見出し画像

秋の星々(140字小説コンテスト2024)応募作 part4

季節ごとの課題の文字を使ったコンテストです(春・夏・秋・冬の年4回開催)。

秋の文字 「長」
選考 ほしおさなえ(小説家)・星々事務局

応募期間は10月31日(木)で終了しています。

受賞作の速報はnoteやX(旧Twitter)でお伝えするほか、星々マガジンをフォローしていただくと更新のお知らせが通知されます。

優秀作(入選〜予選通過の全作品)は雑誌「星々」(年2回発行)に掲載されます。
また、年間グランプリ受賞者は「星々の新人」としてデビューし、以降、雑誌「星々」に作品が掲載されます。



応募作(10月29日〜31日16時以前)

10月31日は応募多数のため、分割して掲載します。

10月29日

黒田幸人
もう長いこと、職場に気になる人がいる。向かいの席の先輩だ。パソコン越しに目が合って、顔が赤くなってしまう。行動の一つ一つが無性に気になる。あの人の一言で見える世界が変わってしまった。「あれはないわ。本当に社会人?」どうしようもなく胸が締めつけられて「あれ」の中身はいまだ訊けない。

こおり
がらんとした部屋。僕の目の前には椅子がひとつ。美しい君の代わりに今は美しい花が一輪、花瓶に挿して置かれている。話しかけてみても花はくちなし、当然返事はない。僕の長方形のスケッチブックはいつまでたっても白紙のまま。どうしようもない僕の悲しみで染まっていくばかり。

虹風 想蒔
目を覚ますと、いや降りしきる雨の音で覚めたのだろうか。「久しぶりだな。ぽつぽつ、しとしとでなく、これほど激しいのは」と、寝ぼけながらもしばらく聴き入る。涼しくなった街を歩き、色とりどりの旬を味わい、煌びやかな舞台に涙した一日を振り返る。秋の夜長は、良い眠りも目覚めも運んできた。

如月恵
指より長く伸びた爪の先にマニキュアを落とす。赤はりんご、朱は柿、丸い点々を重ねて、ため息をひとつ。爪は指先より長く伸びると汚れる。マニキュアを塗り重ねた長い爪に憧れるけれど、生活の汚れに触れないわけにはいかない。せめて綺麗な弧を描いて切り落とせば、指先より紅葉が散る。

モサク
島が陸続きになったので、お船の役目は今日でお終いです。「なんだか同窓会みたい」ほんとにそうだね。失恋して泣いてたあの子は、優しいお母さんになってる。百点とった彼は大きな町で頑張ってる。みんな、お船のことを待っていてくれてありがとう。これからも元気でいてね。長い汽笛を三回鳴らすよ

佐伯功一郎
画面の向こうで名人が長考に沈んでいた。碁盤を睨むように眺めながら微動だにしない。一枚の写真かと見間違えるような画面を見ながら、対局用のソフトを起動する。まずは名人と同じ右上隅星。次も名人と同じ右下隅小目。名人がようやく百十三手目を打った。挑戦者の顔がわずかに歪み、僕は微笑んだ。

ノリック
千年もの長きに渡る祭り。巫女として働き、神主として働く。神に仕える者同士敬愛し合う存在。支え合い手を取り合い、子を育んだ二人はやがて祖父母となり人生を振り返って……
……目を開けると彼女は隣で寝息を立てている。正夢か、幸せな夢だ。そうだ、なら実現させよう。二人の長き人生は始まり…

俄樂大
雲ひとつない高く晴れ渡った青空が信じられなくて、僕は翳りを探す旅に出た。全ての言葉は故郷に捨て置いた。口と耳を塞ぎ、瞳だけを頼りとした。冬の海を超え、春の草原を駆けた。やがて辿り着いた夏の街で優しい人に出会った。優しい人は翳りの場所を教えてくれた。僕は初めて長い旅路を振り返った。

野村齋藤
無罪の生き物は、鯨に転生するらしい。そして孤独な人に長いときをかけ、超音波を送り続ける。だって人は言葉の熱に侵されていないと鮮やかでいられないから。南極の深海にある竜宮城。鬼ヶ島最前線のシェルター。姨だらけの宇宙ステーション。胎内。そして僕は監獄にいて、辞書を編んでいる。朝だ。

野村齋藤
長い戦争が終わった。建造物は半壊して、文明は星明りほどのものになった。もう粗末に命を晒せないから、瓦礫の上でピアノを弾いて指を散らす。地層みたいに重なって、うんとやさしい音がした。寒さもしのげないし、お腹も満たされない。けれども、ほら、点と点が線になる。これが五線譜。あれは星座。

