ここが地獄の三丁目ディスコ
※縦書きリンクはこちら https://drive.google.com/open?id=1yPvW5y2RzqkTu7mm4VssFXBDNp8fJyDy
「あけっぱなしの外、かなり耳に入ってくるね!」
満面の笑みを浮かべてサワダはそう言った。
「なんて言ったの?」
俺が大声で言っても、サワダは聞えていないのか、ただ首を振って笑いながら俺の手を取り、おかしなステップを踏んだ。MPが吸い取られそうなその踊りが可愛くてたまらず、俺はすぐにサワダを抱きしめたいと思った。
フロアには大きな音と光があって、それだけでよかった。俺は目の前にサワダがいれば何もかもどうでもよくて、幸せで、ははは、とだらしない笑い声が自然と漏れた。
目を瞑っても、光が身体を突き抜けていくのがわかった。サワダが身体を仰け反らせて、頭のてっぺんから爪先まで絶頂に達するのがわかった。俺はバドワイザーの瓶を置いて、サワダの腰を掴む。光がまたたいてサワダの顔がコマ撮りアニメみたいに刻まれるが、そのどれもが笑顔で、うつくしいと思った。
サワダがまた俺をぐっと引き寄せて、耳元で言う。
「いつか、夜の窓、キッシュ投げてね!」
サワダの声が愛おしいという以外何も考えられなかったので、俺は大きくうん、と頷いた。サワダの白くて細い手が熱かった。
サワダがいなくなってしまったせいで、俺は全く夜を超えることができない。
フロアの真ん中には、大きなライトが落ちていて、粉々に砕け散ったガラス片がそこら中に散らばっている。まるで太った不発弾だ。ライトが一つ減ってしまったところで、クラブからは光だって音だって消えない。
多分あのライトの下には俺もいて、頭を叩き潰されている。脳みそだってはみ出しているかもしれない。結構気に入っていたスニーカーが、奇妙な形にねじれている。
そして、その横に、サワダの細くて白い腕がだらりとはみ出していた。
俺はずっと二日酔いみたいな頭痛を抱えていて、フロアの端っこのソファに沈んでいる。フロアは音楽を止めない。
目に、薄着のサワダが踊っている姿が焼き付いている。俺から遠ざかったり近づいたりしながら、サワダは本当に楽しそうに笑う。サワダの汗ばんだ身体の熱が、目を閉じていると浮かび上がってくる。そして皮肉なことに、フロアに満ちる光と音が、その生々しさを蘇らせるのだ。
光と音が何かを俺に言おうとしているのはわかるのだけど、それが何を意味するのか俺にはよくわからない。面白がっているのか、諭しているのか、哀れんでいるのかわからないけど、とにかく俺はこの光と音に満ちたフロアに閉じ込められている。
サワダ。サワダサワダ。サワダ!もっとちゃんと抱きしめておけばよかった、と思った。あの夜、サワダのことをもっときちんと感じておけばよかった。サワダが言った言葉が、耳に吹きかかる息の熱さと一緒に蘇る。
サワダは結婚していたし、俺にもサワダとは一緒になれない理由があった。それでもサワダと踊った。ダメだとわかっていて、何度も踊り続けた。踊って踊って、何度も夜が明けた。俺たちは各々に踊りのことを思って生活し、またどうしようもなくなると踊った。
俺は気が狂ったように大きな叫び声をあげるけど、それは絶え間ないビート音にかき消されてしまうのだった。光が余計強く明滅して、俺を晒し上げる。叫びすぎて俺は気分が悪くなり、口の中に酸っぱいものがせり上がってくる。
サワダ。俺はあのライトの下で、ちゃんとサワダの手を握ってあげているだろうか?俺は自分の頭を抱えながら、この手でライトの下からはみ出しているサワダの手を握ってやるところを想像するが、こめかみに伝わってくる自分の身体の熱が、もう生者のそれではないことを知って躊躇する。
光も音もうるさかった。涙目になってその明滅を見つめていると、それは星の瞬きにも見えた。消えては、滲んで、繋がって、大きな光になって俺のまぶたを突き抜ける。
「この夜が終わらなければいいのにね」
サワダはそう言った。俺もそれを願った。音楽も光も、その一回性を愛していたはずの俺たちが、フロアで永遠を思ってしまった罰だった。ただそこにある美しさを感じていれば良かったのに、一定で刻み続けるビートに何か意味を見出してしまったからだった。
サワダ、わかるよ。外、耳に入ってくるよね。夜、窓にキッシュ投げるよ。力を抜いてこのフロアの外の夜の空を意識すると、ゆっくりと俺の意識は遠ざかっていった。サワダの指が、I LOVE YOUと言っている気がした。
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