エイリアンズ_demo_11

エイリアンズ/11

※縦書きリンクはこちらからhttps://drive.google.com/open?id=1FALapN-bWq5byH07eBExxbo_99FM8eP8

11

 渋谷駅周辺の工事はまだ終わっていない。色々なところにフェンスやカラーコーンが張り巡らされ、建設材や工事用具が転がっている光景に、人々の目は慣れ切ってしまっている。もしかすると、永遠に完成することはないのかもしれない、とすら思う。どこがどう新しくなったのか、緩やかな変化の中で気づくのは難しい。まして、迷路のように入り組み、広い渋谷のような場所にあってはなおのことである。

 窓の外に並ぶ看板広告の枠の上に、数羽の鳥がとまっている。首を傾げ合う姿が、話をしているようだ。電車が動き始め、鳥は見えなくなる。

 どうぞ。
 はい?
 座ってください。

 新代田駅までだから別にいいけどな、と女は逡巡するが、立ち上がった男の顔が困ったような、戸惑っているような顔だったので、ありがとうございます、と言って座る。

 タカハシさん?

 女が見上げると、席を譲ったサラリーマンがこちらを見て驚いている。
 女の名前はタカハシではない。

 ツムラヤさん?

 新代田の駅前は案外入れる場所が少ない。いい、いい。あんまり時間ないし。お腹大きいから大変でしょ?でもちょっと喋りたいからついて行っていい?
 マタニティヨガなんて本当は興味はなくて、別に行かなくてもいいかなと思っていたのだけれど、友達に紹介してもらっているから行かなければ角が立つかな。そう思う女を、男は先導していく。びっくりした。こんなところで会うなんて。ツムラヤそう繰り返した。

 お腹大きい人がいるな、と思って、譲らなきゃと思った方が先。
 そうなんだ。私も、気づいたの名前呼ばれてからだった。

 ツムラヤも結婚して、既に子どもがいるらしい。
 子どもが妊婦から生まれるっていうのも知ってたし、お腹が大きい人を何人も見たことがあったけど、身体も重くなるし大変だよなあとか、そういう風にちゃんと思えたのって、奥さん妊娠してからなんだよね。結局当事者意識って、当事者にならないとわかんないのかもね。ツムラヤはそんなようなことを言った。

 自分が妊娠してるわけじゃないじゃん。
 確かに。お腹の中に人がいるってどんな感じ?
 変な感じ。いるなって感じ。

 二人は環七通りを南へ下っていく。この道もずっと行けば、平和島や隣接する埠頭、海に繋がっている。隙間なく連なるビルに挟まれた四車線の道を、絶えず車が行き来していた。

 何か結構覚えてるんだよね。あの日のこと。ああいうの、普通はないじゃん。だからまたいつか会いたいなってちょっと思ってたんだよね。まっすぐな道を何にもないねって言いながら歩いたのとか、本島の方の派手な光見てたのとか、話しながら空港を飛行機が飛び立っていくのとか。夜でも飛行機雲って見えるんだね、みたいなこと言ったのとか。

 こんなにたくさん人がいるなんて信じられない、こんなにたくさん建物がなくてもいいはずだ、とこの街を歩きながらいちいち思っていたのも、もう慣れてしまった。

 …ツムラヤさん、あの日どうやって帰ったか覚えてますか?
 え?どうやって?普通に電車乗って帰ったよ。

 まあ、しょうがないよな。そんなもんだよな、と思う。

 私は、ちゃんと連絡先聞いとけばよかったな、と思いながら帰りました。

 ツムラヤは、小田急線の駅に向かって道を引き返していった。元気でね、タカハシさん。子どもが元気に生まれてくるのを、陰ながら祈っています。
 結局マタニティヨガに行くのも面倒になって、公園のベンチに座った。日差しがきつく、隣接する図書館とどちらに入ろうか迷ったが、なんとなくベンチに座ってしまった。
 はて、空に飛行機なんて飛んでいただろうか、と思って調べてみたら、神戸空港の発着時間は七時から二十二時までに制限されていて、その時間に飛行機が見えたはずはなかった。

 空に、飛行機が走った後と思われる筋が滲んでいた。見つめていると、薄れていって、空にかかっている雲との境界がだんだんわからなくなっていくのがわかった。子どもが、私の意志と無関係にお腹を蹴っているのが、私にだけわかる。と、私は思っている。子どもを産むというのは、さぞかし痛いのだろうな、とまだひとごとのように思っている。

(了)

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