野村齋藤
砂時計をひっくり返すと、私の顔が滲み始めた。私は映画じゃなくて映写機を見ていた。レモンサワーが配膳されない人を見ていた。使い終わったクラッカーを見ていた。穴の開いたバケツを見ていた。長い間、感電していた。全てが過去形になって攫われた。鼻で笑われた。色無き風ってなんだよ。

青塚 薫
男は髪を切ることを決意した。理髪店で、希望を伝えると、店主は言った。「切ってしまうなんてとんでもない。お客さんにはその長さが似合います。短くしてはなりません。切ればきっと後悔なさるに違いない」男が何か言いかけると「お帰りください」と、店主は男の決意を断ち切った。

青塚 薫
教室の窓辺から、野球をしているあの人を、私はずっと見つめていた。一度だけ、言葉を交わした。おはぎが好きだって言ってた。卒業して長い間、姿を見ることは無くなっても、おはぎを見かけると、あの人を思い出した。あの人はおはぎが好きだったっけ。それだけは知っていた。それしか、知らなかった。

五十嵐彪太
同種の者たちに比べて己の姿が不恰好だというのは、薄々気が付いていた。それが長過ぎる触角のせいだとわかったのは、最近の事である。空気の震え、匂い、音、味……数多の情報が触角を通じて入り込み、伸び過ぎた触角は歩行に支障を来たす。体が重い。いっそ昆虫蒐集家に見つかって、標本になりたい。

五十嵐彪太
小さな黄色い長靴は強情である。雨が降れば外に出たがり、水溜りに飛び込んでは軒先で逆さ吊りにされベソをかく。最初の持ち主の我が子は歳を取り、曾孫らはこの長靴を怖がる。思い出深く捨てられなかったせいで付喪神にしてしまった。足の弱った私に代わり、大きい長靴が小さい長靴を散歩に連れ出す。

五十嵐彪太
「具合が悪いのです」と渡されたのは月長石だった。石に具合も調子もあるものか。私は獣医だ。「黒猫の温もりと月光浴が必要です」疑いつつ入院中の黒猫に月長石を差し出すと「委細承知」の顔で石を抱えて丸くなった。満月のよく見える部屋で一晩過ごさせると、黒猫も石も見違えるほど艶やかになった。

立花 腑楽
夕陽を背に帰路に着く。私のシルエットが、茜色のアスファルトに長い影を落としている。
その影はぐんぐんと伸び、やがて伸び切ったゴムのように、ばちんと足元からちぎれてしまった。
影が飛び去った先に、夜が大きな口を開けている。私の影を吸い込み、ぶるりと膨張して、迫りくる夕陽に威を示す。

立花 腑楽
御厨子の中に、異形の即身仏がある。矮躯に載った頭蓋が、異様に縦に長い。
「福禄寿の仏さんやと、檀家たちは有難がっとりますが」と管理者の住職は言った。
「この外法頭、実はいまだに伸びよるんですよ」
声を潜めながら御厨子を揺すると、その長頭からひどく生々しい水音がぼちゃぼちゃ響いた。

キリエ
一回り以上年上の男が夢中で私を貪っている。愛などは当たり前にない。しかし金の為でもない。ただ快楽を得る為の行為だ。暫くすると「何をしているの!」と女の金切り声がした。最高の快感が訪れ、私は微笑む。「ママ、これが新しいパパ?」これは私を捨てた母への復讐。長く長い地獄を見せてあげる。

キリエ
あなたにとって私って何?言おうとした言葉は溜息になって溶けた。弾ける炭酸、虚しさと一緒に高額なシャンパンを飲み干す。結婚しよう、文字のまま終わった約束。私は鍵の壊れた自由への扉を開き屋上に立つ。忌々しいビル群、このどこかにいる貴方。嗚呼、長い苦しみが終わる。ほら3 2 1

キリエ
ブランドを纏って高級飲食店で映え写真を撮る。何度も整形した顔をアプリで更に整形して投稿すれば、何百件といいねがついた。長細いタワマンの上層階で微笑み上機嫌でいるとインターフォンが鳴った。スーツの男が見せる逮捕状、詐欺罪。色々失って私はお姫様になったんだ。自業自得?は?クソ喰らえ。

