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【小説】秋の気配(NightOwlさんへのライブ朗読用書き下ろし)

こんばんはー!下記noteで告知していたように、NightOwlさんのライブ用朗読に、小説を書き下ろさせていただきました。

いま、ゆう子さんの朗読を聞き終えて、このnoteを書いているのですが、いや、プロの朗読ってすごい。物語に厚みがあってせまってくるようでした。

そもそもこの小説は、ボーカルの川瀬ゆう子さんから「オフコースの『秋の気配』をライブで歌いたいのだけれど、それに沿って小説を書き下ろしませんか?」と頼まれたことがきっかけです。

歌からのインスパイアで小説を書く、という素敵な試みに「ぜひやらせてください!」とお返事して、書き下ろさせていただきました。

小説のあとに『秋の気配』のspotifyリンクを貼ってありますので、ぜひ聞きながら物語を楽しんでくださいね。

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重い足を引きずりながら帰宅して、郵便ポストに無造作に手を突っ込んだ。指先に、紙の感触があった。ハガキが来ている。取り出してマンション灯の下、裏返してみる。タキシードを着た知らない男性の隣に並ぶ、ウェディングドレス姿の懐かしい顔。

「九月に結婚しました。元気にしていますか。ごはんはちゃんと食べてますか。どうかあなたが幸せでありますように」

自分の幸せのことよりも、まず僕の幸せを願う、ばかみたいに純粋なやつ。結婚を知らせるハガキは、僕が六年前に振った元カノからだった。「あなたも幸せでありますように」じゃなくて「あなたが幸せでありますように」と書いてあるところが、翠(みどり)らしいなと思った。

翠、お前こそ、ちゃんと幸せか? そう思ったけれど、僕がなんかかんか彼女の幸せについて言う資格はない。恋のはじめから、僕が残酷に下ろした幕引きまで、きっちりつきあってくれた彼女の幸せを、いまはただ祈るだけなのだから。

十代終わりから二十代はじめのころ、誰とつきあっても、三ヶ月ともたなかった。なんとなくいい雰囲気になって、僕から告白して、OKをもらって、キス、そして温かいベッドの中へ。猫がするりとかわいがってくれる誰かのふところにもぐりこむように、その行程を繰り返すのは難しいことじゃなかった。でも必ず三ヶ月後、僕は、かわいいなと最初は思った彼女に、飽きてしまうのだった。

そうして、また別の女の子に、気が付いたら目がいってしまう。彼女のはずだった女の子は、彼女だった女の子になってしまい、僕の人生には修羅場が入り乱れた。でも、そのことにも慣れて、もう惰性で付き合って別れてまた付き合ってを繰り返していた。

「ふざけすぎ」「別れようって冗談だよね?」「もう大嫌い」いろんな女の子に捨てぜりふを残された。でも、誰も僕の本心を知ろうなんて、心に踏み込んでこようなんて、一人としてそんな女の子はいなかった。ただ一人の例外――水瀬翠を除いては。

翠とは、共通の友人が主催したホームパーティーで出会った。僕は二十四歳、翠は二十六歳だった。翠のことを、友人が僕に紹介した。

「大学の院で心理学を学んでいるんだって。才媛だよ」

翠はたしかに知的な顔だちをしていたし、アジアンビューティーといったらいいのか、切れ長の瞳が印象的だった。髪は肩につかないくらいにきっちり切りそろえられていて、彼女のことを隙がないと取る人もいるだろう、と僕は思った。友人はまた、翠に僕を紹介した。あまり品のない言い方で。

「こいつ、すっげえモテるの。彼女をとっかえひっかえで、いつも違う女連れてる。翠さんも、こいつに気をつけなよ」

「やめろよ」

僕は笑いながら友人を制止しようとしたが、翠のつぎの言葉を聞いて、笑えなくなった。

「あなた、それは依存症かもしれない。自分自身までを不幸にしてしまう前に、ちゃんと治療を受けた方がいい」

場の空気が凍りついた。なんてこと言うんだこの女、と僕も一瞬むかついたが、彼女の冷静な瞳に、ものすごく興味を惹かれてしまった。

結果、僕は彼女にすすめられてカウンセリングとやらを受けた。そうして、根深い問題の原因として、自分の決して愉快ではない生育環境を思いだすことになった。

その頃もう友人の一人となっていた翠は、僕からカウンセリングの報告を聞いて「そう」と目を伏せた。「あなたの役に立てたのならよかった。そういう状態は苦しいから。私も昔ある依存でね、克服するまでにかなり時間を要したの」と静かに言った。

「君のことが好きになった」僕は思わず言っていた。いつもの軽い気持ちではなくて、今度は本心中の本心だった。こんな気持ちになったことはいままでになかった。

「信用ならないな」と翠は笑った。

「どうしたら信用してくれる?」と僕は懇願した。僕をこの病気から救ってくれるのは翠しかいないと思った。

「そうね、半年、いや一年誰とも付き合わなかったら。そのときは信用してあげる」

「約束だぞ」

僕はその約束を守り、一年後に翠に再度告白した。その一年の間に、僕たちはキスもしなかったし、体も重ねなかった。いままでの僕であればありえないことだったが、数えきれないほどのメールを交わし、僕は翠のことを知っていった。

