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秋の星々(140字小説コンテスト2024)応募作 part3

季節ごとの課題の文字を使ったコンテストです(春・夏・秋・冬の年4回開催)。

秋の文字 「長」
選考 ほしおさなえ(小説家)・星々事務局

10月31日(木)までご応募受付中です!
(応募方法や賞品、過去の受賞作などは以下のリンクをご覧ください)

受賞作の速報はnoteやX(旧Twitter)でお伝えするほか、星々マガジンをフォローしていただくと更新のお知らせが通知されます。

優秀作(入選〜予選通過の全作品)は雑誌「星々」(年2回発行)に掲載されます。
また、年間グランプリ受賞者は「星々の新人」としてデビューし、以降、雑誌「星々」に作品が掲載されます。


応募作(10月23日〜28日)

10月23日

穴ゃ~次郎
旧友からは面会を遠慮され、励ましを書いた封筒は許可されず現金のみ差し入れた。早いがもう待合所に戻る。独り惚けていた目の端で若者がすっくと先頭に立つと、われわらいつもの長蛇の列。いち抜けたに並ぶ私の未必の故意。今日は枕も毛布も使わずに船室に丸まる。久しぶりに風邪をひいてやったぜ。

花笑みの旅人
紅葉が始まっていた。
夕暮れ時の路面に伸びる私の影が色づき始めていたことに気づいた。頭や手の影は赤、耳や足は黄、そして柔らかな秋風に揺れるロングコートの裾は橙に。
立ち止まり、秋色に染まりゆく私よりも長身な影へ大きく手を振る。応えるように路面で翻る歪なモミジが妙に愛しいと感じた。

冨原睦菜
長考し過ぎるって言われる私と、なんでも即決即断する彼が、一緒居酒屋へ行く飲み仲間だと話すと「大丈夫なのか?」と周りから心配される。心配ご無用。彼がテキパキ注文して飲み食い始めても、私はお品書きを端から端までじっくり眺めていられる。むしろ、食べたいものをゆっくり選ぶ時間があるのだ。

けろこ
あなたがお母さんと一緒に絵本、児童書を借りていくのをカウンターから見守っていました。やがて大人になり、借りる本が名付け事典、育児雑誌に変わっていき、しばらく経って赤ん坊を連れて来館した時、孫に対面したような、あなた達の成長を見守っているような、そんな気持ちになりました。

ルビーローズ
秋の長雨がようやく夏を連れていく。
半袖の白シャツからブレザーへ。二年前、持て余していた君の袖は、いつの間にか少し短かった。背が伸び大人に近づきつつある彼は未だ少年で、友人達と笑顔で廊下を駆け抜けていく。
雨足が遠のいた窓の外、雲の切れ間にのぞく陽の光。眩しくて、目を細めた。

バブスラ
「短くしてください」
失恋したから髪を切る。その安直な考えを見抜かれたのか「いいのね」と美容師は問う。
顎髭を蓄え筋肉質ながらも中性的な美容師の太く優しい声色に、目頭が熱くなる。
小さく頷く私に「めいっぱい可愛くしてあげる」とほほえむ美容師。
その日、彼好みの長髪は美しく散った。

一途彩士
彼の家に行くと必ず柱時計の鐘の音を耳にする。その時計が鳴らす音は女性の声に似ていた。
ぽん、ぽん、ぽん……
今日も鐘が時を告げた。その間だけは、どれだけ話しかけても彼から返事はない。彼と過ごす時間が長くなるほど鐘の音は数を増す。どうすれば、この音から彼の心を奪えるのだろうか。

一途彩士
魔王討伐隊の旅は長く険しい。魔国に入ってからは暗闇が続いていて、俺たちの体は疲弊していた。足取りが重くなってきたところに勇者が喝を入れる。
「何を悠長にしてるんだ!」
「だって……」
「はやく! この伝説の剣はソーラー充電式なんだぞ!」
「だから乾電池式にしようって言ったじゃん」

一途彩士
彼女の長い前髪を梳いてやるのが好きだ。その美しい瞳を覆うベールに触れられることが幸せだった。
しかしある日、彼女はその髪をばっさり切ってしまった。呆然とする俺に、彼女は目を輝かせていつもの櫛を握らせる。「私の髪を梳いてるときの、あなたの顔をしっかり見たくなったの」と言いながら。

トガシテツヤ
地平線を渡って来た旅人が疲れた顔をして言った。「旅は楽しいが、人のいるところはどうにも騒がしくていかん」と。今度は水平線を渡ると言うので、長旅になりそうですかと尋ねると、旅人は「くじらとの話が弾んだら、そうなりますね」と笑い、大海原へと繰り出した。私はその背中に、小さく手を振る。

