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【小説】冬嵐 第15話「時間」

第1話「拾い物」
前話「風邪」

マガジン「連載小説・冬嵐」

ドアを開けると、真っ白な雪景色を背景にして、ほっぺたをりんごみたいに赤くした島村が、マスクをはめ、コートを着て立っていた。髪に、少し雪が積もっている。


ずっしりと重そうな、おそらく食材だろう――いろいろなものが詰まったビニール袋を、島村は俺に渡す。

「あの、ウィダーインゼリーのほかに、おみかんとか、レトルトのおかゆとか、プリンとか入ってます。風邪のときに、どれも食べやすいと思います。お邪魔しました、じゃあ私はこれで」

そそくさとビニール袋を渡すだけ渡して、帰ろうとした島村を、俺はつい引き留めた。

「ちょっとだけ、上がっていきなよ」

なぜそんなことを言ってしまったのか、よくわからない。普段熱のないときなら、俺に好意のある女の子を、つきあうこともできないのに、思わせぶりなことをあえてしないのだけれど。

でもとにかく俺は、熱がまだあり、たぶん普通の状態ではなかったんだろう。島村は、うつむくと「じゃあ、少しだけ」と、玄関で靴を脱いだ。 


――そして、島村は、俺のアパートのミニキッチンで、いまおかゆを炊いている。買ってきたレトルトはあとで食べればいい、と、彼女は戸棚にあった米袋を見つけ、醤油と出汁の素で味付けたおかゆを、つくってくれている。

俺は何をすることもできずに、ベッドの中でまるまって、キッチンに立つ島村の後ろ姿を見ていた。


やがておかゆが運ばれてきて、俺はベッドから抜け出して、それをワンルームの中心にある食事用テーブルに置くため受け取ると、島村に聞いた。

「島村はさ、どうして、俺にかまうの」

言ってから、このセリフ、以前に茉奈が俺に言ってたな、と思い当たった。島村が、はっと顔を曇らせたので、俺は言い継いだ。

「いや、そのことを責めてるんじゃなくて、なんで、俺なのかな、って」

島村は少しうつむいて考えている風だったが、すっと顔を上げると、ゆっくりと言った。

「あの、前に、私矢知さんに、矢知さんの彼女さんが、亡くなったことを噂で知ったと言ったと思います。たしか、忘年会の夜に」


「うん」

「あの噂を聞いたときは、この課に入ったばかりでしたが、私、そのころちょうど仲のよかった母を交通事故で亡くしまして。毎日、すごく辛い思いで、職場に通っていたんです。そんなときに、矢知さんも以前に辛い思いをされたということを聞いて、あ、人生でこんなしんどい目に遭うのは、私ひとりじゃなかったんだな、って」

島村の告白を、俺はかみしめながら聞いた。島村は続ける。

「別に、近しい人を亡くした同士だから、わかりあえるなんて思ってるわけじゃないです。ただ、ここの総務課に来て、矢知さんを毎日見ていて、ふつうに好きになりました」

なんでもないみたいに、最後の言葉をさらりと言って、島村は少し照れたように笑った。

「時間が」
「え」
「――時間が、かかるんだ」

俺は、がらがら声でそう言った。

「島村は、とても優しいいい子だと思う。ただ、俺が、光希――亡くなった恋人のことだけど、を忘れて、上手く自分が幸せになったり、島村を幸せにしてやることが、もうあれから六年も経つのに、まだできそうにないんだ。島村は、いくらでも、俺みたいな奴じゃなくて、もっといい人を、きっと見付けられると思う。だから――」

「大丈夫ですよ」

俺の言葉をさえぎって、島村は言った。

「大切な人は、ずっと大切なままだと思います。矢知さんは、ずっと、恋人さんを大切にしていて、いいんですよ。あ、おかゆが冷めちゃう。食べてください」

島村が、すごく優しい目をしていたので、あ、この子はこんな顔もできるんだなと俺は思った。俺の気持ちに蹴りがつくまで、島村に待ってくれとはとても言えそうになかった。いつになるか、本当にわからないからだ。

俺がおかゆを食べ始めたのを見ると、島村はコートを着こんで、玄関のドアを押した。

「今日はありがとう。送って行けなくてごめん」

島村は会釈をして出ていき、部屋には俺ひとりが取り残された。島村のつくったおかゆは、冷めても美味しかった。

第16話「帰ろう」


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