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門を叩け、さらば開かれん

なんか、大仰(おおぎょう)なタイトルですみません。

昨日の記事に書いた、真昼の星を探した元パイロットとは、
旧帝国海軍中尉 坂井三郎氏のことです。

1992年4月、「零戦の真実」という1冊の本が講談社から出版されました。

20代の時、書店でこの本を見つけたときは驚きました。
「坂井三郎って、まだ生きてたの!」でした。

当時はまだインターネットなど普及していませんでしたから、本当に驚きました。大変失礼なことですが、てっきり故人と思い込んでいました。

坂井三郎と言えば、「大空のサムライ」。
かつての飛行機少年にとってはもう、憧れのパイロットです。
中学生の時に手に取った「大空のサムライ」は、もうボロッボロのクッタクタになるまで読みました。
当時、いつも息苦しく、孤立感を感じていた私の心は、大好きだったゼロ戦で、大空を自由に飛ぶ空想をしている間だけは幸福でした。

高校1年生のときに、年齢を18歳と詐称して、戦闘機パイロットになるために、航空自衛隊「航空学生」を受験し、学科試験と心理適性検査をパスしました。
心はもう、当時の航空自衛隊主力戦闘機「F-4EJファントム」のパイロットになったつもりでした。

でも、自衛隊の募集専門官にバレて、私の夢ははかなく消えました。
世の中、そんなに甘くありませんよね。(^^;

そんなことはさておき、坂井三郎氏の「零戦の真実」も、もうむさぼるように読みました。一字一句、流し読みせず、しっかり読みました。
少年の頃に読んだ「大空のサムライ」とは違って、「零戦の真実」には、海軍という組織の闇、不条理がまかり通っていたことが書かれていました。
皆、平等に命をかけて戦っていると思い込んでいた私には、とてもショックな内容でした。人間ってこんなにも醜いものなのか。
こんな状況で、若者は命をかけて戦ったのか。

読み終わり、どうしても納得いかないところがあり、本の巻末に「この本に関するお問い合わせは生活文化局あてにお願いします。」とあったので、出版社である講談社の生活文化局にお電話しました。質問が坂井さんに届いたらいいなぁと思いまして。

ところが、電話がこの本を担当した女性編集者に繋がり、「坂井先生はきっと、そのような質問をお喜びになるでしょうから、どうぞ直接お電話してください。もしかしたらお会いして下さるかも知れませんよ。私からもお伝えしておきます」と、東京の巣鴨のご自宅に連絡してくださいました。
私からお願いしたわけではないのです。ただ、「質問のお手紙を」と言っただけなのに。

坂井先生のご自宅の玄関で、緊張しながらチャイムを押した私を迎えて下さったのは、あの憧れの坂井三郎ご本人でした。なんとも言えない優しい笑顔でした。
戦場の地獄と、海軍での不条理にまみれてきた人間とは思えない、本当に優しい笑顔でした。
もっと鬼気迫る顔を予想していたので、拍子抜けしてしまいました。

通された応接間には、戦後、世界中の国々の元首や陸海空軍司令官などから送られた勲章や記念品、感謝状、零戦や坂井中尉の肖像画など、それはそれは素晴らしいお宝が飾られていました。
それらの箱はどれも宝石箱のように手の込んだ、一目で職人の手によるものだとわかるものでした。

坂井先生は、応接間の角の棚に零戦の模型と一緒に置かれていた、高さ20cmくらいの小さな特攻隊員のブロンズ像を指し、これに祈りを捧げるようにおっしゃいました。
ちょっと唐突に思いましたが、言われるままに、静かに手を合わせ、目を閉じて、心の中で特攻隊員に感謝するとともに、この出会いに感謝しますと祈りました。

いろいろな思いがこみ上げてきましたが、不思議なことに、静かな感謝の気持ちでいっぱいでした。

結構長い間、祈っていたと思います。

祈り終わって目を開けたら、坂井先生がじっと静かな眼差しで、私のほうを見つめていらっしゃいました。

「さ、お掛けになってください。」

この日から、坂井先生の好物のキンツバを手土産に、ご自宅に訪問し、いろいろなお話しを伺うことになりました。
「あなたは、アポなしで結構ですから、いつでもいらっしゃい。また会えるのを楽しみにしていますからね。かならず来て下さいね。」

以後、坂井三郎先生がお亡くなりになるまでの約10年間、私は季節の変わり目には必ず、巣鴨に通うことになりました。

おしまい。

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尾を振るルーカス

※オマケ
この世に数々あるルールというものには、平等はないとつくづく思う。
平等というのは、だれが考えても難しいことなんですよ。
不公平だと思うこと、不条理だと思うこと、それはたくさんありますよ。
でも、それは弱者に対しても強者に対しても同じことで、強者が有利だとは限らないし、弱者だけが不利だということもありません。

勝負というものは、相手と向き合う以前に、既に自らが勝ち負けを決めていると言っても過言ではないですよ。
我々の緒戦の数々の勝利はまさにそのことを示していた。
だからいつも自分自身に向き合うことが大切なんです。

そもそも、自分自身に向き合っていれば、本当は戦(いくさ)にはならないんです。でも、もし不幸にして戦になったら、絶対に負けてはいけません。
絶対に。

私は撃墜王などと呼ばれていますが、派手な空中戦にならないようにいつも心がけていたんです。昼間の星を見つけようとしたのはそのためです。
もし不幸にして空中戦になっても、飛行機の運動エネルギーと位置エネルギー保存の法則は、敵味方平等に働いています。

ルールではなく、自然界の法則こそが自分の最大の味方でなんです。
この法則を味方にすることこそが、自分に向き合うことの目的と言っていいと思います。私たちの「命」こそが、その法則あってのものですから。
これを言い換えると、「謙虚」ということなのです。

坂井三郎先生談

これは、ホースハーモニーの神髄とも言える部分です。
オマケと書きましたが、こちらが本論です。


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