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【掌編】熱燗

週末は、連れとなじみの居酒屋に行く。歩いてすぐの近所にある、こぢんまりして居心地の良い飲み屋は、私が引っ越してきたときに散歩をしていて見つけた。「たべのみ処 あじ彩」と墨くろぐろと書かれた木製の看板がかかり、引き戸の入り口前には大きな南天の鉢が置いてある。たわわな赤い実に目を和ませて、粉雪の降る中、マフラーに首を埋めて店入りする。

駆けつけ一杯は、何にしよう。夏ならビールで決まりだけど、とにかく体をあたためたくて、最初から日本酒の熱燗を頼む。壁にたくさん貼ってあるメニューと、本日のおすすめの黒板を眺めつつ、頼むものを考えているうちに、突き出しが出てきた。ホタルイカの酢味噌和え。飾り切りのきゅうりと、わかめも添えられている。

熱燗を待っている間に、一回目に頼むものを決める。なすの揚げびたしのおろししょうが添え、ほっけ焼き、大根サラダの梅ドレッシング、キムチ納豆。一番人気の鶏のから揚げも頼んだところで、いったんメニューを閉じた。

「寒いね」「みぞれが降ってた」「明日も積もるかなあ」連れとそんな会話をしながら、運ばれてきた熱い徳利を傾ける。小さなおちょこについでもらって、ぐいと飲んだら、かあっと熱さが喉から胃へと落ちていった。時間のかからないものから先に運ばれてきて、早速箸をつける。いろいろ豊富に選べるところが、居酒屋の愉しみである。

お待ちかねの鶏のから揚げだが、この店はしょうゆベースでなく塩味だ。塩のうま味と鶏の脂がいっしょくたになっているかたまりに、はふはふとかぶりついては、口のまわりを汚している。熱燗の徳利の二本目が運ばれてくる。今度は銘柄を変えて、東北の酒にしてみた。

徳利が空いたところで、二巡目は、炭水化物。鮭茶漬けと、海鮮焼きそばを頼む。熱い茶漬けにはわさびを添えて。ぴりっとする辛さで、ご飯がすすむ。海鮮焼きそばは、昔懐かしソース味。たらふく食べて、おなかはいっぱいのはずなのに、最後にデザートまで頼む。すっかりほてった体に、栗のジェラートの冷たさが美味しい。

食べて、呑んで、笑って、語って。居酒屋の夜は、普段仕事ですれ違いばかりの私たちの距離を、いい感じに縮めてくれる。来週もまた行こうねと約束しつつ、雪の勢いが強くなってきた外へと、のれんをくぐり出て行った。

#小説 #短編小説

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