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OUR ONE WEEK/火曜日

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火曜日

■オハラ
 何考えてるのかさっぱりわからんと、タイラ警部がこぼしているらしいというのを、話には聞いていました。
「美大生っつーのはどうも。俺は昔から芸術がわからん」
 質問にはお答えします。ただし、心理カウンセラーを入れるなら黙秘します、と彼は言ったそうです。深層心理を描いた絵で探るなんて。本当に馬鹿げてますよ。俺、目とか鼻とか口が正常じゃない場所にあるお父さんの顔を描きますから。電車に轢かれて四肢がばらばらに飛び散ったお母さんの絵を描きますから。
 まあ、僕もなんとなくその気持ちはわかります。
「警察というか、大人を舐めてんだろう。今の若い奴らはみんなそうだ。ちまちまちまちまSNSやアニメに逃げるから、現実を見つめられないんだよ。そうやってはぐらかしたり避けたりするの、お前も得意だもんな」
 いちいち仮想現実に逃げ込むから、現実を見つめられない。まあもっともかもしれませんね。
 とにかくそんなわけで、私に白羽の矢が立ったわけです。「そもそも、芸術と美大生は別のものだとも思うので、それぞれ別個に理解する必要があると思いますが」。そう言いたい気持ちをぐっと飲み込んで、タイラ警部とバトンタッチしました。
 まあしょうがないですよね。警察というのは、やはり未だに根強いマッチョイズムが支配する世界ですから。私みたいに昼休憩の間もこそこそ外に出て、パンをかじりながら本を読んでいるような人間は少ないんです。そもそも、お互いのことを理解し合おうみたいな気持ちが欠けているのでしょう。もっともそうやって多少無神経でなければ、犯罪を犯すような人間と渡り合っていくこともできないですし、しょうがないですよね。

 私の方も昨日ニュースを見てから、その男子学生のことが気にはなっていました。署内では既にその稚拙な犯罪について、当初の全く意図がわからなくて不気味だという見方から、ちょっとやりすぎちゃった若気の至りくらいなものでしょうという見解に変わり始めていました。
 私は、何ていうか、正直に言えば彼にシンパシーを感じていました。許されるのであれば、「まあわかるよ」なんて言って、ひとつ彼の肩を叩いてやりたいというか。取り調べ上相手から事情を聞き出す最中に、一言くらいそんなことを言ってやれるかもしれない。そう思ったんです。
 やめておけばよかったです。それって誰目線?って話ですから。

「ばくだんをしかけた。かんしゃしろ」

 それが彼の犯した罪の全てです。たったそれだけ——こんなこと警察の人間が言うのもおかしな話ですが——です。誰一人殺しちゃいません。もちろん爆破予告された彼の大学は一斉休講になりましたし、周辺住民も一時的に避難しましたから、とんでもない迷惑ではあるのですが。
 ただし、彼自身はそれをまだ認めていない様子です。いや、そういう脅迫文を書いたことではなくて、「爆弾を仕掛けていない」ということについてです。

 タイラ警部の取り調べ時、彼は何度か「爆弾は見つかりましたか?」と聞いたそうです。
「頭の上をミサイルが飛んでいても休講にしないのに」と言って、彼は笑っていたそうです。

 彼と話をする前に、僕も現場に伺いました。
 今は大学にも監視カメラが付いている世の中なんですね。私だって、世知辛いななんて思ってしまいます。
 彼が深夜、彼自身が通う大学の入り口の扉にその手紙を貼り付ける姿が、映像に残っていました。まっすぐドアをくぐり抜けて来て迷いのない動作で手紙を貼り付け、またするりと帰っていく映像を、私も見ました。彼はカメラの存在を知らなかったようですが、犯行に及ぶ前に少し周りを見渡せばすぐにわかるものです。警察に連絡が来た時には、既に大学側が犯人を突き止めていました。
 念のためその日は大学を立ち入り禁止にして、爆弾処理班もちゃんと呼びましたが。当然爆弾なんてどこにも見つかりませんでした。

 大学で働く人々はみな口を揃えて、彼を「大人しい」「そんなことするとは思えない」と。まあ要は彼がどういう人間か、大学の側では把握できていないということでしょうね。大学生は大人ですし、一校にいる学生数も多いでしょうから、ひとりひとりのことまで気を配れないのは仕方ありません。
 作品についても、暴力性が垣間見えるようなものはなかったということでした。動物や植物を、綿密に描いている作品が多い。やや偏執的な傾向や、自然に対する強烈な憧憬はあるだろうけれど、それらの作品と今回の犯行の間に結びつきがあるようには思えない。
「馬鹿なことしたもんだよ」
 指導をしていた先生はそう嘆いていました。結構上手かったのにね。その先生から見せてもらった写真には、小さな細胞のようなものが寄り集まって形になった、魚を描いた作品が写っていました。写真の裏面には、「apoptosis」と書かれていました。
 もう一度よく見てみると、黒くて禍々しい模様の細胞たちが、ところどころ魚の形に縁取られた線の外に漏れ出ている。そんな絵でした。

 彼の目は、始終ぼんやりと暗かったです。
 でも、誰だってこれくらいの時分はそうじゃないですか?僕は彼の小さく縮こまった瞳の中に、自分を見ているような気がしました。
 ただ、彼はそのぼんやりとした眼差しで、まっすぐに私を見つめていました。目が合いすぎて気味が悪いくらいでした。
「作品、見せてもらいましたよ」
「精神分析のためですか?」
「いや、そういうつもりはなかったけど。まあでも資料の一つにはなります」
 それにしても上手いですね。僕が学生だった頃は、こんなに上手い人周りにいなかったです。本当に。
「絵、描いてたんですか?」
「随分昔のことです。私は大学を辞めてしまったのですが」
 こんなに上手なのにどうして?あなたがやったことは、何と言うか、その代償に見合わないような気がするんですよ。
 そう言ったのはもちろん、少しでも彼の本当の心理に近づくためです。
 彼は「刑務所入っても、絵は描けるんで」と言いました。
「というか、その方が集中できるし上手くなるかもしれないと思いませんか?」
 ほんとに馬鹿ばっかりなんですよ、大学って。あなたもかつてそう思いませんでしたか?さっきどうしてあんなことしたのか聞きましたけど、あなたにはわかるでしょ、あんな場所ない方がいいって。

