないわ」

選帝戦。次期皇帝の選出が著しく滞った場合のための制度。

現皇帝または帝国議会が定めた条件下で、各皇族が競争を行い、勝者には次期皇帝を選出する権利が与えられる。

開催は実に百五十年振り。帝国の長い歴史の中でも、たったの二回しか前例のない特例中の特例。

そして今回の選帝戦の勝利条件は――

「――最も優れた、対ゴーレム用の新兵器を開発した者が、次期皇帝を選ぶ権利を持つ。私としては、これ以上に平等で公平な条件はないと思いますが?」

これこそが、フィオナ・シャムロックがレオンハルト・グリムを、最強の兵器足りうるエクスマキナを求めた理由。

最強の兵器を作る。それはレオンハルトの夢であると同時に、フィオナにとっても果たすべき使命。

「平等? 公平? 私達が、貴女達と? そんな発想をする時点で不敬ね」
「……変わられましたね、パトリシア姉様。昔の貴女は、もっと心優しかった」
「それはそうよ。私達の身代わりになってくれていると思っていたんですもの。優しくしてあげて当然じゃない」

フィオナは遠い過去を懐かしむように空を仰いだ。

そして、強い決意の籠もった瞳で、真っ向からパトリシアを見据える。

「未練は消えました。私は自分が皇帝になりたいとは思いません。ですが、貴女達にも渡せない。私は選帝戦に勝利して、こう宣言します。次期皇帝は父上の心のままに、と」
「交渉決裂ね。残念だわ。できれば穏健に済ませたかったのに」

パトリシアが優雅な動作でバルコニーから外の地面に降りる。

次の瞬間、コテージの前に広がる湖の水面が盛り上がり、総岩石製の一体のゴーレムが姿を現した。

通常のゴーレムとの相違点を挙げるとすれば、頭部にまるで兜のような機械が取り付けられているという点だろうか。

「なっ……! ゴーレム!?」
「皇女フィオナは逸れゴーレムと遭遇し、不幸にも若き命を散らした。分かりやすい筋書きでしょう? せっかくだから、私を庇って犠牲になったという美談も付け加えてあげましょうか」

ゴーレムが一直線にコテージへ迫る。

その標的は紛れもなく、フィオナただ一人。

しかしフィオナは焦る素振りすら見せず、迫りくるゴーレムをバルコニーから見やっていた。

「殺しなさい! ミスティルテイン!」

ゴーレムが拳を振り上げる。

まさにその瞬間、森の中から現れた巨大な人影が割って入り、刀剣状の金属塊でゴーレムを押し返した。

「なあっ!?」
『どうせこうなると思ってたよ。準備してた甲斐があったな』

それはレオンハルト・グリムが駆る、エクスマキナの新型試作機。

まだ装甲のほとんどが施されておらず、白いカバーに覆われた人工筋肉の大部分が剥き出しになっていたが、その性能は実戦級の域に達している。

フィオナはあまりの驚愕に硬直したパトリシアを無視し、レオンハルトが乗り込んだエクスマキナに声を投げかけた。

「すまない、身内の諍いに巻き込んでしまったな」
『気にすんなよ。それに……どうもこいつは、俺にとっても身内の問題みたいだ』

エクスマキナが刀剣状の金属塊の切っ先をゴーレムに向ける。

『あれはミスティルテイン。ゴーレムの制御を乗っ取る寄生機械――俺の親父が開発した対ゴーレム兵器だ。どうやらアイツも、選帝選とやらに首を突っ込んだらしい』


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