夏の星々(140字小説コンテスト2024)応募作 part4
季節ごとの課題の文字を使ったコンテストです(春・夏・秋・冬の年4回開催)。
夏の文字 「高」
選考 ほしおさなえ(小説家)・星々事務局
7月31日(水)までご応募受付中です!
(応募方法や賞品、過去の受賞作などは以下のリンクをご覧ください)
受賞作の速報はnoteやTwitterでお伝えするほか、星々マガジンをフォローしていただくと更新のお知らせが通知されます。
優秀作(入選〜予選通過の全作品)は雑誌「星々」(年2回発行)に掲載されます。
また、年間グランプリ受賞者は「星々の新人」としてデビューし、以降、雑誌「星々」に作品が掲載されます。
応募作(7月23日〜28日)
サイトからの投稿
7月28日
風香凛
「自然がつくりあげたものこそが美しい」
壁に記された文章に目が留まった。友人と訪れた廃校を利用した水族館。こじんまりとしているが中に入ると小さな魚たちが生き生きと泳いでいた。高く高く上へ。水面に向かって加速する。「良いね。癒される。」目の前の情景に建築家ガウディの文章を重ねた。
193
母の口癖は「買うのは高いから」で靴下の裏が滋賀県だとしたら琵琶湖くらいの穴が空いた物を繕って重ね履きしている。でも繕う時も金なり。見かねて「掃除に使ってから捨てたら?」と言うと「次履いたらね」…そういえば祖母に「運転免許返納したら?」と助言したら「次の更新にはね」と返され早数年…
友川創希
「ずっとあなたのことは子供だと思っていた。ずっと私の近くにいるものばかりだと思っていた。でも、あなたにはお嫁さんができた。お母さんがいなくても高い壁も登れるようになったのね」家を出ようとする僕に対し、お母さんはそう言いながら泣いていた。僕はそんな姿を見て一度だけ抱きしめた。
いち子聡
飼い猫は元気がなく、テーブルに飛び乗るのに失敗。しかし二回連続の失敗後、尻尾を慎重にくねくねさせてからの渾身のジャンプ。今までにない高く、綺麗なジャンプだ。堂々とした着地にどや顔で上目遣い。私の手に頭をスリスリしてきた。私は涙を堪えて頭を撫でる。それが老猫最後のジャンプだった。
紙谷 武志
空が高くなってきた。
風に重みがなくなり、
原色に彩られた風景にも、陰りが見えてきた。
「どうしたの?」
「いや、何でもない」
互いの心も色あせて、すれ違う。
夏の熱波も冷めていく。
「じゃあね」
「うん」
9月になれば、それぞれの場所に帰る。
見慣れた景色の待つ場所へ。
瑞波草
言えなかった。シーザーサラダが1800円って、ちょっと高いんじゃないかな,、なんて言えなかった。ツナサラダにしようって言いたかった。みんな平気な顔で澄ましていたけど、集まる度に胃が痛むのは私だけなのか。私は世の中で上手くやっていますよと見栄を張っている訳では無いのだろうか。
天ケ瀬琥珀美一
喜んで? やったー
怒って? こらー
悲しんで? ふえぇ
楽しんで? エラー発生
制御不能になったヒト型ロボットは煙を放出しながら回転。フィギュアスケート選手のような滑らかな滑走で部屋のフロアを右往左往。
「失敗か」
刹那、ロボットは天井高く跳躍し笑顔を向け散った。
天ケ瀬琥珀美一
低次元から高次元に飛ぶ瞬間はふわふわな浮遊感覚と突き落とされる感覚が常で、上場な気分と不安定な気分が綯交ぜになり第三者視点で物語が始まる。知らない誰かはどこかで目にした人物だというが日野菜々花は思い出せずに夢から醒めた。酸素濃度に星の煌めき、宇宙漂流者菜々花を未踏の地へ誘う――
天ケ瀬琥珀美一
高らかに、朗らかに、柔らかく、君の声音は私の活力でした。君との思い出は忘れないよ? これからもずっと――
「これでお喋りはおしまい、安らかにね」
目蓋を開くことのない君の顔、青白くも輝いていて美しい。
(この先もずっと愛しているよ)
私の思いは燃えて灰にはならない、永久に。
香魚
天気予報の地図は今日も赤く染まっていた。高温に耐えかね倒れた人たちを、巨大なフォークが連れ去っていく。我が物顔で闊歩した人間が被食者となり、さぞ滑稽なことだろうと苦々しく捕食者を見上げ、絶句する。嘲笑も蔑みもない。ただ慈愛に満ちた表情を浮かべ、太陽はフォークを口に運んでいた。
相浦准一
日付が変わろうとしている。高層ビルから大都会を見下ろすと、無数の光が競うように主張してきた。俺は何のために働いているんだろう。金のためか、名誉のためか、自分自身の成長のためか。見上げた空には夏の月が輝く。「一人でも多くの人を幸せにしたいです」あの頃の青臭いセリフが甦った。
相浦准一
本能に従って登っていたら、ふと下を見てゾッとした。高所恐怖症であることを忘れていた。皆、足が震えて動けない。もう駄目かと思ったそのとき、この逆境が我々に不思議な力をもたらした。突然肩から羽が生えてきたのだ。もう高所は怖くない。皆が歓喜の雄叫びを上げた。「ミーンミンミンミーン」
逆盥水尾
罅が入るほど熱くなったビーカーが次第に冷めて、もうもうと立ち込める煙の中から何かが姿を現そうとしている。固唾を飲んで見守る少女は、昔聞いた話を思い出す。位の高い天使ほど人間とはかけ離れた姿をしているとか。例えば光る真珠のような、例えばハシバミの実のような、そんな天使もいるかしら?