ラフトラックブックストア
長い橋の行く先が遠近法で狭く見えるのではなく、両端の幅にかなり差がある短い橋なのだ。小道が続いて姿は漏斗のよう。毎晩私は私を濾過するつもりで漏斗橋を渡り、てくてく家路を進む。愛する人が待っている。濾紙が夜風に吹かれて落ちる川面は穏やかで、いくらかの草臥れが遠く遠くへ流されていく。

ななし子
「戦争があり災害があり、夥しい数の生物が死んだ。植物は枯れ果てた。私は長く生きすぎた」
えー本日、地球最後の木が伐採されました。木は高濃度に汚染されており処分が長らく検討されていました。その木の言葉が言語解析技術により判明しました。
「さようなら。お前たちはずっと愚かだった」

ななし子
長い指が鍵盤の上でステップを踏む。「なんていう曲?」話しかけたくてもできなかった。
わかっていた。ピアノのようにつややかな長い髪の子がそばで聴いていたのを。話しかけられなくて、名も無い曲を弾き続けた。
あの時? そうあの時。どうして放課後が永遠に続くと思い込んでいたのだろう。

雨琴
一分一秒でも長く一緒にいたいって思ってるのは自分だけで。私にはいつも窮屈な思いをさせてしまったかもしれない。長生きだけがすべてじゃないから、苦しい時間を引き延ばしただけだろうか。あなたの考えることは大体わかる。なのに伝えられなくてごめん。死にたくない。あなたを残していきたくない。

雨琴
「この子は名前を呼ぶと返事しますよ」。そりゃお世話をしてる人から呼ばれたらするでしょうと思った。試しに呼んでみると「にゃあ」。それから会うたびに話しかけて、長く鳴いたり短く鳴いたり。もらわれて行くことが決まってさみしいと感じた。出会う順番が違ったらなんて、思っても絶対、言えない。

雨琴
犬と人間の寿命が逆転した世界に行った。人間は十代で死んでしまう。ペットの犬は人間が5、6回世代交代しながら世話をしている。犬を飼っている人の多くは「この子の子犬だった頃を見てみたい」と言う。人間の方が長生きする世界に来たらいいと言ったら、そんな長生きしたくないと言われてしまった。

ななし子
「長」とつくものには縁がなかったはずが、くじ引きでPTA会長になったことが始まりだった。議会議員、国会議員、そして今「初の女性総理、誕生か」と騒がれている。ここまで私にとっては短かったが、歴史においては長い年月がかかった。
「開票の結果は⋯⋯」
天を仰ぐ。一筋の涙が頬を伝った。

髙塚しいも
神無月の夜は突然延びていく。だから好き。
切りたての洋梨の香りが鼻をつく。
寝室に横たわる私の首筋に立ち昇る、性と熱。
もっと長く、長く。
求めるほど短く儚い時間。
私がなにを求めて今夜も服を脱ぐのかは、きっとあの月にもわからない。
長い夜はもう、明けないことを決めたようだ。

10月30日

田原
春、夏、冬。私には三人の姉妹がいる。春は鼻が垂れているから嫌いだ。夏は色黒だから嫌いだ。冬は家から出ないから嫌いだ。それに比べて私はいい。いつも可愛くて、色白で、天真爛漫な女の子。好きな服を着て、好きな所に行って、暑くもない寒くもない日に紅葉の上を吹いている。長女の秋が始まった。

田原
二回目の人気投票が開催された。前回は秋が一位になり終わらない秋風がこの世を包んだ。誰かが言った。夏の暑さが恋しいと。誰かが呟いた。冬の寒さが愛しいと。落ちない太陽は嫌なので、凍える風は辛いので、暖かい桜にしましょうと。長すぎる秋には終わりを告げて、春一番で世界は閉じた。

hoshizawa
「昔の一般人も創作とかしたのかな」 
 小説を読むきみ。
「しても発表の場ないよ」
 文字を打つ私。
 側で、感心のため息。
「『フツウ』の平均値って、すごいよね」
 幾多の才が埋もれてきた、長い歴史。
 今あるこの舞台、スマホにお辞儀。投稿ボタンを押した。

紅雲ひろ美
どれだけ長く、深く潜っていられるか。この問いの意味がわかれば作家になれるよ。先生はそう言った。わからなかった私は、書くことをやめた。すると〈私〉が消えた。息を吸うことが苦しくなり、世界が暗転した。ふいに、生きたい、と思った。海底から臨むお月さまに、水泡を吐き出す。い・き・た・い。