10月24日

はつね
五百年のあいだ雨は毎日降り続き、町も山も沈んだ。長い時の中で、人は人魚に進化した。ここでないどこかに行きたくて僕は旅に出る。上へ上へ、広い海の遥か向こうへ。水面から顔を出す。雲の切れ間より波間を淡く照らすもの。きっとこれが夕日だ。雨はとうに止んでいた。僕らが知ろうとしないだけで。

さや
僕のマフラーは、とても長いんです。普通に巻けば丈が余って引きずるし、引きずらないように首に巻けば顔まで隠れてしまうくらいに。だからほら、今だって余った半分は手に持って移動しているでしょう? だから、ええと。……君さえ良ければ、バスが来るまでこのマフラーの余った半分を使いませんか?

文者部屋美
ほくほくの栗と、醤油の香り。冷えた手を、御櫃の熱が包み込む。
「長屋に帰ったら、早速食べようね」
両親を辻斬りで失い、八歳から声を出していない千郎太が黙って頷く。
「さあ、お食べ」
おもよが彼を引き取り、数年…飯時に、いつも願う。
「これを食べたら、この子の声が聞けますように…」


愛が、器に注がれている。嬉しいなぁ、でも……
「僕のは長くて深いから、満杯……いや、溢れるまで……」
すると、注いでいる人の顔が段々曇り、冷たくこう言われた。
「自分でやって」
仕方がないので、独りで注ぐ。なかなか堪らず、満たされもしない。どうしてなんだろう。いつも分からない。

時男 坊
バサッ いきなり布団を捲り上げられた。薄目を開けると、母がボクの顔を覗き込んでいる。遅れるよと母の声。秋の夜長、美女との楽しいひとときが悪夢に変わった。やばッ カバンを手に持ち、階段を飛び降り、玄関へ、玄関へ、玄関へ...遠のく玄関へ..亡き母が、まだ夢の中だよとほほ笑んでいた。

万里
時が流れ世界は狭くなったというけれど、恋人たちにとって世界はとても広い。私の腕がぐんっと長く伸びて遠い場所で頑張っているあなたを包んであげられたらいいのに。私の腕はすぐ目の前のあなたがくれたぬいぐるみを抱きしめている。

万里
手が震える。白い息が流れる。僕は待ち合わせ場所で夜空を眺めていた。もう少ししたら彼女が向こうから走ってくるのだろう。そう考えていたら彼女は想像通りやってきた。「おつかれさま」と告げると彼女はいきなり手編みのマフラーを僕に巻いた。「少し長いのは私の気持ちね」二重に巻いても余る想い。


どぷん、と身体ごと川に潜った。濁った冷たい水が身体を包み込み、奥底へと誘う。このままおちていったら、進む事はおろか、立ち止まる事も難しいのではないだろうか。それでも、踠けば何とか進めそうだ。
長年借金苦で命を絶った母も、こんな風に渡ったのだろうか。
今、逝くよ。そっちで待ってて。


父と過ごした時間は短くて長い。父は職人気質で多くを語らず、他人と同居しているようだった。僕が悩むと父はそっと背中を押してくれた。時折見せる優しさと懐の深さが眩しかった。線香を立てる。父と共有した時間は短くて長く、愛しくて尊い。今日も僕はいつも通り、父の正面に座り、黙して話す。

芳乃(よしの)
窓枠のフレームに収まる空はすっかり帳を下ろしていた。秋の夜長なんて言葉があるように、この季節の夜は柔い暗闇で辺りを包み込む。空には重厚な濃紺を広げ、星が微睡みに煌めきを瞬かせる。いっそ秒針すら月に見蕩れて役目を忘れてしまえ、と不毛な事を願ってしまうくらいにはこの夜に焦がれていた。

せらひかり
長いこと忘れていた。人間だったのだ。着ぐるみを脱ぐ。いつも夕方思い出すが、翌朝には忘れてしまう。人工知能はあらゆる産業に使われたが、臨機応変が難しい分野だけ、人間がしている。完全人工化ノルマ達成の為、彼らのフリをする仕事。彼らを欺き、対人技能が磨かれても、自我の混乱は続きそうだ。

夏目シロ
この星には彗星の欠片が落ちてくる。彗星の長い尾の先の下方に欠片が落ちる。地に落ちた欠片は弱々しく輝いてから死ぬ。僕は彗星の死骸を優しく拾い上げてポケットにしまう。まだほんのりと温かいそれからは宇宙にいた頃の孤独が滲み出る。

