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ずっと待つよ

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少し長めのお話を集めたマガジンです。
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2020年6月の記事一覧

【小説】letters

【小説】letters

言いかけた言葉を喉元で飲み込んで、私はもう空になったグラスの底に溜まっているわずかのグレープフルーツジュースをストローで啜った。カフェのオープン席で、テーブルの上に置かれた映画の半券の青いスタンプのにじみを見ながら、今日という日をずっと忘れないだろうと思った。真向かいの席に座っている菅野さんが、胸ポケットから取り出した煙草に火をつける。その煙がゆっくりと立ちのぼるのを私はただ眺め、そして告げた。

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【小説】京都府警あやかし課の事件簿ファンアート「紫陽花の恋」

【小説】京都府警あやかし課の事件簿ファンアート「紫陽花の恋」

こんにちは、上田です!

今日は、ふだんから仲良くさせていただいている天花寺さやか先生の「京都府警あやかし課の事件簿」のファンアート(二次創作)をさやか先生ご了承のもと、書かせていただきました!

この季節にぴったりの、大ちゃんの淡い恋のお話です。

では、どうぞ!

六月半ば、京都市内も梅雨前線の影響で毎日しとしとと雨が降り続くようになった。大の勤める「喫茶ちとせ」にも、雨脚のせいか客は少ない。

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【小説】漁村の女 #磨け感情解像度

【小説】漁村の女 #磨け感情解像度

私の腕の中では、ショールにくるまれて今年産まれた娘の真里が眠っている。夫が運転するレンタカーの助手席の窓からは、よく晴れた空と青く凪いだ瀬戸内海が見えた。今日はこれから、結婚後初めて私の生まれた家に里帰りするのだ。

思い出すのは、小さいころ、この海を港の堤防に座ってずっとスケッチしていたことだ。祖父に買ってもらったキャンパスノートを大切に使っていた。灯台にかもめ。遠くを行く船。2Bの鉛筆で、なぞ

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【小説】今夜は三人で【再掲載】

【小説】今夜は三人で【再掲載】

十時ごろ仕事から帰ると、妻と息子は、リビングの隣にある寝室でもう眠ってしまっていた。先日二歳の誕生日を迎えたばかりの息子は、なかなか手がかかるようで、この頃妻は寝かしつけに悪戦苦闘しながら、一緒に眠ってしまうことが増えた。

ダイニングテーブルの上に、ラップをかけられている夕食をレンジで温め直すと、僕は缶ビールを一本取りだした。肉野菜炒めに箸を伸ばしながら、空いたほうの片手で、スマートフォンをいじ

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