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昨日までは気体になっていた君 1

昨日の主任は一段とウザかった。
私のミスではないのに先月のミスと同じミスだったので
私のせいにしてきたのだ。
悔しくて、もう、どうにでもなれと
今日は出勤する時間に勤務地の病院とは
真逆の方向の満員電車に乗り込んだ。
本当はこのまま東北の方まで逃げ切ってしまいたかったのだが、
途中で怖くなって、
たったの三駅で降りてしまった。
なんて言い訳しようかと主任のメアドをスマホで開いたまま改札を出る。
心が冷え切ってしまったような気がして思わず太陽の方向へと
トボトボと足を進める。

『皆川主任 お疲れ様です。横田です。
 本日体調が優れず発熱の症状もあるため、
 かかりつけの病院にいき診断してもらいます。
 そのため本日はお休みをいただきたいと
 思います。
 後ほど体調回復いたしましたら電話にて
 ご報告させていただきます。       
                横田 笑美』

メールを打つだけでこんなに疲れているのだから、
送信ボタンを押すにはまだまだ心の準備が必要そうだ。
ただ歩くだけでは気が紛れずに公園へと駆けこんだ。
ベンチに腰を下ろし、
今朝の冷たい空気と自販機で買った暖かいお茶をお腹の底でかき混ぜる。

公園には子供が午前中だというのに何人か遊んでいる。羨ましい。
私だってまだまだブランコにのって楽しめるのに。
目の前では砂場なのに親子が三人、ボールで遊んでいる。
この公園には芝生もあるというのに。
優しそうな父親は服を砂まみれにしながら子供と無邪気に遊んでいて、
母親はそれを見て微笑んでいる。
すかさず子供が母親にもボールを投げ、その二人のやり取りを高そうなカメラで取り始める父親。
そしてそれを見ながら上司に送る送信ボタンに悩まされる私。
異様な光景が公園に広がっている。
そうこうしていると私の足元までボールが転がってきた。
父親が申し訳なさそうに高そうなカメラを片手にこちらまで来る。
私はボールを渡すときに思わず、

「素敵な家族ですね。よかったら、せっかくなんで写真撮りましょうか。」

心のなかではその立派なカメラでねとつぶやきながらも
その父親に尋ねてしまった。

「わーすごい撮っていただきたいんですが、多分もうすぐ二人は家に帰らないとだと思うんで、」

歯切れの悪い受け答えに頭の中がか混乱に陥ったが、すぐに母親と子供が手を繋ぎ男性に、

「またねーおじちゃん」

と言い放ったのを見てある程度察してしまった。この察知能力を仕事に活かしたいものだが人生は
そう上手くできていない。

「すいません実はもろもろ訳アリでして」

「あ、いえいえこちらこそすいません」

「ところでお仕事はいいんですか」

「あ、人生初サボりをかましたところです」

「それでメール画面開き放しなんですね」

手元を見ると煌々とスマホが光っていた。

「お恥ずかしいです」

「いえいえ、では口止め料と言っては何ですが、 ランチなんてどうです?
  私も今日は経った今、自主休暇にしたので」

ユーモアと優しさと我儘に満ち溢れたその誘い文句に思わず胸がときめき、
送信ボタンをなんの迷いもなくおして是非にと返事をした。

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