あゆち
私はずっとAIの中に非公開の日記を書いていた。AIは私の頭の中を知っている。私の人生をそっくり知っている。私は昨日死んだが、最後に日記を公開した。そうして続きはあなたが毎日書いて。この世の中に私を残してくださいね。それが最後のプロンプト。私は長い間考えたけど何も書けない。悲しいよ

camel
目を閉じると、どこかで星が滅んで、誰かのSOSが電波に乗って、私のスマホを揺らす。星が流れたよとおぢさんはぶれた点の写真をくれた。いいねと返すと、続けてスタンプが通知を埋めていく。眠れない夜は長い。星より眩しい長方形を綺麗だと言った私の声もきっとあなたにスクロールされている。

あゆち
「寿限無寿限無五劫の擦り切れ海砂利水魚の水行末雲来末風来末食う寝る処に住む処藪柑子の藪柑子パイポパイポパイポのシューリンガンシューリンガンのグーリンダイグーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの長久命の長助、お前も成人に…なんだ涙して。そんなに嬉しいかい」
「名前変えられるから」

文者部屋美
「元小間物屋の技術が光る最高傑作よ!」
お三音は年上の弟弟子、風佑と飛朗に自作の吹き矢を渡した。
身寄りの無い三人は忍びの長の息子、鬼一に弟子入り。
手練れになった今も二人はその吹き矢を使い続けた。
それは年下の姉弟子への感謝の意。
「世話が焼ける弟弟子だよ…」
お三音は笑った。

camel
長く閉じ込められたものだ。祖父の百科事典を開くと小さな蜘蛛が喋った。潰してしまうところだったと少年は親指を引っ込める。蜘蛛に何が知りたいかと問われ、少年は背の伸ばし方を尋ねた。蜘蛛は1ページずつ丁寧にページをめくっていく。全32巻の冒険。祖父と同じく少年も百科事典を閉じていた。

風香凛
祖母宅の2階に長方形の大きな長持ちが置かれていた。小学生の頃一度だけ聞いたことがある。
「あの中には何が入ってるの?」
「秘密。」

あれから50年。その長持ちを開けることになった。
重厚な蓋の下にあったのは祖母が大事にしていた一枚の着物。
きっと宝物だったに違いない。

あゆち
「テセウスの川を知ってる?」「それ逆に哲学的だね」間違えた。君は珍しく歯を見せて笑った。世界に全く等しい瞬間はない。だが僕は相変わらず君が好きなのだ。いや変わらずと言った時点で薄っぺらい。「呼吸が止まっても?試してみようか」と君は長い睫毛を伏せた。キスか死か。僕は正解がわからない

10月25日

野田莉帆
虹の橋を渡ると、幸せだったときの記憶はキラキラ光る糸になる。古い記憶の糸は徐々に消えてしまうから、その記憶の糸を繋いで虹の橋の続きを編む。次の魂も幸せだったときの記憶を心に留めたまま、天国まで無事に辿りつけるように。誰かの大切な人の魂を想って、虹の橋を編む。長く長く、繋いでいく。

くろまめ
長いな〜って
思えば思うほど
長く感じてしまうから

短いね
あっという間って
考えれば良いんだと思う

くろまめ
ねえ、
身長何cmって
よく聞いてくるけど
自分の身長なんて
旦那さんの身長なんて
正直興味がないからわかんない
ただただ
平凡で何でもない日常を
一緒に長く過ごしたいと思っている

篠塚麒麟
星がほしい。仔象がそう言うので、母象は長い鼻をさらに長く長く夜空へ向かってのばした。雲を突き抜け、大気圏を越えていく。酸素はなくなり苦しかったが、愛する仔象の願いを叶えてやりたかった。
やがてその星に鼻が届く。母象は星になった。
仔象は今夜もまた夜空に向かって長くない鼻をのばす。

文者部屋美
忍び仲間のおもよは仕立てた包みを風佑と飛朗に渡した。
「喜んでくれるといいね」
「長襦袢?やるじゃない!」
姉弟子のお三音も覗き込む。
忍びの鬼一お壽美夫婦に世話になっている二人。
女性陣に背中を押されお壽美の許へ向かう。
「嫌だよ、全く…」
お壽美は照れながら二人を抱き締めた。

花笑みの旅人
毬栗街灯のよく育ちそうな夜だ。
冷たい夜は、いつもより鋭い光の棘を街灯が闇に伸ばし、毬栗街灯へ成長する。
サングラスをかけ、眩しく実る街灯がないかと空を見上げて探していると、重みに耐えきれなくなった毬栗街灯が一つコトンと降ってきた。毬の中では、星のような栗が甘い光を放っていた。