7月27日
ジャスミンティー
僕は小高い丘の上の洋館に住む彼女に恋をした。彼女に相応しい男になれるよう懸命に努力し、学問の最高峰、東大に入り大企業に就職した。彼女は僕を受け入れてくれた。でも、幸せな時は続かなかった。周囲が許さなかった。家柄という高いハードルを乗り越えられなかった僕らの恋は儚く消えてしまった。
ジャスミンティー
私は高学歴の女。だから異性から敬遠される。加えて175cmの高身長だからますます不利だ。さらに私は当然高収入。それって恋愛や結婚には不利な条件になるのよね。一度素性を隠して婚活パーティーに出てみたの。でもさっぱりもてなかったのは、どうにも隠しようがない高身長のせいだったと思うの。
ジャスミンティー
パパは背が高かった。私を喜ばせようと高い高いをしすぎて泣かせたこともあった。優しくて強くて私をかわいがってくれたパパ。これは全部ママから聞いた話。私が三歳の夏、パパは遠い世界へ行ってしまった。私がいつも背の高い人を好きになるのは、パパの面影を追っているからなのかもしれない。
きのした きょう
ひたひたと裸足の指を浸す波に、彼方への憧れが海原を駆けた。波の行き先を知ってなお人は空に焦がれ、白波を散らしたふねはいつしか宇宙を漂い静寂の最果てを求める。星があれほど高くに輝くのは、人を旅へと誘うためだろう。瞼の裏に煌めく星々が、その先へ、何処までも遠くへと囁き続けるのだから。
桐田聡史
色合いは重要だよ、氷に注いだソーダみたいな淡い海色で、そう、角度も大事、斜め前から笑顔が引き立つように笑顔、そうだよ笑顔はあなたとあなたを見る人を幸せにするから、もちろん優しさは大事さ、優しさは鏡だから、返ってくるから、高さ、高さはいらないんだ、あなたが見えなくなってしまうから。
こし・いたお
真夜中のオフィスで残業していた私。睡魔と闘いながら書類を整理していた。明日も仕事、でもストーカー被害に遭っている私はここで寝ることにした。「お疲れ様です」巡回にきた顔見知りの警備員が高輝度LEDライトで私を照らした。安堵した私の脳裏をよぎる疑問。「この人、先月退職したはずでは?」
こし・いたお
買い取り専門店にやってきた私。ここは悪魔が寿命を高額で買い取ってくれる店。無論、訪れるのは訳ありばかり。学生時代に母が自殺し、今はギャンブル依存症の父と二人暮らし。困窮していた。「母親が命と引き換えに手にした金をギャンブルで使い切った屑の娘だな」悪魔はそう言い私にナイフを渡した。
こし・いたお
私は辛かった闘病生活を乗り越え、退院にこぎつけた。連休初日の早朝、私は釣り鐘型の帽子を被り、肩からメッセンジャーバッグを斜め掛けした。ミニベロに乗って旅に出るのだ。天気予報は快晴。可愛いレインポンチョの出番がないのは少しだけ寂しい。「高野さん」私は看護師の声で現実に引き戻された。
るんるん丸
何だか全ては終わっていて、終わっているような気にさせられて、その実まだ何も始まっていないような気もして。どうしよう、僕。どうしようもない。明日から試験なのに全然勉強していない。けど、ノー勉という訳にもいかない。本当にマズいことになるから。そう思うのだった、この高田は。やらねば。
るんるん丸
何だか全ては終わっていて、終わっているような気にさせられて、その実まだ何も始まっていないような気もして。どうしよう、俺。期限までに会議資料なんてとても無理。終わっている。でも、いいや。どうせ完成したところでピンボケ指示のゴミ資料。明日お休みいただきます。高らかな宣言が響きわたる。
るんるん丸
何だか全ては終わっていて、終わっているような気にさせられて、その実まだ何も始まっていないような気もして。どうしよう、私。「どうしよう、私」と嘆いたところで、どうしようもない。お肉売り場のタイムセールは終わった。けれど、野菜売り場はまだだ。高くないよ、大根。店員の福音がそっと舞う。
北乃大地
お母さん、暑いからかき氷食べたい。僕がそう言うと、母はにこっと微笑んで冷蔵庫から大きな氷をとり出し、かき氷機にセットした。今日は最高峰のかき氷を作るためにかき氷機を高いところに設置した。ハンドルをグルグル回す。下のお皿に氷がどんどん降り積もっていく。氷の山よ、高く高く聳え立て。
青井優空
高らかに笑った女は最近流行りの、いわゆる悪役令嬢のようだった。怒ればいいのに。恋人の目前でキスをした馬鹿な二人に怒鳴ればいいのに、なんで笑ってるんだよ、と関係のない俺がイラついてしまうくらいに女は悪役令嬢みたく笑っていた。瞳に溜まった涙を馬鹿な男に気付かせてやればいいのに。