いまは克服しているが、翠はかつて強烈な買い物依存だったそうだ。不安を解消するために、カードの上限まで買い物してしまっていた、と言った。彼女のことを新しく知るたびに、知らない気持ちが僕の中に生まれた。

二人でいろんなところに出掛けた。横浜ベイブリッジで、お台場で、浅草で、スカイツリーで、たくさんツーショット写真を撮った。これまでの女の子にはそんなことしたことなかったのだけど、カラオケでラブソングを捧げさえした。はじめて、僕のなかに、翠であれば結婚できるかもしれない、という想いが生まれた。僕のことを理解してくれる彼女であれば。

ただ、付き合って二年が過ぎた二十七歳のとき、僕は翠を、やはりというか何というか――裏切ってしまった。もう翠とは同棲していたのに、お酒の席で、いい感じになった女の子と一夜のあやまちをした。

すったもんだの末に僕は翠に平謝りをして、許してもらった。翠は一言「治るのには時間がかかるから」とぽつんと言った。僕は心底ほっとした。翠を失わなくてよかった。

でも、そのころから、少し不安定に翠はなり、またカードの明細の額が少しずつ増えていった。僕は気づかないふりをした。そもそも僕が悪かったのだから。翠は被害者だ。

僕たち二人を乗せた船があるとすれば、最初の二年は問題なく凪いだ海を航海していた。けれど、やがて荒波が舟を襲い、船は左右に揺れて、船底に小さい穴があき、そこからどんどん浸水していったのだった。そうして最後に、船は転覆のときを迎えた。

二度目の浮気は、正確にいえば、大きな浮気ではなかった。同僚の女の子と、夜二人で飲みにいって、バーで恋愛相談を受けただけだった。でも、僕はそのとき、それくらいの軽い不貞で、翠がそこまで追いつめられるとは予測していなかった。

彼女と飲んだことがばれたあと、僕は据わった目でカードの明細を見ている翠を見て、やっと自分が彼女を大きく傷つけ、損なっていたことに気が付いた。僕は翠を、二人で何度も出かけた家の近くの展望台へと連れて行った。結果、これが最後のデートになった。


僕は汚れていて、翠を抱きしめられる腕を持ってはいなかった。これ以上、翠のそばにいても、彼女をどんどん傷つけて人生ごとつぶしてしまうのは明白だった。翠は泣いた。


「あの歌だけは他の誰にも歌わないでね。ただそれだけ。―――あなたと幸せになりたかった。――ううん、違うの。私があなたを、本当に幸せにしたかったの」

僕らはいい大人だというのに、ばかみたいに幼かった。離れることが、僕が彼女にあげられる最後の愛情だと、遅まきながら気が付いたのだった。


結婚ハガキを持ってマンションのドアを開け、僕は冷蔵庫からウィスキーを取り出して、ふたつのグラスに氷を入れて注いだ。この部屋は、もう翠と暮らしていたあの部屋じゃない。翠用のグラスに、自分のグラスを軽くうちつける。

「おめでとう。――お幸せに」

(私があなたを、本当に幸せにしたかったの)――翠のその言葉だけで、僕はこの先、ずっと一人で生きていけると思った。あの言葉、嬉しかったよ。ありがとう。

ベランダに自分のグラスを持って出ると、もう夜風がすんと冷たかった。季節がいつの間にか秋へと移り変わっていたことに、ようやく気付かされた。

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はい、いかがでしたか?

最後に、このお話をつくるにあたってのこぼれ話などを少し。

『秋の気配』という歌ありきの小説だったので、「男性側から別れを告げる」ということは盛り込まねばならない。

『秋の気配』の歌詞って、検索していただければわかるのですが「結構ひどいな…」と(笑)『ぼくがあなたから離れてゆく』というフレーズから、どんなストーリーを立ち上げるか悩みました。

結果、離れていく理由として「自分が一緒にずっといても、彼女を幸せにはできない」ということに気づいてしまったゆえに別れを選ぶ男の話にしようかと。

というわけで、このようなお話になりました。

ゆう子さんが歌いたい歌からのインスパイア小説は「またやりたいね!」と二人で話しているので、今後も期待…です!

ゆう子さんの今回の『秋の気配』の朗読が挟まれたライブ配信チケットは、11/3の21:00まで見逃し放送購入可能です!あのね、朗読していただくと、本当にぐっと物語の魅力が増すんですよ。特に、ゆう子さんの「男声」めちゃくちゃかっこよくて「こんな声の男性にささやかれたら、落ちること間違いなし」という感じなんです(笑)2000円になりますが、この小説を朗読で聞いてみたいという方は、ぜひに。

ライブ配信チケット購入はこちら(見逃し11/3 の21時まで)

ではでは、また会いましょう~









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