大西洋子
 帰ろうのチャイムが鳴る頃には、影は長く絡み合う。だけどまた明日の声と共に解けていく。
 まだ帰りたくない、まだ帰りたくない。空はまだ明るいのに。
 残された影はますます長くなり、三倍、四倍と長くなる。
 とうとう陽が落ちた。今日もだめだったと影は嘆き、闇に呑み込まれる。
 

甲突ろくろ
自称芸術家は俺の二つ下で、ハーレーを乗り回しているらしい。出前の寿司を遠慮なくつまむ指には皺もなく、話題も若い。初めての男を認めさせようと必死な娘は、課長のくせにバイクなんか買っちゃダメ! と、俺に断念させたことをお忘れのようだ。今は部長だから芸術家相手にも分があるかもしれない。

甲突ろくろ
取り壊しの前日になって、庇の裏に蜂の巣が見つかる。長元坊が騒ぎよる、と夏に母の言っていたのはこれだったのかと、兼人は一人で恥じ入った。住民の出払った巣はよく見ると、古いものに新しく重ねて作られ、それを何代も繰り返しているのだ。蜂にとっては、居心地のいい家だったのだろう。

甲突ろくろ
道玄坂の途中で夜が明けた。光が美也を追い越し、渋谷は意味深長に黙りこくっている。もう地下鉄は動いただろうかと思えば、はやくも未練が、粘っこく糸を引いた。すれ違う人を呼び止めたい。間違っていると言ってほしい。首都高の高架からしょっぱい風が吹きおろして、美也を無理やり上向かせる。

相浦准一
「長すぎるからあとで読む」
昔からこうと決めたら絶対に曲げない父は、私の手紙を枕元に置いて、大好きなケーキを食べ始めた。でも、病室の外に夕焼けを認めると、再び手紙を手に取った。
「あとでもいいのに」
私はケーキを切るふりをして涙をこらえる。今日は彼が迎える、おそらく最後の誕生日。

穴ゃ~次郎
この時を待ち侘びていた、と老狐狸は独り言ちる。ずっと唾を塗り固める一方で、本当は騙されてみたかった。 先の曲がった小さな鋏の音、4ミリに平されひらひら通る風が心地好い。長くなったからこそ、今までがいくぶん台無しになるのはやむを得ない。いざ排水溝の先の世界へそそっかしく旅立たん。

月町さおり
夜更けに本を読んでいると、急に部屋中の灯りが消えた。灯りを探すため、本を閉じようとすると「閉じないで。続きを読ませてくれよ」と、どこからか声がした。暗がりの中、窓辺から月の光が優しく差し込み、活字を浮かび上がらせた。私は窓辺に戻り、再び分厚い小説を手に取った。長い夜になりそうだ。

小鳥遊
私の夫は気が短い。結婚当初から「早くしろ!早く!」と私をいつも急かしていた。出かける30分前には支度が出来ていないと怒り出す。結婚して50年経ち私に癌が見つかった。余命も1年もつかどうか。夫は私の手を握り「急がなくていい、ゆっくりでいいんだ。気長に生きておくれ」と優しく微笑んだ。

小鳥遊
私は課長が苦手だ。仕事も出来ないのに部長には従い、主任やパートの私達には偉そうな態度。奥様も子供達を連れて出て行き、離婚は秒読みだと皆が話していた。ある日、私が残業をしていると課長が来て「お子さんいたよね?」と袋を私に渡す。袋には饅頭が4つ入っていた。とても寂しげな饅頭だった。

小鳥遊
綾は頭がとても良いが不思議な子だ。授業中に突然「宇宙から交信がきた!」と廊下へ飛び出したり、国語の先生に長文の英語で質問をしたりする。今朝登校すると、綾は机の上に何かを彫っていた。見てみると『泉重千代』人類世界最長寿の人で、綾の憧れの人物だそうだ。私はそんな綾を気に入っている。

大宮 慄
宇宙の収縮が始まったと知った世界は、廃れた絶望を描いていた。木々は脆くて倒れるし、車は突然爆発してしまう。あらゆる音程はずれ、朝昼夜の順番がランダムになり、海は無遠慮に荒れている。街は暴力で覆われ、誰かの冗長な泣き声が絶えない。布団を剥ぎ、外に出る。紅葉はきれいだな。さようなら。

碧井永
長雨の頃、懐が寂しく鬱々と雨やどりしていると。隣の老人が「あなたには金運がある」と言う。信じられないまま帰宅すれば天井から小銭が降っていて、みるみる部屋を満たした。後日、その老人に出会うと「あれは一生分の銭」と言われた。またまた信じられずに帰宅すれば、金は両手一杯分しかなかった。