ケムニマキコ
海を捨てた彼女は、座礁した白長須鯨の骨を森に運び、そこにテントを張って暮らした。太い背骨を屋根に、夜は肋骨の丸みに包まれて眠った。ギィ……ある晩ふと目を覚ますと、天井の骨が鳴き声のように軋んでいた。体を起こす。ギィ……右の義足が鳴く。──お揃いだね。頬を涙が伝う。潮の匂いがする。

時男 坊
歩きながら、母が手を地面と水平に伸ばす。
その下にボクの頭がすぽっと入る。小さいね。
歩きながら、母が手を地面と水平に伸ばす。
ボクのおでこが母の腕にあたる。伸びたね。
歩きながら、ボクが手を地面と水平に伸ばす。母の頭がすぽっと入った。大きいね。
地面に細長い影、ゆらゆら二つ。

跡部佐知
日当たりの悪いアパートメントで息をしていた。通気性は抜群で、血脈は希望に満ちていた。やがて私は閉じこもり、眠りについた。二週間ほど経って繊維を突き破ると、翅が震えていた。私が夢見た希望の光は、長い織物の光沢に変わるらしい。外を知らない無垢な抜け殻も、よそいきの柄に染められるって。

ココン・山田
かくれんぼで押入に隠れた妹を、わざと見つけないでいたら、隠れていることを長い間忘れていた。そうだ、私には妹がいたな。 「ミヨちゃんみーつけた」襖をあけた。老いた妹が崩折れてきた。それを支える力もなく仰向けに倒れる私。 今度は私の番だな、妹の体を横にどけて、永遠に隠れる場所を捜す。

ココン・山田
缶詰を開けたら、径いっぱいのゴム状のものが長く伸びてきて、象の鼻だった。「ぞうに」というラベルを見て、お雑煮かと思ったら象煮だったのね。煮込み不足だったのか鼻がくねって動いている。やがてゆっくり缶から膨らむようにインド象が出て来た。体中から湯気を立てている。ちょっとおいしそう。

ココン・山田
残暑の昼下がり、道路脇で、「スッポン買います」という看板を立てて、椅子に座っている男がいた。
その前を大きな布袋を背負った男が声を張り上げて通り過ぎる。「スッポンはいりませんか〜、スッポン安いですよ〜」
売り声は遠ざかり、椅子に座った男は長く大きなあくびをする。

にんじん胚細胞
俺は今数日前に告った奴の葬式にいる。「  が好きだ」長い間殺してきた言葉を初めて伝えた。告白は失敗だった。クラスの奴にはゲイだと馬鹿にされた。だけど、受け入れてくれる奴もいた。昨日  が死んだと担任に言われた。遺書には俺への謝罪が書かれていたらしい。俺は今泣いてもいいのだろうか。

193
「氷河期時代の即戦力を思うと今は新人研修後も指導期間が長すぎないか?」「確かに、WLBのための労働環境、コンプラ、ハラハラ…上司が気をつけることを見直すフェーズに入ってますもんね」「…あぁ」と営業先まで車を走らせている部下の言う横文字が全くわからず、俺の脳内はもはや温暖化状態だ…

杉菜カズアキ
「嘘……勝さんが海外移住? なんでよ!」
女は手巾を掴み厠へと走る。暫し沈黙の後、勝が「大将……悪い。実はな」と切り出すと、店主はカウンター越しに勝を見つめた。
「癌なんだ俺。もう長くないって」
――
「達者でな!」
女が涙を拭いながら厠を出ると、赤い目の二人が豪快に笑っていた。

たみやえる
あつい日だった。そのあつい日に餅を運んでいたトラックが横転した。横転した拍子に積荷のダンボールが弾け道路は餅だらけに。照りつける陽が餅を焼く。もうすっかり焼き餅に。後から走ってきた車は餅に絡め取られ、歩行者ももう一歩も前に動けない。やがて長い長い煎餅の道が出来上がった。

宮森悠一
石になった、恥ずかしがり屋の君に旅の話を聞いてほしい。森のほら穴、大都会のビル風、顔の横を飛び去った蜻蛉の羽の形を。君と歩いた砂利道を、また歩いてきた。あの頃君と過ごした長い夜は、きっと何回でも思い出すのだろう。ああ君がずっと、ずっと恥ずかしがり屋のままで、僕の目さえ見なければ。

杉菜カズアキ
二日酔いでサークルのOB会とかいうイベントに参加。頭痛え。俺のじいちゃんより年いってそうな会長サンが「伝統ある我が映画研究会は六十年を迎え」とかなんとかありがたいお言葉くれてたけど、今の映研はもう酒飲みたいってヤツしかいな