秋透 清太
相手のサーブに会場中が注目している。念願の切符まであと一点。身長があれば。そう思っていた。高校でやっと身長を抜かしたのに、俺はテレビの前にいて、お前はひとり違う色のユニフォームを着てコートに立っている。破裂音。歓声。ボールは弧を描きセッターへ吸い込まれていく。握った掌が痛かった。
はるせ
あの橋から落ちたら死んじゃうよと、隣の家の彼女はいつもそう言っていたが、中学三年になり橋の下を覗けば、大した高さはなく、悪くて骨折するくらいだろう。実際落ち「嘘つき」と彼女を罵ってやりたくなり、身を乗り出してみたが、彼女の下の名前も知らなかった事実に、僕はひっそり泣いたのだった。
いなばなるみ
低いところから高いところにいる君を見ていた。不意に見えない部分が気になって夜も眠れず足場を積み上げて高い所にいる君よりもっと高いところへ行った。頭頂部が見えて満足したら今度は足の裏が気になった。低いところにいたのに足の裏は見たことがなかった。気になって夜も眠れなくなった。
きのした きょう
死者は土に還る、生物の腐敗と循環は知識として身に付いているのに、視線は足元ではなく遠くを漂う。弔いの煙が目に焼き付いたせいだろうか。あの雲の白いこと。墓石を前に滲む汗を知覚して、ふと目を閉じた。あなたもきっと遠い昔、蝉時雨の中に手を合わせた。蝉の声は変わらず空高く昇ってゆく。
7月26日
まつかほ
「ねぇ。人魚にならない?」
幼い私の頭に鍋の底の焦げみたいに張りついた貴女の質問。答えられなかった。私は泳げなかったから。カナヅチの人魚なんて格好悪い。貴女の手には小さな真珠。
「人魚になりたくなったら、これを海に向かって高く投げてね」
大人になった私はあの時の真珠を握っている。
まつかほ
月の歌声が聞こえる。それは高く美しい音で、しかしいつもどこか寂しげです。とうとうたまらなくなって、窓に映る自分に言いました。
「なんでそんなに寂しいのかしら」
それは私の独り言。月の歌声に導かれているだけ。眠ればなんてことなく明日が太陽を連れて来る。月は誰かの代わりに歌うだけ。
まつかほ
自分よりも高い場所にある星。ぐっと顔を上げて、ぐっと踵を上げてみても、自分の居る場所の低さに絶望する。あぁ、早くそっちへ行きたい。いや待てよ。宇宙に高いも低いもあったか。ここに立っているのはなぜだ。やがて空は白んでゆき、私の目の前にダイヤモンド富士が現れた。鼓動が高く鳴り響く。
若林明良
たいがいの詩集は売れないから高い。加えてページ数に比して文字が少ない。コスパを重視する人々には手に取ってもらえない部類の本だろう。文字の四方にひろがる空白から流れてくる側溝の虹のにおい。アオザイと骨の音楽、桔梗が孕む暗黒。永遠に糸を巻く彌生子。竈馬が空白から頭を出し、ひっこんだ。
ゆうこ
高層ビルの谷間、人混みに埋もれて歩く。孤独を感じる瞬間、空の高みから一枚の葉が舞い落ちる。手のひらで受け止めると、隣の人も同じように葉を掴んでいた。目が合い、思わず笑みがこぼれる。都会の喧騒の中で、小さな奇跡が二人を繋いだ。
若林明良
高飛車な女だった。皆は美人と言うがどこがだ。それが、俺が嫌ってるのを察知してる癖になぜか擦りよってくる。適当にあしらいつつ二十年が過ぎた。逝く前日、癌に侵された身体で食器台から蛇口まで華麗にジャンプしてみせた。元気だった頃のように。そうして俺に振り返り、フフンどうよと言ったのだ。
ゆうこ
高いところに置いたはずのマジック。目を離した隙に、壁中お絵かき天国。叱る気持ちと笑いがこみ上げる。「じょうず!」と言うと、満面の笑顔。この無邪気さを守りたい。拭き取る手を止め、スマホで撮影。成長の証を残す。いつか一緒に笑い合える日を思いながら。
ゆうこ
雲高く舞う鳥を見上げる。自由への憧れが胸を締め付ける。高層ビルの谷間で立ち尽くす私。ふと隣を見れば、同じように空を見つめる人。目が合い、微笑む。この街で、新たな翼を見つけた気がした。
松本俊彦
「荷物は高い棚に乗せたらどうですか」「うるせえなあ。他にも通路に置いてるやつがいるだろうが」「他にしている人がいたら、あなたもしていいのですか」「当たり前だろう」「では、この中の誰かが誰かを殴ったら、私もあなたを殴っていいということですね」乗客たちは、みんな少し考える顔になった。
秋葉 英二
僕の彼女のユウカは、男である僕よりも背が高い。正直、自分の方が
小さい事に恥ずかしさが無いわけではない。――けれども。
待ち合わせ場所にて。人混みにいてもユウカは見つけやすい。彼女は
