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【掌編】贈り物

桜前線も通り過ぎ、枝の花も八分咲きになった頃に花冷えとなった。目が覚めたときから冷え込みを感じて、起き抜けに熱いほうじ茶を淹れる。昨日炊いておいたごはんをあたためて、かつおぶしをかけ、お醤油をちょっとたらしてかきこんだ。

家の片づけをした後、休日なので外へ出かける。もうすぐ大切な友人の誕生日なので、贈り物を選びに行くのだ。淡いグレーのスプリングコートに、花模様のショールを巻いて、春の装いをしてみた。

雪の多かった冬が過ぎ、春になるとバスも遅れずにやってくる。前のほうの席に座ると、かばんから文庫本をとりだして目を落とす。バスが駅につくまでは、三十分近くかかる。途中、窓の外から何度も桜の木が目に入る。冷える中、ぽつぽつと桜を楽しむ人たちの姿も。

駅で降りると、大型ショッピングビルへとまっすぐに向かい、エレベーターで婦人服のフロアに上がる。お互いの誕生日にプレゼントを贈りあうのは、お互い社会人になってからの習慣で、私はこのときを一年のうちでもとても楽しみにしているのだ。

彼女に似合いそうなファッション小物を、いろいろ眺めてみたがぴんとこず、さらにエスカレーターで上の階へと上ると、キッチングッズを集めたフロアに出た。お料理好きの彼女に、何か良いものが見つかるかもしれない。

いろいろ見たあげく、赤い色がかわいいホットサンドメーカーを買い求める。プレゼント用の包装を頼み、待っている間に、自分用の箸置きも買うことにした。猫の絵柄がかわいらしかったのだ。

贈り物の包みを受け取り、今度はビル内のカフェに入る。ブレンドコーヒーを注文すると、私はかばんから便箋を取り出し、贈り物につける手紙を書く。こういうとき、彼女みたいに字がきれいだったらいいのにな、とつくづく思う。あまり上手とはいえない自分の字にため息をつきながら、ペンを走らせ、お祝いの言葉と、また遊ぼうねという内容を書きしたためる。

コーヒーが運ばれてきて、その熱さに口をつける。苦味が喉を通って降りていく。ふと窓の外を見ると、雨風が強くなってきていた。春の嵐だ。思い立って、手紙の最後に「今日は桜流しになりました」と付け加えた。

カフェでもう少しゆっくりしたら、郵便局から贈り物を出しにいく予定だ。傘を持ってこなかった、とのんきに思いながら、ゆっくり流れていく春の時間を、ただ愉しんでいた。

 

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