走幅跳、おもしろい。

去年の話を回想する。「県総体、5m82(+1.9)で19位でした。」とメッセージが入った。それを見た瞬間、しっかり記録が残せて、やっと跳躍選手になったなあ、と感慨も一入(ひとしお)だった。本人はここで6mを跳べると信じていたので悔しいと思ったに違いないのだが。

6月4日にその中学校で中学3年生に健康づくりのための講義をしたあとに陸上部の顧問の先生に誘われてグランドに行ったことから始まった。「一人だけ、幅跳びの選手がいるんですけどちょっとみてください。跳躍練習の仕方をネットで調べてやる程度で私はわからないのです。」

その跳躍をみた時、おもしろい跳び方するなあと思った。100mを12秒1とか2で走れると聞いていたので、そのスピードを活かした跳び方をするのかと思ったら全くイメージと違っていた。全く助走にスピード感がない。跳び方は典型的な反り跳びで、跳躍自体はまとまっていた。その時点での自己ベスト記録は5月に出した5m50だという。

正直いって、陸上部顧問の先生に少しアドバイスできるところはして、生徒本人にあれこれ言うつもりはなかった。自分が15歳の時を思い返していた。いくら上手に幅跳びを教えられるという人でも、すでにシーズンに入っているときにいろいろ言われても実行する時間はない。それをわかっていたのでその生徒には、一言だけしか言わなかった。

「〇〇くん、おれがその体を借りて跳ばせてもらえば、6mを連発できるよ。」

その時、顧問の先生はたぶん信じていなかった。その選手は極度に大人しいタイプなので、無反応だった(笑)。先生はその生徒の前で質問してきた。「そんなに記録伸びますかね?どんな練習をしたらいいですか?」というのでその理由を話した。別にハッタリをかましたわけではなく、それなりの根拠はあった。

・自分が15歳の時の記録が6m05
・体格が当時の自分より大きい
・基準となる100mの持ちタイムが自分と全く同じ
・跳躍動作がまとまっていて、そこについては修正点がない

以上を伝えたら、現実味がわいたのか、表情は輝いた。

本人はそれを聞いても自分に質問してこなかった。だが顧問の先生はかなりの質問をしてきた。あたりまえだがその方法論ばかり質問してきて、その向かうべき本質から少しずれている。そこでは端的に一つだけレクチャーした。(別に意地悪をしているわけではないが、いろいろなやり方を先生に伝えても、生徒自身ががやらなければ全く意味がない。)

「圧倒的に “走幅跳” の経験が不足していますね。」

そう、全助走で跳んで着地をするということをトレーニングする回数が少なかった。経験がないから持っているものがうまく出せていない。聞くところによると、一人しかいないものだから、ほぼ短距離ブロックの練習をメインしていて、砂場には毎日向かわないらしい。跳ぶのは好きなのになぜやらないのか、自分には疑問だった。そのことを本人に聞くと、大会で跳べているからそんなに毎日練習しなくてもいいと考えていたらしい。

「じゃあ、とりあえず毎日幅跳び、跳んでみてね。」といい残してその日は帰った。

それから中越大会で5m85、通信陸上で5m87を跳んでその15歳は勝手に覚醒した。自分はメールで先生と少しやり取りするだけで、ほぼ何もしていない。先生は自分のことのように嬉しそうだった。

先日、県総体の数日前にグランドにふらっと立ち寄り、その生徒に会いに行ったが、もう顔つきが別人だった。質問する力もついて、もう50日前の彼ではなかった。踏切の感覚や、助走の合わせ方など自分独自の考えをどんどんぶつけてきたので嬉しかった。

自分が15歳のときは生意気だった。顧問の先生は信頼してたのか、部活の指導が面倒だったのか、よくわからないが一日の最後に300mのタイムトライアルを毎日やること、それ以外は全部生徒にその日やることを任せてくれていた。毎日記録を測っていたので自分がどのくらい実力があるかよくわかっていた。全助走で5m70~80cmくらい跳んでいれば大会では6mを超えられる、という基準を自分で持っていた。雨の日も風の日も砂場で練習して跳躍練習が大好きだった。(もう完全にカールルイスになり切っていた。)誰に教わるわけでもなくみんなで記録を測っていくことで自然につかんだ跳躍感覚だった。三段跳びをやれば仲間はみんな10mを余裕で跳んで、高跳びの練習という口実で、ふかふかのマット宙返りの練習をやった。宙返りができることのほうが陸上の練習より何倍も大事だった。そんな生活の中の感覚で15歳の様々な運動能力は自発的にどんどん開花し、天井なしで伸びていったのだろう。誰かに勝つ、とかではなく、自分の中でできないことはないと思っていた。

「宙返りはできるの?と聞いたら、できそうだけどやる場所がないからわかりません。」とその15歳は実直に答えた。「高校で陸上を真剣にやれば確実に7m跳べる。いやもっと背が伸びて、しっかり走れるようになり、きちんと正しく努力をしたら8mも夢じゃない。持っている感覚はすごくいいから頑張ってね。」と伝えたら破顔していた。無邪気な表情が印象的だ。

今シーズンのこの中学生は新潟県大会で19位、6mは跳べなかった。でもしっかり跳躍選手になっていた。それが結果だ。その過程を間近に見ることができて楽しかった。

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