まだ僕を探して――目が合った。彼女が微笑む。その顔が、恥ずかし
さをどこかへ追いやるのだ。
7月25日
六井象
コンビニで耳を買った私に、「温めますか?」と訊いてきた高校生のバイトの耳は、赤く、温かそうだった。
六井象
あら、今月は水道代が高いわ。 あの女を沈めたせいね。
六井象
ぼくには高くて届かない冷蔵庫の冷凍室の扉を開け、中を覗いたお父さんが、「やっぱりママは可愛いなぁ」とつぶやいた。ぼくも、早く大きくなって、また、お母さんを見たい。
紅林紅羽
数えると二十体のさるぼぼがあった。さるぼぼというのは飛騨高山の民芸品で、のっぺらぼうの赤い人形。余程好きなのだと思われるけど全く違う。全部兄の旅土産なのだ。保守的で固執しやすい兄に笑ってしまう。そんなにいいのかな、高山。いつか旅してさるぼぼ以外の何かを土産にしてやるんだ。
紅林紅羽
電車が走る高架下の商店街の総菜屋であたしは看板娘と呼ばれている。正確には二割方がそう呼んで、その他大勢は看板猫と言った。人間という生き物は都合のいいもので、野良から飼い猫になった途端に馴れ馴れしくなる。猫だから高飛車な態度でいたいんだけど、看板猫らしく喉を鳴らすのも悪くない日々。
紅林紅羽
「夏の太平洋高気圧の張り出しが徐々に強まってきています。今週末にはいよいよ梅雨明けというところもありそうです」
いよいよという言葉に私は弱い。弱いから鳥肌が立つ。動悸がする。そわそわ落ち着かなくなる。弱いんじゃなくて本当は嬉しいのだ。高ぶって奇妙なことを口走りませんように。
椋本かなえ
恋人と発掘をした。高そうな金の卵が出る。所有権で揉めた。成果を前に気高く美しくなどいられない。あわや掴み合いか、その時、金の鳥が孵った。瞬く間に高みへ飛び去る。純金の羽が二枚残り、叱られた気がしてお互い猛烈に恥ずかしくなった。今度は高潔を装い羽を譲り合う。決着はまだつかない。
ケムニマキコ
"瞼を閉じろ。口を開くな。"空っぽで満たされた心は、追いやられて宙を舞う。高く昇れば、世界は遠ざかるだろう。あの町の瓦礫。赤。子らの虚ろな目。全部なかったかのような青を、美しい星を見るだろう。私は黙らない。目も閉じない。飛んでゆきそうな心を、必死に繋ぎ止める。忘れるな。忘れるな。
Cyano
「高度6000mに到達。いつでもいけるます。」
飛び降りるが雲で下は見えない。振り返ると夜空には輝く星々。それもすぐに見えなくなる。空を切り、雲を抜ける。現れた光の粒はさっきより鈍く輝く。
「ブルジョワ共に鉄槌を。」
「ああ、奴らに革命の浪漫を教えてやる。」
りょう
鬼灯がその実を朱色に染める頃、高みの世から彼方者が還ってくると言う。
会いたいとどれほど願っても二度と会うことはできはしないのに。
この世に降りたら黙ってまた行ってしまうくせに。
それでも盂蘭盆には目印の鬼灯を飾ってあなたを待っている。
7月24日
すすきの柚鈴
県外の大学に行ったあの子。放課後教室で机を並べて勉強し、将来を語り合った高校時代の思い出。彼女とは大人になっても親友でいられると、信じて疑わなかった。私と彼女の見ている景色は少しずつ、遠のいていく。彼女とのトーク履歴を確認して、十六夜の月を見上げる。今年の夏は、彼女に会わない。
もりを
普段は髪の毛で隠れて見えないけれど、私の頭には傷跡がある。赤ちゃんの頃、父が『高い高い』をしていて鴨居にぶつけたらしい。「女の子に傷が残ったらどうしよう」父がすごく動揺していたと母から何度も聞かされた。私は父の顔を覚えてはいない。父の記憶はないが、会いたいときには傷跡を押さえる。
もりを
観覧車の一番高い部分へ差し掛かると遠くにグランドキャニオンが見えた。夕日に染まった岩肌が赤く輝いて美しい。次は何を見ようか。オーロラもいいな、富士山も見てみたい。荒廃した地上に住めなくなった人類が地下都市へ移住して数世紀。バーチャル観覧車で昔の地球の景色を楽しむのが唯一の娯楽だ。
もりを
夏祭りが近づくと、至る所で太鼓の練習が始まる。高らかに鳴り響く太鼓の音が、生死を問わずに引き寄せる。お盆にはまだ日が遠いのに、彼の地から浮足立ってやってくる者たちがいる。懐かしい顔を見つけても声をかけてはいけないよ。声をかけられた者は、即座に彼の地へ戻らなくてはいけないからね。
時南 坊
水中ライトが故障した。吐き出したエアが船底にとどまっていたはず。巨大なタンカーの底が壁になり、地上の光を遮断している。エア残量も進む方向もわからない。スー…ブクブク…高さも深さも恐怖だ。違いは静かに静かに底へと引き込まれていくことだ スー...ブク...スー...