 ええ、わかりますよ。

 私が入った大学は、滑り止めで受けた私立でした。もうそれ以上浪人し続けるお金も根性もなかったんです。
「学ぶことももちろん大切だけど、もっと大切なのは描くこと。描き続けることだよ」と、アトリエの先生が言ったんです。今の時代は国立大学のネームバリューも幻想めいたところがあるし、君は意志が強い。描かざるを得ない厳しい環境の中に身を置くということも大切だとは思うけど、結局一番大切なのは自分の意志だよ。
 時々、自分はその言葉を盾に使ったのではないか、と自問することがあります。
 カンバスではなく、こうして犯罪に手を染めた人間と話をしたり、事件の資料と向き合っている時です。絵を辞めようと思ったのは、結局大学で制作をしている間に自分に失望したからです。上手く描けない自分にも、上手く描けない自分を環境のせいにする自分にも、見切りをつけたからです。

「なんのために、こんなことしたんですか?」
 彼はしばらく黙っていました。
「意図がよくわからないんですよ。すぐに捕まってしまうことを、君自身も理解していたんでしょう」
「みんなの望みを叶えただけです」と彼は言いました。
「望み?」
「あんな場所ない方がいいって」
「周りの学生がそういう風に言っていたということですか?」
「はい」
「でも、それはけしかけられたのとは違いますよね。君ひとりでやったことでしょう?」
「そうですね。ひとりでやりました。でもやらされたともいえるんじゃないですか?たまたま僕がやることになっただけで」
 そういえば、敬語で話をしてくれるのはあなたが初めてです、と彼は言いました。

 彼と話をしながら私は、学生時代に繰り返し見た夢を思い出していました。
 大学に向かう満員のバスの中で、大学が燃えている夢です。
 大学に近づくのが、坂道の傾斜でわかる。近づくにつれて、車内のざわめきが大きくなっていく。目を開けると、窓の外で煙が立ち上がっているんです。火柱とともに、紙の束と灰が舞い上がる。
 そんな夢、随分長い間忘れていたのに。もしかしたら、彼の思い描いた夢が、僕の頭にも流れ込んできたのかもしれませんね。
 大学がなくなって嬉しいと衒いもなく喜んでいる人たちを見て、ここにいたら僕の心はダメになってしまうと思ったんです。夢なのに。
 馬鹿ですよね。
 僕は時々思うんです。あの頃の僕はどこに行ってしまったんだろうと。
 あるいはあの頃の僕が今の僕を見て、お前は誰だと言っている声が聞こえることがあるんです。
 怖いとかじゃなくて、すごく不思議なんです。晴れれば気分が良いし、曇り空なら何だかどんよりした気持ちになります。たったそれだけのことで、自分の人格が変化してしまうことが、すごく変な感じがするんです。人間という生き物の欠陥のように感じます。そしてその小さな変化を繰り返しているうちに、いつの間にか過去の自分が他者みたいに感じるくらい大きな変化を経てしまっていることに気づくわけです。
 目の前にいる若い犯罪者の方が、過去の自分に似ているんです。自分の中に深く根を張っている過去の自分が、ここにいる自分を蚊帳の外に出して、目の前の相手と対話し始めるんです。

 僕は、みんなが望んでいたことをやっただけですよ。
 ほら、爆弾、見つかりましたか?

 果たして彼は本当に、ただ我々大人を翻弄して楽しんでいるだけなのでしょうか?
 そんなくだらない自己満足のために、爆弾を探させるように仕向けているのでしょうか?

 結局私は何の役にも立ちませんでした。
 タイラ警部は「まあしょうがないさ」と言ってフォローしてくれました。
「時々あるんけどな。パズルのピースとピースがお互いに呼び合ってはまり込むみたいに、容疑者との相性がぴたりと合って、誰にも言わないことが聞けたりするようなことが」
 パズルのピース。
「もう一回、ちゃんと爆弾について調べた方がいいんじゃないですかね」
 意を決してタイラ警部にそう言いましたが、一蹴されてしまいました。
「お前までそんなこというのか」

 病理の側にいた方が、もっと様々な表現ができるかもしれない。それもこういう仕事を選んだ理由の一つでした。
 社会を少しでもより良いものにしたい、自分のような人間がこういう仕事に就くことが、社会的病理をより深く理解するための一助になるかもしれない。そんなことを言って、この仕事をするにあたっての採用面接を切り抜けました。
 でも、もう気づいてるんです。そうやって犯罪者と自分を同化してしまうような在り方では、何か新しい表現が出来るかもしれないとしても、この仕事を続けることは出来ないって。
 そもそも絵だって、忙しさにかまけて描けていませんし。

 昨日、私はたまたま非番だったんです。
 一日中眠っていました。寝不足でした。だから仕方なかったんです。無為な日になってしまったのは、自分のせいじゃないんです。日々のせいなんです。誰かのせいなんです。犯罪を起こすやつらが後を絶たないせいなんです。だからそんなに責めないでください。
 夢の中で、私はカンバスに向かっていました。
 何も描けない夢でした。
 彼の、完全な真円となっている黒い眼差しを思い出すと、その夢のことが妙に思い出されるのです。

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