立花 腑楽
巫女の舌は長く伸び、気圏の高みにまで至る。希薄で透き通った大気中のエーテルの味が、彼女の味蕾に神意を授ける。
ある時、天から帰還した舌を迎えた巫女が、「異なものを舐めた」と妙な託宣を下した。
司祭たちが頭上を仰ぐ。遥天の彼方から、これまた長い舌が一本、垂れ下がってくるのが見えた。

ダイフク
丘の頂に一輪の花が咲いていた。いつも仰ぐ空の彼方、自由に舞う青い鳥たちに、花は密やかな憧れを抱いていた。ある穏やかな日、そよ風がそっと吹き抜け、花びらのひとひらが風に乗って宙へ舞い上がる。長い夢のかけらが青空を漂い、花は、ほんのひととき、空を翔ける喜びに触れたのだった。

森林みどり
長く行方不明だった伯父は石を拾うのが好きだった。河原に行くと、黙って石を拾った。小さいのも大きいのも。どれもそんなに美しくはなかった。ゴツゴツした岩の角がこすれ削れた後の、のっぺらぼう。石は庭の隅にごろりと置かれた。伯父がどこで何をして来たか誰も知らない。ただ石だけが増え続けた。

森林みどり
純君の白い指が積み木をそっと押し出した。爪が長く伸びていた。何を言っていいかわからなかったから、二人ともさっきから無言だった。次は私の丸い指の番だ。どちらが壊すか。純君だったら気まずい。壊すのは私の方がいい。そう思った瞬間、激しい音が響いた。壊したのは、純君の白い指だった。

森林みどり
森の中には青緑色に光る湖があって、水底には枯れ葉とともに、無数の白い笛が眠っているのだった。私は舟を漕いで湖の中央まで来ると、舟を深く沈めた。舟が湖底まで進んで行けば、私は笛を拾えるだろう。骨のような笛に唇を押し当て、終わり続けているもののために、私は長くゆっくりと笛を吹こう。

時見初名
黒く染まった空に手を伸ばす。
少し欠けた月に届くように、指先まで美しくあれるように。
舞台の上とは違う冷ややかな空気が肺を通って私を綺麗にしていく。
私だけのステージ。
蛹からの脱皮。
飛び立つ準備はもうできた。
街灯の明かりで長く伸びた影はゆらゆらと揺れてふわりと溶けていった。

米田梨乃
夜長、鳴り渡るは烏の声。漆黒の体は鋭く聳える山へと消えてゆく。やい我先にと飛び回り、一枚また一枚と散った羽。
翌朝その羽拾った少年。一つまた一つと拾い歩けば辿り着いたよその山へ。烏の闇に吸い込まれ、それきり少年帰れず終い。
知らぬ処へ行ってはならぬ。そうさ、ここは魔女の棲まう山。

ゆきやまイマ/鶏林書笈
彼女が姿を消してから長き年月が流れた。
その間、彼女が異国にいることが分かり、既に亡くなったとも言われた。幸いそれは虚報だった。その後、彼女の娘だという少女が現われ、暫くするとその少女が孫娘を連れて来た。だが、本人は姿を見せない。既に還暦を迎えた彼女。今年こそ家族と再会させたい。

六星昴
一昨日、声を失った。脆く美しい君に気持ちを伝えたくて、『愛してる』の手話を覚えた。昨日は感情を失った。即席で覚えた手話はゴミになった。日に日に人間から遠ざかる恋人に、君は涙を流した。何で泣いているの?声なき声が溢れ出た。そして今日、君を失った。涙は出なかった。長い牢生活が始まる。

六星昴
春になり、言葉は蠢く。人々は新たな出会いに胸躍り、青い会話を芽吹かせる。夏になり、言葉は萌える。人々は強い光を浴びながら、噂話に花を咲かせる。秋になり、言葉は色付く。人々は長細い風に巻かれて赤い恋愛話を舞い散らす。冬になり、言葉は朽ちる。人々はコートに身を包み、白い息を一つ吐く。

明里水也
夜は長すぎる。そう言っていたあなたがいないから、私の夜も長すぎるんだ。ざあざあと流れる川の音。向こう側へ行くことはできない。月のない、明るい空の下で涙を堪える。今すぐにでもいきたいのに。遠く私を呼ぶ声が聞こえた。はぁい、と返す。もういないあなたへ背を向け、朝へ向かって歩き出した。