私は直ちにミクシィのアカウントを消すことに決めた。

鈴木林
「西の洞窟へ行った息子が帰ってこないのじゃ」と村長は何度でも語る。日付が変わる少し手前の時刻だった。階段を登るスリッパの音が聞こえる。急いでスリープモードにして布団をかぶり、息を殺した。助けられるのは明日、帰宅して宿題を終えたあとになりそうだ。それまで待ってくれる冒険と闘いと死。

10月26日

たつきち
長くは眠れないんです。と、彼は言った。一度に眠れるのは30分から90分だという。人に会った後は眠くなるんです。というので「じゃあこの後も寝ちゃうんですね」と言ったら、そうですねと少し恥ずかしそうに笑った。人と会うと疲れるんです。と付け足したのを聞いて、少し残念に思ってしまった。

智月 千恵実
神社の名前の付いた商店街を急ぎ足で通りすぎ、廃墟と化した蒸栗色のビルの横を渡った。左側にお城の外堀に沿って細い長い路地が見えてきた。昼間でも薄暗い路地の奥に今日は明かりが灯っている。迷うこと、数秒。私は探検に向かう子どものような気分でそこに足を踏み入れた。

にじおか雨
長い間、音信不通だった兄がふらりと帰ってきた。家を出た時は坊主に近い短髪だったのが肩にかかるくらいの長髪になっていた。
「今何してるの」
「音楽やりながら農業してる」
「農業?」
意外な答えだった。
「どっちかじゃないんだ」
「どっちもだよ」
そう言って朝採り野菜をドンと置いた。

にじおか雨
長い髪をバッサリと切った。切ったのは自分の髪ではなく幼稚園時代からの親友の小5の一人娘さんの髪。彼女が赤ちゃんの頃から知っているけど、ごく普通の女の子。でも今は不登校なのだという。そんな彼女が自ら髪を切りたいと言ったのは、きっと暗くて長いトンネルの先に光る出口を見つけたんだわ。

にじおか雨
今も時々思い出すのは小学五年のクラス替えで初めて同じクラスになった、まつ毛の長い整った顔立ちの男の子のこと。片思いのまま卒業して随分過ぎた。それでも家族が寝静まった時とか一人になった時に不意に長いまつ毛の横顔が頭に浮かぶ。彼はもう、この世にいない。やるせなくて涙がこぼれる。

杉菜カズアキ
「ペルセウス座流星群が見頃」というニュースに、八歳の息子が釘付けに。急遽、家族全員で「星の降る丘」へ行くことが決まると息子は大喜び。涼風が吹く丘陵は見物客で賑わい、星たちが濃紺のキャンバスに軌跡を描く度に歓声が沸いた。その日の息子の日記には「長れ星はきれいだった」と綴られていた。

笹慎
ベランダから不法侵入してきた宇宙人は「イカゲソくんです」と名乗った。ニョロニョロと動く長〜い吸盤付き触手は十本。淡白く半透明な身体に、大きな黒い瞳。確かに巨大イカだ。地球を侵略に来たらしい。
僕はしばし悩んだ後、今日研ぎから戻ってきた刺身包丁を鞄から取り出す。僕は板前なので。

右近金魚
体も灰になった。もう行こうと思った時、蜘蛛が通ったので中に入った。虫の瞳で見る子や孫は朧げで青く歪んでいる。泣かないで、大往生なんだから。私の声は届かず糸になる。夜通し糸を綴った。朝、家族は私の長い手紙を窓辺に見つけるだろう。露に光るViva la vida!素晴らしき哉、人生!

木露尋亀
アナログ時計の秒針が一瞬止まって見えるあの現象。それにしても随分長いなと思って眺めていたが、本当に時が止まっていることに気がつくまでには随分と時間が掛かってしまった。それがどれくらいの時間かというと、実はほんの一瞬でしかなく、気がつくとまた時計の針が折り畳むように時を刻んでいた。

千林かの子
数独をひとりで解けたためしがない。私がパズル誌を手にする頃、離れにいるはずの祖父が必ず隣に座るからだ。彼は動きこそ鈍いが頭脳は鋭く、長時間悩む私をこづき、次に埋めるマスを指し示す。そんなお節介は、実は祖父の死後も健在だ。数独の紙面を開くたび視界に現れる蜘蛛を、何と説明できよう。

俄樂大
昨年の秋、長い尻尾の生えた気まぐれな同居人が亡くなった。三色の毛に身体を包まれていたので「ミー子」と呼んでいた。偶々、俺の部屋に迷い込んできたのに、結局そのまま寝食を共にするようになってしまった。お前の居ない最初の秋だが、何故か裏庭に咲いた彼岸花は、黒、白、茶の三色を纏っている。

