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【掌編】春色

春浅い千里浜の波打ち際を、彼の愛車で走る。なぎさドライブウェイと名の付くこの8キロの砂浜は、車で浜辺に降りることが可能で、すぐ波の寄せる間際を、運転して走ることができる。波しぶきはきらきらと光り、空は薄青く春色をしていて、波と浜の間ではかもめが一羽、二羽と、短い脚を懸命に動かして歩いている。

砂浜は、よく均されていて走りやすいように整っており、浜辺は上の道路から降りて来た車が自由に行き来している。少しがたがたと揺れる助手席の窓を開けて、いっぱいに入って来る潮風を思いきり吸い込む。

膝の上のバスケットの中には、卵とツナのサンドと、水筒にはホットコーヒー。海を見ながらの軽食は、いつだって楽しい。ラジオから流れて来る誰かの歌声が、春のデートに華を添える。車を停めて、波打ち際で遊ぶ人たちを、流れていく車窓から見ながら、私はこの浜辺がどこまでも続いていたらいいのにな、と想像する。

ドライブウェイの終点が思いのほか早くやってきて、ちょっとがっかりしたけれど、「焼き貝」ののぼりを立てる小さな屋台がいくつも並んでいるそばに、レストハウスがあって寄ってみる。直売所とおみやげ屋さんが一緒になったような店内では、海産物や、この地方の醤油や塩を使ったアイスクリームなど、いろいろなものが並べてある。

ひとまわり冷やかすと、車に戻り、せっかく羽咋市まで来たのだからと、能登一ノ宮である気多大社に寄ることにした。今度は海から山のほうへ向かって、ナビの案内にしたがって走り、夕暮れにならないうちにと急いで神社へと着いた。

気多大社は、大好きな神社で、春の陽の下で今日も凛とした気をまとっている。参道でいろいろとお守りを見ては、二人でやれあっちにしよう、こっちにしようと言いあう。参拝したあとに、絵馬を書いていくことにした。試験を控えている彼は、だるまの絵のついた学業地成就の絵馬、私は心むすびと書かれた絵馬に、それぞれお願い事をして、つるした。

夕暮れる帰り道を、私は助手席でうつらうつらしながら、夕日の金色が私たちの車を染めていることをなんとなく感じて幸せになる。願いが叶いますように。きれいな想いが、どうか届きますように。楽しい一日が、今日も終わって、でも明日だって、一緒にいるから、そんなことを思いながら、少しだけ今日一日を名残惜しんでみる。

#小説 #短編小説

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