千葉やちよ
もしもし元気? 本当に久しぶり! 私はこの町で楽しくやってるよ。高田先生やゆきちゃんもいるの。懐かしいでしょ。でもごめん、急にいなくなっちゃったからびっくりしたよね。泣いてくれてありがとう。私あの時そばにいたんだよ。朝が来るからもう切るね。寂しくなったらまた電話して。おやすみ。
7月23日
黒江鳴
友達数人と高架下のトンネルを自転車で駆け抜ける。暗くて少しじめっとした構内。子供一人じゃ怖くて入り辛い場所。学校、宿題、親、あらゆるしがらみを振り解いてペダルを漕ぐ。抜けてしまえば皆散り散りだ。大人になった今、地元にあのトンネルはもうない。光の待つ出口にふと焦がれる。
Xからの投稿
7月28日
石森みさお【2023年度年間グランプリ受賞者】
私が死んだら絶える我が家の風習。茶殻をまいて畳を掃くこと。衣替えの服を虫干しすること。皿の高台で包丁を研ぐこと。母から教わって、何となくそうしてきた。伝える人がいないので、ここで絶える。真っ当に暮らすこと。優しくすること。誰も見ていない私の生活。生きた痕跡。夕暮れの風、覚えてて。
空見しお
黄昏にひとりぼっちの日は、人差し指を高く掲げて呪文を唱える。「鬼ごっこする人、この指とーまれ」。集まってくる影は、子どもの形をしていたり、していなかったりする。「じゃあ、君が鬼ね」。選んだ影が僕に向かってうねるのを、かいくぐって笑う。僕の影は、もう、子どもの形をしていない。
伊古野わらび
最初は近くで話ができたんだ。それがどんどん背が高くなっちゃって、俺の声が届かないくらい高くなっちゃって「寂しいな」と思ったせいなのか。いつからか頭を下げ出してくれて、また話ができると喜んでいたのに今日枯れてしまった。ごめん、ごめんよ、ひまわり。蟻の我儘なんて無視してよかったのに。
右近金魚
波打ち際から見る海は、いつも陸より高くに見える。海なんて所詮水溜りだし、陸より高くにある訳ないのに。溢れもせず涼しい顔でクラゲや蝶々魚、鯨まで抱えてる。ねぇ私の夏、返して。スケッチ帳を攫った波を睨む。海がきらきら笑うから苛々する。筆を取り出し水平線をなぞる。この光を描いてやる。
佐倉侑
灼熱から逃げ込んだ高架橋の下。コンビニで買ったアイスは袋から出した先から溶けていき、何処からともなく蟻が群がる。「お前のせいだぞ」と笑うこいつの下にも続く行列。「お前もだろ」と軽く小突くと、残りひと口がボタリと落ちた。「あっちーな」と笑い合う、ただそれだけだった頃の、夏の眩しさ。
月町さおり
この暑いのに屋外の施設へ何で来るかな。転ぶくせに走り回って。甲高い笑い声を上げやがって。こっちは立ち仕事で極上の接客を求められるのにそんな気も知らないで。手を振ると、初めはおずおずと振り返していたのに。終いには笑顔全開で手ぶん回して。はぁ、疲れるなぁ。また来いよ、がきんちょども。
如月恵
観覧車のゴンドラが昇るにつれ港町の洒落た建物が下になっていく。海が見えるかもと向かいではしゃぐ人は、団体旅行中たまたま観覧車に二人で乗った同性の知り合いだった。風の噂で肺癌手術後退院した日に急変し亡くなったと聞いた。大車輪の頂上より高く昇ってしまった友よ、海は見えたかい。
佐倉侑
人間には登れそうにない崖を彼はひょいひょいと軽々登っていき、高台へ着くと高らかに幾度か遠吠えをした。彼の後ろで輝く満月が酷く魅惑的で、どこか、違う世界へ迷い込んでしまったのかと惑うほど。遠吠えを終えこちらを見下ろした彼は、「ようこそ」と終焉のお告げを楽しむように、笑った気がした。
高遠ちどり
よう、清水。顔変わってないね――高見沢。高校以来か、同窓会を楽しむには物騒な世の中になったな。「高狩り」だっけ、名前から「高」を盗むとか変な泥棒だよね。防犯で改名が流行らしいぜ。それがいい、僕も盗まれたとき戸籍とか大変だったし……ところでさ、お前って、いつから高見沢なんだっけ。
高遠ちどり
部活も恋も失い、空虚感のまま訪れた祖父の家で古い畳に寝そべる。耳障りな蝉の声を清涼な風鈴が和らげた。その甲高い音は騒がしい教室に響く彼女の声を、揺れる短冊は艶のある黒髪を彷彿とさせる。
少しして遠くの夕立で我に返ると寝返った先の赤本が、ひと夏の思い出を押し流した。
たつきち