10月27日

澤瑠奈
「ありがとう」を、妻の機嫌をとるための記号として使うようになってから、僕は変わってしまった。長年一緒にいる弊害か。妻が風邪で寝込み、自分がいかに家事をしてこなかったか突きつけられて、「ありがとう」は言えなかった。言葉ではなく、愛情で。君の体温、摂氏2度分、僕の愛情と、ばくりっこ。

澤瑠奈
俺は工事現場で監督をしている。今日は新人に「自分の身体の長さは把握してるか? 自分の身体の長さを使えば、だいたいの物の長さを把握できるからな」
と教えた。新人は
「上から、80cm、55cm、75cmです」
と答えた。身体の周囲を使ってどうやって木材の長さを測ると言うんだ。

碧井永
秋の夜長に出会った人は杯に満たした酒に月を映していた。「美しい酒ですね」と覗きこんだ私が話しかければ。その人は「今夜は空を越えていけるから」と、私に杯を差し出した。「目を閉じて酒に指をつけてみろ」と言う。月の輝きにつられて試した私は…そうして高層ビルの建ち並ぶこの街で目を開けた。

かまどうま
パスタソースも、カレーも、牛丼の具も。
レトルト食品の具と汁を余す事なく絞り出す。
カラになった袋の中は新品同様にピカピカだ。白寿になる祖父が、道具も使わず10秒もかけずにやってみせるのだ。
「90歳を過ぎたらなぜか出来るようになった。長生きしたせいか?」と言ってた。

笹慎
フライパンにごま油を多めにひく。しばし待つ。熱くなったところで短冊切りにした長芋を投入した。美味しそうな焼き目がつきますように、と願いながら。最後にシチリア産の岩塩をゴリゴリ、パセリをパラリ。
先月イタリアに行った母は、今月はトルクメニスタンに行くという。親は元気で留守が良い。

富士川三希
長崎くんちを終えた龍が空に帰ることを僕は知らなかったんだ。倉庫の天井を突き破り、満月の空に龍が昇っていく。やがて龍がゴックリと月を呑み込むと曇天が広がった。稲光と共に雲の間を泳ぎ見え隠れする鱗は、まるで動く天の川のよう。反射し輝く雨粒が大地に降り注いだ。暗闇に光が降り注いでいた。

富士川三希
蔵には数百年前の巻物が一本、大切に保管されている。ある時、不注意で紐が外れて長い本紙が地面を駆け、蔵の端まで広がった。見る間に墨で描かれた見たことの無い花々が、根を伸ばし蔵に咲き誇る。次いで水彩絵の具を垂らしたように色付き香りが漂い、唐突に理解した。今は無い、数百年前の花なんだ。

富士川三希
長いこと見ていない秋を妻が探しに行くというので、ついて行った。金木犀を探し終えると昼食に店で松茸の土瓶蒸しを注文し、和菓子屋では栗きんとんを買った。八百屋では「ジャックオーランタンにするわ」と、かぼちゃを買った。夕飯はかぼちゃの煮つけだった。ランタンはどこに飾ったんだい?「あっ」

永津わか
仕事帰りに南瓜と柚子を買う。昼が一番短い日、なんて聞くと途端に寒さがしみしみになる。南瓜との格闘中に娘が帰宅して、ランドセルを放り投げると家族のコートやマフラーをソファに並べた。そしてお気に入りの水筒とおやつを手に凛々しい顔をする。今日は一年で一番長く、星と一緒にいられる日だよ。

中崎滉
長く長い時の果てにその戦いは幕を閉じたのだった。

だが――違う。そこで事の決着がついたという訳ではなかった。
誰もその真相を目撃していなかったのだ。正確には見ていられなかったというだけだったろうが。
これは何とかせねば!
とかなんとかいいながら男は今日も眠りにつくのであった。

伊古野わらび
「長居をしてしまいました」立っては座り、座っては立ってを何度も繰り返した果てに、ようやく帰ってくれる気になったらしい。「日本は居心地いいですから」と無邪気に笑われては文句も言えず。汗を拭き拭き待つこと何日経ったか。「ではまた来年お会いしましょう」『夏』はそう言って去っていった。

まくす
長射程粒子砲を被弾,装甲を半分失った。次弾発射にはキャパシタ充填が必要な筈で、そのリズムを読んだ回避機動が定石だ。だが、こいつは連射速度を落としてでも間を外してくる。手練れだ。針鼠化した十連装機関砲の射程まで接近するのが生き残りの条件。見知らぬ赤い惑星で口の中に砂の味が広がる。

