母へ

かつて私はあなたの事が嫌いでした。
幼稚園の頃には勉強をさせられ、あまり頭の出来が良くなかった私はいつも泣いていましたね。
一番嫌だったのは、頭の出来の良い二つ下の弟と比べられた時だったでしょうか。
家で五年生の弟と一緒に二次関数のテストをさせられ、弟の方が正解が多かった時、私のプライドはズタズタになりました。
食事の時間は必ずニュース番組しか見る事は出来ず、アニメを見ることも、最新の音楽も聞くことも許されませんでした。
そうそう、ご飯も大皿に盛り付ける形ではなく必ず一人一皿用意して、どんなに嫌いなものが出ても自分のお皿を食べきるまで席を立てませんでしたね。あれも凄く嫌でした。
門限も厳しく、チャイムが鳴るまでに帰って来れなかった時は何時間でも家の外で立たされました。
他にも沢山ありますが、正直言って抱き締められた記憶も、優しくしてもらった記憶もありません。とにかく勉強をさせられ、ルールに縛られ、叱られていました。
今考えると大した事ない事でも、その時の感情はその時の私のもので、幼い私には一つ一つがとても辛いものでした。

そんなあなたに力で勝てるようになった中学生の時、見事なまでに反抗期に入りました。
これは後々聞いた話ですが、激し過ぎる反抗期にどうしたら良いのか分からなかったあなたは、相談に行ったカウンセリングの人に
「毅然とした態度で厳しく接しろ」
と言われたらしいですね。
しかしその結果、私は「良い子ではない私は要らないんだ」と余計に反抗を強めました。
学校に行け、勉強をしろと言うあなたに
「自分の体裁の為に私を利用するな」
と怒鳴ったりもしました。
家に帰らず何度も補導され、警察まで迎えにこさせたこともあります。

しかし大人になって分かりました。
勉強をさせられていたおかげで授業に遅れる事は一切なかった事。
厳しい躾のおかげで、誰かの家に行った際に失礼な事をすることが無かった事。
嫌いなものも無理矢理食べていた事で、好き嫌いが無くなった事。
料理が全く好きではないのに、出来合いのものが一切出てこなかった事。
そして、一人一人にお皿を用意して出す事の面倒さ。

あなたは以前
「お母さんは子供が好きじゃないの」
「でも子供が好きじゃなくても子供は育つでしょ?」
「あんた達がその証明よ」
と言って笑いました。

確かにあなたは子供が好きではないのかもしれません。
幼稚園の先生に心配される程、私達姉弟が愛情不足だった事には違いありません。

しかし私はあなたと同じ事は出来ません。
仕事をしながら毎食きちんと一汁三菜を用意して、家を綺麗に保つ事なんかできません。
気に入らない事があると暴れ、家出をする、そんな理不尽な生き物に毎日対峙するのは骨が折れたと思います。
何度も見捨てるチャンスはあったと思います。
見捨てても誰も文句は言わなかったと思います。
でもあなたは私を最後まで見捨てませんでした。
「あんたは風船みたいなものだから、私が手を離したらどこまでも飛んでいってしまうと思った」
と言ってましたね。
あの時手を離されていたら、本当に今の私はないと思います。
あなたのように、深い愛情を持って子供を育てる事は出来ないでしょう。


私が子供を産むことを、あなたがずっと望んでいることは知っています。
「産んで育てられなかったらお母さんが育てるから」
とまで言ってましたね。
それが一番の親孝行になるであろう事も分かっています。
それを叶えてあげられなくて、本当にごめんなさい。

そして私があなたにかけた苦労も受けた愛情も返す気はありません。とてもじゃないけど返せるものではありません。
私はまだまだあなたの前では子供で、あなたの言う
「生きていてくれるだけでいい」
と言う言葉に甘えています。

きっと今後もまともな親孝行は出来ないでしょう。
ですがとりあえず今の私は、あなたが安心して私を見ていていられるように、普通に生きていければいいなと思っています。


2020.1.6 星伊香

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