誰かが囁いた。そこから飛び降りてみろよ。助からない高さじゃない。確かにそうだと頷いた。声は囁く。ただ着地を失敗すると、足を挫くなり、骨を折るなりする高さだがね。どうする?飛ぶかい?それともそこに居続けるかい?足場は悪い。いつ落ちるかわからない。落ちると飛ぶは全然違うと僕は思った。
7月27日
kota
あの夏を忘れたことはない。誰もが「お国のため」を声高に叫び、そんな世情に追い立てられるように、仲間達は知覧から飛び立った。
車椅子に座ったまま慰霊碑に手を合わせる。合掌を解き顔を上げた。空だけは、いつの時代も変わらず、ただ青く澄んでいる。私ももうすぐそこに行くよ。心の中で呟いた。
kota
夏の甲子園を県予選で敗れ、暇を持て余していたら。かつての女房役が、突拍子もないことを言い出した。
「文化祭でシンクロやらねーか?」
今はアーティスティックスイミングと言うんだっけ?これまで応援してくれた町の人達に恩返しがしたいのだと。
俺達の高校最後の夏は、もうしばらく続きそうだ。
kota
スタジアムに手拍子が響く。助走をつけ、失くしたはずの右足で思いきり踏み込む。背を反り見上げた空は、吸い込まれそうな青――。
全てが灰色に見えていた僕を、義足とパラスポーツが救ってくれた。超えたくても越えられなかった病院の屋上のフェンスと同じ高さのバーを、今なら軽々と飛び越えられる。
佐倉侑
もっと高く、もっと。全神経を一点に集め、一つ息を吐くと同時に駆け出した。一番高く跳べる点で踏み切り、背中から宙へ跳ぶ。世界から音が消えて、青く澄んだ空と私だけ。この一瞬が、私の全て。バーを越え、運命が決まる。僅かでも掠めれば終わってしまう。触れないで。もう一度、あの空へ跳ばせて。
りんご
頬を伝う汗は冷たい麦茶の入ったグラスを滑る水滴のよう。巾着に絡まる白い指はシルク触るのが似合いそう。去年と同じ簪が、俺の13㎝下で音を立てる。少し開けられた襟元に何度しゃがみ込みたくなっただろう。歯形のある真っ赤なりんご飴に眩暈がする。君はすぐ隣にいるのに、高すぎて届きもしない。
炎部紅蓮
夏の思い出はいかがですか?夏祭り、花火大会、海に山に遊び倒した青春を過ごし損ねた、そんなあなたにオススメしています!
『でもお高いんでしょう?』って?
いえいえ、今ならあの日渡し損ねたオモチャの指輪もお付けして…あなたの人生の半分ポッキリ!
──さぁ、今から僕と一緒に遊びませんか?
炎部紅蓮
高校2年の夏は一度しかない──と言ったのは誰だったか。
「私は2回目だけどねえ」
留年した元先輩が笑い飛ばす。
「二度と来ないとかつまらない。青春なんかなんぼあってもいいからね」
彼女に言われるとその気になってしまうから困る。学校から家から鬼のようにかかってくるスマホを海に投げ捨てて。
炎部紅蓮
5年かけて組み立てた人力飛行機がようやく完成した。太陽の南中とともにペダルを漕ぎ、崖から地上を振り切る。
飛べ、飛べ、飛べ。
移動性高気圧を掴め。
遠く、遠く、遠く。
熱帯低気圧を背負って。
高く、高く、高く。
積乱雲の向こうへ消えていった彼女のもとへ。
忌々しい海面が僕を捕まえる前に。
ぷるつきい
小さい頃、近所の幼馴染とよく遊んでいた。夏には毎日小高い丘に登り一緒に星を見た。毎回星に手を伸ばし「欲しいなあ、届かないかなあ」と呟くのが彼女の癖だった。彼女とは今でも一緒に遊ぶ。最近は「欲しいなあ。」と言いながら星のように開いた手と指輪を見比べ、私の顔をチラ見するのが癖らしい。
しろくま
おや、赤ん坊が泣いている。かわいそうに。母親は一体何をしているんだ。おお、よしよし。おじさんと遊ぼうか。高い高いをしてあげようね。気に入ったかい?そうか、そうか。もっと高く上げてあげようね。そうれ。うぅ…眩しい…。もうすっかり夏だね、太陽が真上にある。あれ、赤ん坊は。……ぐしゃり
天野 周
深く物事を考えない彼の顔はいつもからっと晴れている。世間から好かれる彼の傍にいる時ほど、私への風当たりは強い。君も泣いてばかりいないでと彼は言うが、泣くことだって優しさだ。本当は知っている。誰もいない高みでは彼のほうが風当たりが強いことを。だから今日も私は彼のために涙を降らせる。
冨原睦菜