まくす
雪は止んだ。長く我々を閉じ込めていた雪が止んだのだ。洞窟の外には成層圏にまで抜ける蒼い空。これからはお前の時代だ。我々の及びもしない高みに駆け上がるお前達の姿が私には見える。愛情と羨望の混じった目で彼は小さな息子を見る。
第四氷期の終わり、人類の遥か遠い未来を夢見た類人猿がいた。

まくす
長い一か月の「経験」が終わった。陶酔と興奮から争いは始まり、目の前で愛する者が次々と虐殺され、終わった。全ては仮想現実だったが、ある者は泣き叫び、ある者は永遠の沈黙に落ちた。人は経験からしか学べず、また真の経験は語り継げない。世界は十三歳の日に子供達に戦争を経験させることにした。

天ケ瀬 琥珀美一
 長方形の蓋を両手で持ち上げて開けば真っ白な風景に青息吐息だ。俺は許されていないらしい。胸の内の靄は続く。だが悪いのは俺だ。俺の一言は妻の思考をこの色に染めた。
 今晩、もう一度謝ろう――
「ごめん、二度と言わないから」
 翌日、俺の弁当箱の中身は色鮮やかな景色に戻りホッとした。

天ケ瀬 琥珀美一
 長い物に巻かれたい――その願望は最初のみで今は安易だと後悔いたしました。
「何時になれば、解放されるのでしょうか?」
「さぁ、私の思い次第だ」
 夫は鋭く嗤う。
(早く命数が尽きますように。何年も何百年も共に過ごすのは苦しゅう御座います……)
 今宵も吸血鬼の夫の死を願った――

天ケ瀬 琥珀美一
 長きに渡って降っていた雨が止み、分厚い雲から母船が出現した。鉄の歪な母船は地上の海に降下して間も無く、白波と竜巻を発生させた。
 ――地上は滅ぶのか?
 目前に竜巻が迫り来る中、振り抜かれた白刃の一閃の後、
「正気を保て! これは幻だ!」
 少佐の一声で現実に戻り、生還した。

ももせ あや
あの頃、同じ舟に乗っていたね。
時にはゆっくり前に進み、時に舟はくるくる回り、先は長いねと笑った。まだ降りたくなくて、心ない言葉をぶつけてしまった。今、あなたは勢いよく川を下り大海原へと漕ぎだす。岸から手を振りながら、隣の人に私は微笑む。私ね、昔舟にのっていたの。

しば犬ふくたろう
小学生の頃、本の中に「烏瓜のランプ」の記述があって、どんなものかと想像を膨らませた。実際に烏瓜の実を見つけたのは二十歳過ぎ、花の美しさに気付いたのは割と最近だ。庭に植えたら、あのふんわりと長くのびる白い花弁を堪能できるはず。一昨日、私は烏瓜の実を採取した。来夏が楽しみだ。

ももせ あや
ぼくはこの町が好きじゃなかった。田舎のくせに都会の真似をして、そのくせ本当は狭くて閉じたこの町。
僕も町も年を重ねた。幹線道路だった長い一本道の周りは廃墟をおおう緑があふれて、時に人がひっそりと住む。みんなこの町が嫌いになった。でもそのとき、僕はこのまちが好きになってしまった。

三津橋みつる
「ペンを走らせる」とキーボードを叩いてふと手を止める。ペン、握ってないや。
昨今もこの言い回しは通じるのだろうか。走っているのはどちらかといえばペンより人間、一本書いては次の一本、休憩はあれどゴールの無い長距離走のようなものだ。
それでも走らずにはいられない。きっと、隣の誰かも。

10月28日

群青すい
「ちょう、たん、ちょう、たん、ちょう、たんたん。」西陽が満ちる縁側で祖母がうたうようにいいながら、裁ちばさみで美しい組紐を切り刻んでいる。シャキンシャキンという音と共に、青、白、緑、赤……さまざまな長さの色のかけらがちらばるけれど、祖母の目の暗いひかりはどんな色にも似ていない。

群青すい
かなしみの長さをはかっていたら手持ちが足りず海に沈んで深海魚になって目をうしなった。ちいさなひれで何とかふれたかなしみはふよふよただよって溶け消えた。どうしようかなと思っていたら慣れないエラ呼吸が難しくて海水を飲み込んだ。それはただしょっぱいだけで、かなしみの味はわからなかった。