六星昴
拝啓、夏様。私は貴方が大嫌いです。自分勝手で暴力的な貴方は、自己主張が激しく、嫌われることを厭わない。でも、貴方がくれたあの想い出を私は一生忘れません。あの砂浜で見た長い長い夕陽の事を。前世にも行けそうなあの光り輝く道の事を。それを隣で見ていた想い人の事を。来年もまた会えますか?

camel
彼女の長い睫毛が洗面所の鏡に貼り付いている。また使うから目立つ場所に置くらしい。僕はちょんと偽物の毛束に触れる。彼女の顔の一部だと思うと面白い。付けてみたいのかと彼女が僕の後ろで問いかける。首に当たる鼻先がくすぐったい。今度付けてよと振り返ると目が覚めた。睫毛は硬く短いままだ。

柊鳩子
「やっぱり少し長すぎたかな」母は編み上がったばかりの赤いマフラーを私の首に巻きながらそう言った。私はその日うれしくてマフラーをしたまま布団に入った。
 不意にあの日のことを思い出したのは、帰り道降り立った駅のホームが寒かったからだ。寒くて、淋しくて、家に帰りたくなった。

【星々運営】
四葩ナヲコ
ふかふかのベッド、虹色のクッション。彼女を守る砦を、迷いながらこじ開ける。さあ起きて、温かいスープを飲んで。ひりひりとふく風に負けぬよう、三つ編みはなるべくきつく。おなかに指の跡のついたペンギン、ゆっくりと溶ける錠剤。戦いに向かう悲壮さで、彼女はその門をくぐる。長い一日が始まる。

【星々運営】
四葩ナヲコ
眠りから覚め、頭上の蓋をはね上げる。床も明かりも白い。同じかたちのカプセルがずっと向こうまで並んでいる。銘板の名前をひとつひとつ読む。文字は忘れていないが、名前の主に関する記憶はおぼろげだ。モニターを起動する。今回も成果なし。次の航路とタイマーをセットし直し、再び長い眠りにつく。

北乃大地
金木犀の香りが漂う川辺の散歩道。あの鳥はなぁにと指差す方を見る。ピンと長い尾を伸ばした優美な鳥が木の枝に停まっている。あれはね、オナガという鳥さ。オナガは遠くへ旅をしない。長年この場所が好きで住み続けている僕たちみたいだね。お地蔵さんにこの土地との出会いを感謝しよう。

10月31日(16時以前)

立藤夕貴
気持ちが昂る。待ちに待った紫金山・アトラス彗星が見られるのだから仕方ない。「こんな巡り合わせ、奇跡だよ」僕は興奮のまま空を仰ぐ。「確かにね。でも、今二人で同じ彗星を見られるのはそれ以上の奇跡じゃない?」隣に立つ少女が艶やかに笑う。なぜだろう。僕はその言葉に長らく答えられなかった。

風香凛
その時がきた。
待ちに待ったそれは全てを覆うかのように真っ白な霧に包まれる。
早朝から始まる美しい調べ。
たなびく雲がゆっくりと天空を泳ぐ様を眺める。
その儚い一瞬の夢が私を幽玄の世界に誘う。
少しでも長く…
どうか消えて無くならないようにと願いを込めて…。

鐘古こよみ
長々とくねる龍の背に身を寄せ、鱗の一枚に手をあてた。硬い表皮は秋の陽射しに温もって、光の薄片に埋もれようとしている。その奥には確かな鼓動。友人がふり返って不思議そうに見る。私は祖母の忠告を思い出し、黄色いプラタナスの葉を手に立ち上がった。他の人には石畳に見えるそうだ。

鐘古こよみ
トンネルの向こうに白い服を着た髪の長い女の人がいる。僕は怖くなって引き返そうとしたのだけれど、後ろからぐいぐい押されて戻れない。覚悟を決めて目をつむり、頭からトンネルの出口に突っ込んで大声を上げた。オギャー! その日産まれた僕を取り上げてくれたのは、白衣を着た女性医師だった。

鐘古こよみ
こんなトイレ長い奴のどこがいいのって付き合い始めの頃に彼の親友から冗談ぽく言われて彼も苦笑いしてたし仲いいんだなって思ってたけど、初めて彼の家でおうちデートしてめちゃ緊張しつつトイレ借りたら扉から便器に辿り着かないんですけど。やば、本気で長……どこまで行けばいいの……

荒木瑛里
白いドレス。高いヒール。いつもより高い目線で、隣に立つ君の顔を見る。もはや齢50。もっと早く出会えていたら、もっと、、、否、一人で過ごしてきた時間の長さは君に出会うための必然だったのだろう。
扉が開いた。メンデルスゾーンが聞こえる。ここから2人で歩きだす。新しい人生に向かって。