「高温多湿」という言葉は、学校で地理の授業中に教わった。遠い遠い海の向こうの国のことで、自分とは無縁だった日々が嘘のよう。現実になった今、いつしか家庭菜園は、パイナップルやパッションフルーツ、パパイヤ…南国の果物が実る。新盆を迎える祖母がそれをお供えにしてくれと夢枕に立ち微笑む。
7月26日
八木寅
(高身長、低血圧)と、人物設定を書いたら、その彼が飛び出てきた。すぐに血が上る性格は想像通り。
「おい、俺の設定変だぞ」
「どうしても『高』という漢字がその字らしく上にいたいらしくて」
「横書きにしたらどうなんだ」
(低身長、高血圧)
彼は納得して消えた。私らしい小説になるだろう。
かまどうま
ヒョヒョヒョヒョ……鳥のような高い鳴き声。
身体は金縛りで動けない。顔の半分溶けた上司が、
ネチネチと僕のミスを責めてくる。
叫んで目が覚めた。
なぜか扇風機が倒れている。電源を入れなおすとまた回りだした。さっきまでの、あの鳴き声をたてて。
鈴木林
高いヒールが側溝のフタの穴にはさまっていて動けないのに会話は続いている。資産運用の話は尽きない。私は投資についてアドバイスをしながら、相手にバレないように足に力をこめて抜こうとする。そうして十年が過ぎた。ふくらはぎは十分に鍛え上げられた。相手はうまくいったようで私に感謝を述べる。
鈴木林
初夏末期のぶあつい高気圧の布団に追いやられた雨あしのペディキュアのにおいが生生しく部屋に残っていて嫌。まいたリセッシュの水分が湿度を上げるので頭痛がする。蚊取り線香のほうがいいよと友達が投げてよこしたうずまきを豚にセットした。煙がにおいをずっと昔のものにする。蚊の元気がなくなる。
ちょんまげネコ
「烏って喋るんだ」
「他の鳥と一緒にするな! 我は気高き神の使い八咫烏であるぞ! 」
空から颯爽と現れた三本脚の烏は、胸を張りカァと鳴いた。
「さぁ、我に付いてくるのです。天つ神の御子よ」
「急に仕切り始めた…」
若干納得はいかないが烏の後を追う。彼が初代天皇になるのはもう少し先の話。
チアントレン
値札だけ見て高いって言ってんじゃないのよ。冬にしか咲かない花、星の裏側にしかいない魚、世界指折りの工芸士のサイン。こんなにもてなされる筋合いはないって言ってんの。分かる、負債をおっ被せられそうになってんのよアンタ。残りの人生この胡散臭い糸目に売り払う気? その気で来た? そう……
チアントレン
君のうっかりとは言え彼が被ったのは高々一週間の忍耐で、食料も十分にあるし空調だって設定も変えず点け放しだった。野良上がりが生き方を知らないわけもなく、平常時の気儘さには孤独に潰される予感など一切なかった。あの動物については僕の方が詳しい。大丈夫だよ、君の消える船で帰ってみなさい。
7月25日
葵
今日は、爺ちゃんの盆休みだ。高圧的な態度が災いして、身内では煙たがられていた。
男は外、女は内。女である私も、就職するなと散々怒鳴られた。それでも、爺ちゃんがいる仏壇の前で手を合わす。楽しかった思い出が次々と、蘇ってきた。
爺ちゃん……。呼んでも、怒鳴り声が返ってくる事はなかった。
おおとのごもり猫之介
夕方には竹馬をかなり高くして操れるようになった。西日が創る影絵劇では棒の先端で僕が操られている。父の手をひいて歩いて来た弟は立ち止まり、羨ましげな顔で僕を見上げた。父は弟を肩車に乗せて少しふらつき「重くなった」と言った。怪物の影法師に弟と僕は父の頭ごしに顔を合わせてケラケラ笑う。
おおとのごもり猫之介
「私のスイーツを勝手に食べたでしょ」姉妹喧嘩を夫は高みの見物で愉しんでいる。聞き耳をたて、笑いを堪える背中が小刻みに震えた。娘たちに相手にされず寂しいのだ。私は知っていた。食べたのは夫だ。まるで子供だが許してやろう。娘たちが使っている電子マネーは無断で夫の口座に紐付けされている。
おおとのごもり猫之介
約束した時間に目の前に現れたのは南瓜の馬車ではなくピカピカに輝く高級車だった。助手席のドアを開けてくれた彼の笑顔はいつも通りの無垢だったが信用できなくなった。魔法が解けてしまった。或いは蛙化現象。何か悪い事でもしない限り買える筈のない車だ。少女の頃から硝子の靴に違和感を感じてた。
7月24日
綺芽羅フシギ
私は髙嶺の花だった。その辺の男には敷居が髙いのか、寄って来るのはいわゆる3K。髙身長、髙学歴、髙収入。髙飛車に育ってしまった私は誰とも長続きしなかった。そんな私もとうとうマッチングアプリに頼る羽目に。お相手は私と同じ苗字の「高橋さん」らしい。この人は私の人生変えてくれるのかしらね。
