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【掌編】秋深し

しぐれてきた空模様の下、傘を差しつつ待ちぼうけをしている。約束した人はまだ来なくて、私はかじかんできた指先を、コートのポケットの中にいれた熱いコーヒーの缶で温める。十一月も半ばを過ぎた夕暮れは、木枯らしが冷たい。

待っているのが、好きな人でなかったら、とうに家へと向かう電車に乗っている時間だ。少し早いクリスマスイルミネーションがぽつぽつと灯り始めた街はどこか華やいで、吐く息も白くなってきた。

リップクリームをカバンから取り出し、塗りなおそうと下を向いた瞬間、ぽつっとアスファルトの地面に涙が落ちた。

あの人は、たぶん私を好きじゃない。腹の底では、そう分かっているのに、それでもずっとずっと、寒い暮れの中、夜になるまで待ち続けてしまいそうだった。

涙を手の甲でぬぐったとたん、携帯が震えて、メールが入った。確認すると、待ち合わせ相手からだった。ただ一言「ごめん、今日やっぱだめやわ」と、それだけだった。

大きなため息をつき、私は携帯をしまうと、カラになったコーヒー缶をゴミ箱に捨てて、ようやく駅方向へと歩き出した。ないがしろにされたみじめさが、ふつふつとあぶくのように腹の中にわだかまっている。

駅の改札を通り、ホームへの階段を上ると、ちょうど家方向の電話がすべりこんできたので乗った。ちょうど帰宅時間なのか、車内は会社帰りらしい人で混んでいて、その中にまぎれて誰にも泣いているのがわからないようにうつむいた。

約束をいとも簡単に破られても、まだぐずぐずと、なにかを期待する気持ちが残っている。そんな自分を振り切るように、ドアにもたれかかり、流れている車窓から見える街明かりを眺めていた。

携帯の中の電話帳には、友達の連絡先がたくさん入っているけど、話を聞いてと甘えられるような子は一人もいなくて、この思いは一人で抱えこむしかない。今日の私を「さびしい」とか「つらい」とか、そんなありきたりな言葉で安易に表すこともしたくない。降車駅が近づき、降りる準備をしながら、もう一度窓ガラスを見ると、下がった眉のかっこわるい顔が映った。

誰にもわかられたくないのに、どうしようもなく人恋しくて、これが秋だな、とふと感じた。深まる秋という季節の渦に、私が飲み込まれていく。アナウンスとともに電車からホームへ吐き出された私は、今夜は温かいものでもコンビニで買って帰ろう、と決めて、夜の中をゆっくりと歩き出した。

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