木乃幡ひろ
一日を過ごす。長となって自分自身の景色を眺める。夜が来て眠りにつく。
一週間を過ごす。長となって休みを迎える。日曜が終わり眠りにつく。
一年を過ごす。長となって年末を迎える。鐘が鳴って日が昇る。幾度と見た初日の出。
身にしわ刻む今さえも、長の道を進んでいく。

トガシテツヤ
夜の鍵を閉める係を担当することになった。勝手に開かないように、しっかりと夜の帳を下ろし、鍵をかけ、眠る人や働く人を静かに見守る。
朝の担当者に鍵を渡そうとすると、「これからは夜が長くなるから大変でしょう?」と言われた。いや、今は秋の夜長を楽しむ人が多くて、見ているこちらも楽しい。

トガシテツヤ
外からドーン、ドーンと音が聞こえる。花火だろうか。季節外れだなと思いながらも、仕事に忙殺されて夏らしいことを何もしなかった僕は、ちょっとワクワクしながら外に出た。
そこには真っ暗な空と、街灯に照らされて長く伸びた僕の影があるだけ。ただ、静寂があるだけ。
「なんだ。遠い日の記憶か」

春音優月
君と一緒に長い道を歩いて、二人で大人になってきた。けれど、いつのまにか行き先が分かれてしまったね。
私たち、もう一度あの頃に戻れないかな。なんて、無理に決まっている。
すっかり整備され、面影さえもない思い出の地を見て、あんなに長く感じた一瞬は二度と訪れないと思い知った。

夏原秋
冒頭の一文を読んでページを閉じた。長い長い物語の最後には、この本がずっと終わらなければいいのにと願うことになる。夢中で読み終えた結末に感動するけれど、どこか寂しい。それは後悔に近い。幾度も経験してわかっているはずだ。なのに私はまた本を開いた。そうせずにはいられない。

夏原秋
猛スピードで走る紙を眺めていた。巻き取り部分がくるくる高速で回転している。長尺の用紙を巻きつける筒が、どんどん太っていく。1分あたり200メートルの速さで紙を走らせる機械は、ぐおーあぐおーあとかピーポーとか、悲鳴なのかそれとも歓声なのかわからない声で叫んでいた。

鞍馬アリス
組み立てが終わると、釘が一本残った。妙に長い釘で、三十㎝くらいある。どこに当てはめてみても、どうしてもうまくいかない。別の誰かの部品なんだろうかと姉に尋ねると、でも修理前より身体が軽くなった気がすると、笑って答える。仕方がないので、来年姉を修理する時まで、保管することにした。

鞍馬アリス
彗星の尾が博物館で展示されていると聞いて、見に行った。尾は細長く、虫の翅のように見えた。私が行くと、ちょうど学芸員がギャラリートークをしていた。彗星は実は昆虫の一種で、尾は翅が進化したものなんですと学芸員が語る。私は彼女の話を聞きながら、宇宙を飛ぶ昆虫の姿を想像していた。

椋本かなえ
こんな夢を見た。長い廊下がある家。薄暗いそこを独りで進む。壁に沿って幾つもの扉。けれど触らぬ。突き当たりを目指してひたすら歩く。やがて妙に細長い引戸に遮られた。躊躇なく手をかけようとしたが不意に恐怖を感じる。本当に開けていいのか?迷ったまま長い長い時が過ぎる。

椋本かなえ
「蛇、長すぎる」とは誰の言葉だったか。判る気もするが大げさにも感じる。考えていたら上司につつかれた。何をどうしたのか、長い錦蛇に狙われている新人飼育員を救出中だった。しかし彼にとっては蛇より今のこの時間が長すぎると思われ、いやすまん、待ってろもう少しだ、でもなあ……

椋本かなえ
……そして宇宙の開闢以来長い年月をかけて地球人は誕生したものの、僅かな時間で滅びた。長年の探索により発見された宇宙生命体は既にその痕跡しか残していなかったのだ。我々ウロボロス人はこれに学び、環境保全の努力を長きに渡って続けなければならない。(ウロボロス星政府環境大臣就任演説より)

まりこ
長時間電車に揺られ、今日も会社へ向かう。片道3時間の通勤にも慣れたものだ。真っ黒い服を着て、外界を遮断するかのごとくイヤホンを付けている。他人に、未来に関心がない。そんな私が唯一大事にしていた母の形見が落ちた。伸ばす手に、温かい指先が触れる。恋を知った瞬間だった。