ちょんまげネコ
嗚呼、水面があんなに高くに。
海は私をもっと深く沈めようと強い力で引っ張っていく。最後に見た夫、日本武尊の泣き顔を思い出して泣こうとするも、涙が出ているのかすら分からなかった。
さよなら、ありがとう。愛しい人よ。
髪から櫛を引き抜き、上へ投げる。
あの人の元に届けばいいな、なんて
UFO
「あー、俺そろそろ帰んなきゃだわ」
付き合って十五年にもなると、別れ際もドライになる。私は、何も言わず静かに立ち上がり、「またいつでも逢いに来てね」と軽く言った。高校の時の色褪せた制服のまま、彼は、当時と変わらない笑顔を私に向け、そのまま夏空へと溶けていった。
次は、また来年かな。
UFO
花火大会は、昼の二時半スタートに変更となった。粋な計らいだ、と誰もが感心した。浴衣姿の見物客が、快晴の川辺に集まる。そして、花火が打ち上がる時間。ドン! と空気を揺らす音と共に、きらめく光が高く舞う。その輝きはナイアガラとなって、太陽と月が織り成すリングの真ん中から降り注いだ。
UFO
高所恐怖症のツバメは、ペンギンの夢を見るだろうか。
視界を阻む雲の中は、ツバメにとって、地面との解離を忘れさせてくれる空間だ。青く澄みわたった世界を自由に飛び回るペンギンは、しかし、硬すぎる雲の中を通り抜けられない。
滑空と遊泳。どっち付かずの境界面で、トビウオはふと思いを馳せる。
7月23日
ちょんまげネコ
歌えや踊れ、薄闇の中で。周りは手を叩き、酔いの勢いで私に声援を送る。
やがて、目の前の大きな岩がズズッと動いた。
まだだ。天鈿女命よ、もっと高く舞え!高天原に声が届く様に!
「おお、天照様のおでましだ!」
同時に太陽が姿を見せた。ずっと待ち望んでいたその光に私は思わず手を伸ばした。
凄音キミ
「私たちは戦うために生まれてきたの」
少女の言葉が耳に刺さる。
「高校に行って、授業を受けて、友達と喋って、それで、放課後には寄り道をして。そんな平凡な幸せすらも享受できずに散っていく。……ならせめて、“最後”くらいは自分の意思で選びたい。そんなわがままくらい、許してくれるよね?」
凄音キミ
「来い。あたしが全部道連れにしてやる!」
加速した勢いそのままに、機体を大きく傾ける。限界ギリギリの垂直上昇。迫り来る外敵。
「バカどもがのこのことついてきやがって」
……まだだ。もっと、もっと高く。あいつが帰ってくる場所を護るって約束したんだ。雲も天蓋も突き抜けてその先へ――
凄音キミ
偶然二人一緒に歩く帰り道。少し背の高い君に合わせた歩幅で、いつもよりも早足になる。少しでも同じ時を過ごしたくて、理由を見つけて回り道。君は同じ気持ちじゃないのかな。
別れ道。「さよなら」が言えなくて、言いたくなくて。「また明日ね」って強がった。君は少し、微笑んだような気がした。
橘 静樹
もしも深夜に外を歩いていて、「たかいたかーい」って声が聞こえたら、木でも電柱でもフェンスでも、何でも良いからしがみ付くんだよ。その声は、死神の声だから。何かを掴んでおかないと、空高く体を放り上げられて、そのまま地面に叩きつけられるからね。忘れちゃダメだよ。たかい、代償になるから。
空見しお
子どものころ捕まえた六等星をいまも飼っている。星の成長はひどくゆっくりで、ようやく五等星になったばかりの星にかざすわたしの手は、ひどくしなびている。『この子が一等星になったら、町で一番高いジャングルジムにのぼって、空に還そう』。いつか願った夢のために、細々と生きる。
笹 慎
超新星爆発。
じいちゃんと夜の散歩。月光に照らされた畦道を手を繋いで歩く。石蹴り、虫の知らせ、田んぼの向こう側。隣家の屋根から白く光る球が現れ、空高く打ち上がり爆ぜた。
ひゅるるる〜。ドンッ!パッパッ!
花火みたいで僕は手を叩いて喜ぶ。
帰宅後、じいちゃんは渋い顔で黒い服を準備した。
もちょき
風のない朝、窓辺に吊るした風鈴が気さくに話しかけてきて、わたしは恋に落ちる。「もっと下にしていい?」とわたしは訊く。いいよ、と風鈴。でもそんなに下げたら邪魔になるし僕の音チリンチリンうるさいよ、と心配そうだけど「これがいいの」と紐を結び直す。わたしの唇の高さで短冊をゆらしたいの。