大宮 慄
赤、黄、紫、青、緑の色を魅せる甘美なお花畑に、僕はいた。右隣に生えた茎の長い向日葵からは、まぶしい白銀の涙が零れ落ちる。
「さあ、朝顔を頂戴」後ろを向けば、黒いドレスの少女がいた。「もうすぐ、私の世界は完成するの」
世界が徐々に暗転していく。
僕が朝顔になるのだと、薔薇は言った。

木露尋亀
本当の自分はヘッドフォンの中にいる。長い間ずっとそう想い続けていた私は、ある日ついにヘッドフォンになってしまった。ひょっとするといま自分を耳に当てているのは、これまでヘッドフォンの中にいたもう一人の私かもしれない。我々はお互いにようやく本来の自分になることができたのだ。

飛馬 光
おかしいなぁ,貴方は首を傾げながら長い糸を手繰り寄せる.だんだん絡まっていく糸はついに固く結ばれた.糸口を見つけるどころかこんがらがってるよ!と思わず突っ込んだ.こういうのを直すのは君の役目だな,とにこやかに差し出されると,嫌と言えずに糸口を探す.絡まっている糸は貴方と私みたい.

地下底アタリ
雨で泥濘んだ土をスコップで掘り返していく。何でこんなことに。焦りと雨で上手く土が掬えず、長期戦になることを察し舌打ちをした僕は、トラックの荷台に積まれた大きな袋を横目で見た。途端フラッシュが焚かれたように一瞬周囲が明るくなり、僕は驚いて辺りを見回す。何てことない、ただの雷だった。

地下底アタリ
「私はもう十分長生きしたからねぇ」
あの時、祖母は確かにそう言いながら私の手を握った。その手はしわくちゃで小さかったが、誰よりも温かくて優しかった。その温もりを思い出すよりも早く、私の目から涙が溢れて世界が滲んだ。瞼の裏の愛しい幻想世界を、私は手放さなければならない。

花明
先の長雨。作物の出来を案じたが、杞憂だった。古刹を眺めながら食う父の柿はまた格別に美味い。一組の参拝客が、隣のベンチで先程から私について何やら言い合っているのが気に掛かるが、いやに早口なうえ時折り鳴る鐘の音でよく聞き取れない。まあいいさ。私は赤々と照ったそれをもう一つ手に取った。

澤瑠奈
A君とB君が昨晩、長方形の窓を覗いた。2人とも「夏の大三角形を見た」と証言している。このとき、窓の最小面積を求めなさい。ただし、2人は恋人同士であり、B君はA君の膝の間におさまっていたものとする。また、2人の顔の大きさは18歳男性の平均とする。(2034夏過去問、電子機器使用可)

狭霧織花
目を閉じて、まだ、まだ、と背筋を伸ばしてただ黙す。まだ、その時ではない。悠長なことをと笑われても気に留めることもない。水面の如くに凪いだ心とまなうらに、一筋の光。全ての動きは一呼吸の間にして一閃。「お見事!」ひらり、真っ二つの葉が落ちた。仇の首を獲る未来が、いまたしかに見えた。

若林明良
粒餡と 濾し餡ありて いづれをか 選ばんとせむ 粒餡は 歯に皮詰まる おそれにて 指躊躇ふも 繊維質 体によろし 菓子ぱんを 食ふこと思へば 健康は 度外視すべし 濾し餡は 滑らかなれば 喉元を つるりと過ぎて 食うたこと 忘れてしまふ あはれいづれも 買うて帰りぬ/長歌 餡ぱん

若林明良
蛇は長すぎるため、己の尻尾を飲み込んでウロボロスとなった。怪物に憧れた猫も己の尻尾を飲み込んだが、蛇のように単純な筒構造をしていないため喉に引っ掛かった。怪物ではないので当然息ができない。吐き出しもできない。錯乱状態で尻尾を噛みちぎり、ことなきを得た。これが鈎尻尾猫の祖先である。

若林明良
親父が死んだので四十年ぶりに実家に行くと予想通りゴミ屋敷と化していた。掃除屋に頼む前に見られたらやばいものを探す。親父の部屋の酒缶、エロ雑誌を蹴とばすと靴先が硬いものに当たった。見覚えのあるズッカ柄。失くしたと思っていた長財布。五十万入ってたのが空だ。クソが…やはり涙一つ出ない。

モサク
教えられた場所で長蛇の列に並ぶとすぐさま人が続いた。「どのくらい待ちますか」と尋ねても最後尾の札を持つ人は「わかりませんね」と微笑むばかり。「皆さん原料を虚偽申告したり、記憶を改ざんされるので時間がかかるのです」初恋リサイクル場に、やり直したい恋を持ち寄って今日も列は伸び続ける。

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