まりこ
目の前に並ぶ行列のなんと長いこと。列の先に店があるわけでもないし、皆何を待っているのだろうか。試しに、僕も並んでみることにした。得体の知れないものに対するワクワクとドキドキ。急に人の流れが加速し、先頭にやってくる。渡させたのは紙ペラ1枚で、バンドワゴン効果の検証だった。

空見しお
「あなたは長女なんだから」縋りつく母の、痩せこけた手を振り切って家を出た。五つ下の妹が、実家に戻ってきて母の介護を担った。たったの一年。それでも、火葬炉の前で妹は泣きながら言った。「ありがとう。最期に、お母さんを独り占めさせてくれて」ーー仕方ないよね。私は長女なんだから。

ノリック
一番星見つけた!
おばあはどこに行ったの?おばあは、星になったんだよ。えっ、どうして?それは、もうここには居られなくて。遠い遠い、お空の向こうから私たちを見守っているの。おじいと一緒に私たちを、ずっとね……
何千、何万、何億光年という長き旅を経て私たちを照らす光
きっと、おばあも

八木寅
いつからか。涙を流してない。
砂埃が目にはいって、ようやく。目と心と大地が渇いていたことに気づいた。
私が長いこと雨を降らせなかったせいだ。
どうやって、雫を落とそうか。
悩み、台所で玉ねぎを刻む。そうだ、カレーだ。
幼きころ、泣いた後に食べたお母さんのカレー。作ってみよう。

三尾一加
き・は・じ。距離と速さと時間の計算を教わった。僕が1分間に40m歩けば10分の家までは400m。おばあちゃんちへはどれくらい?
お父さんは夜の電話で出ていった。算数が終わる頃、お母さんが学校にきた。おばあちゃんは遠い場所に行った。知ってる。でも会えるまでの長さを測れたらいいのに。

彩葉
大地につくぐらい長く伸ばした髪を結うと頭がふたつになったかのようだ。私はそのなかにこっそりと哀しみを隠す。哀しみを私に預ける人たちもいる。増えていく哀しみによって私の髪はどんどん美しい色になり艶が増すから哀しみを隠す人たちの瞳は潤んでいる。

彩葉
まわりのペースに合わせていたら怪我をして結局一人になった。長いあいだ誰とも会っていないのに「おーい」と小さな声が聞こえた気がして振り返った。視線を落とす。「きみのペースは速くて疲れたよ。だけどきみと話したくて」カタツムリは背を揺らしながら続ける。「自分のペースを守るって大切だね」

こおり
目を覚ますと夕暮れ時だった。ソファの上で思いっきり伸びをする。隣に座ってテレビを見ていた男性が起きた私に気づいて、頭を撫でる。とても気持ちがいい。しばらくして彼は私のためにご飯を持ってきてくれた。毎日はとても長くて退屈なことが多い。そんな時間が私の世界では流れているのです。

彩葉
いつかこの15階も水の世界になるといわれてから長い年月が過ぎた。水位は緩やかに上がっていて今年中にはそのときがやってくる。そうしたら14階までの人たちと再会できるけれど16階から上の人たちにはしばらく会えなくなる。繰り返されるまたいつか、そのときはきたりこなかったりしている。

三尾一加
大地の深い場所でマグマが流れて、溶けて、ぎゅうぎゅうに押されて固まって、長い長い年月をかけて。いつのまにかこんなになっちまった。「おまえ似合わねぇよ」と言えば、隣から「おまえもな」と返ってくる。プラチナの台座。ショーケースに収まって。昔はどろどろに熱かったんだ。お互い年取ったな。

大宮 慄
ぼくは子供ながらに飛行機を操る。「出発しまーす」後ろを見ると、猫とくまとうさぎの計三名が緊張した様子で席についていた。ぼくが横長のハンドルを前に倒すと、飛行機はどんどんと上昇していく。「あ、鳥にぶつかる!」危ない、ギリギリセーフ。「ご飯できたよー」ガムテープの剥がれる音がした。

俄樂大
「あなたの思い出買い取ります!簡単らくらく無料で査定!辛い過去、消したい記憶、なんでもご相談に応じます」と掲げられた販促ののぼりに誘われて、その店に入ってみた。最悪の事故で失った、最愛の人の思い出は、世界を埋め尽くす程度の黄金にしかならないらしい。私は長居をせず、すぐに店を出た。

part1 part2 part3 part4 part5

いいなと思ったら応援しよう!