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OUR ONE WEEK/(RE)日曜日

※縦書きリンクはこちらから https://drive.google.com/open?id=1yhKfvMCbEVpM5oi7UUzXMcBKykxbXUcN

日曜日

■シンジ
 時計の針が重なって、日付が変わりました。一日の始まりが夜中にあるのは何故なんだろうなと、いつも思います。
 七時とか八時とか、まあ僕はもう高校卒業して以来そんな時間に起きたことないんですけど、一般的にみんなが起きる時間に日付が変わる方が、なんていうか合理的っていうか、気分良く一日が始められるんじゃないかなと思うんです。
 毎日こうしてレジカウンターの中から、ペットボトルのフリーザーの上にある時計を眺めて、日付が変わる瞬間を見ています。
 とにかく僕の新しい一日は、こうしてぬるりと始まります。

 そして明日、誰でも良いから適当に人を殺そうと思いました。車で横断歩道に突っ込むか、駅でナイフを振り回すか、どこかに爆弾をしかけるか。その後自分も死んでしまえばいいか、とも。
 カップルが、セックスの臭いをさせてコンビニにやってきて、長いこと店の中をうろついた後、雪見だいふくを買って行ったんです。雪見だいふく1パックだけ。
 今日の場合は、それを見ていて思いつきました。僕はいつもこうやって、どんな風に自分の身の周りにある世界をめちゃくちゃにするか想像して、深夜の何もすることのないシフト時間を潰しているんです。
 元々は店長を殺そうと思ったところから始まりました。店長の家に火をつけて、店長と同じように意地の悪い妻も一緒に殺してしまおうかなとか。店長の大切にしている死ぬほどダサい改造車を、店長の目の前でボコボコにしてからじっくり殺そうかなとか。
 でも、それじゃつまらないというか、なんていうか、わかりやすすぎるなと思って。例えば今日も僕が怒鳴られているのを同じシフトの子に見られています。店長が僕にだけ小言を言ってくるとか、そういうのは日常茶飯事なんです。
 頭の中で店長を殺してみたら、他の奴らも簡単に殺せるようになりました。
 一人殺すのも二人殺すのも同じです。もちろん頭の中でですけど。

 僕は多分、もっと僕のことを想像してほしいのだと思います。ちゃんと僕の心を推し量って、イメージしてほしい。誰か一人でもいいから、僕がどんなことを考えていて、僕の頭の中でどんなことが起こっていて、どうしてこんなに残酷なことをしたのか、想像してほしい。
 それだけで随分報われるような気がしました。ただ単純に、このまま誰にも知られずに朽ち果てていくのだとしたら、それはその辺の道端で死に行く虫と同じです。
 そう思いませんか?

 でも一方で、「誰かに自分のことを知ってほしい、想像してほしい」なんて考えている自分を、浅はかで情けない奴だとも思います。
 そんなのがお前の望みなの?って。ダサいですよね。

 十二時を十五分くらい過ぎましたが、立ち読みをしている身なりの汚い男がいるので、事務所に戻れませんでした。毎日のように夜中立ち読みに来る男です。悪びれる様子もなく、何なら最近は、店内に入る時に僕と目が合うと、にやりと笑っているようにも見えます。どうせ今日も何も買わないし、万引きする勇気もないような男だろうとも思っていましたが、規則なので、ここに突っ立っているしかありません。
 無為に時間が過ぎていきます。背中で、冷凍されたホットスナックの入った冷蔵庫のモーターが唸っている音が聞こえます。
 死んだ後、もしも冷凍庫に生まれ変わったら最悪だなと思いました。休みなく、延々と物を冷やし続けるなんて最悪です。冷凍庫に休息はありません。
 でも、その低いモーターの音を聞いているうちに、一日くらいだったらいいかもなと思い直しました。眠るように目を瞑りながら、ただお腹の中の冷凍ホットスナックたちを冷やすことだけに専念するのです。暗闇の中で、ひやりとした自分の体温だけを感じるのです。

 冷凍庫のモーターの唸る音だけが聞こえます。
 目を瞑るとその細やかな音が間延びして、泡がはじけていくみたいな音に聞こえました。
 まるでどこか別の場所にいるみたいに感じます。
 息をするのも忘れてしまうくらい。

 声をかけられたのはその時でした。
 ふと目を開くと、いつの間にかレジの前に若い女の人が立っていて、ものすごくびっくりしました。灰色のパーカーを着た、地味な人でした。
「あの、アメリカンドッグって」
 女の人はホットスナックのケースの中を指差して、小さな声でそう言ったんです。
 深夜シフトでは、フライヤーの清掃をするんです。昼間何回か使いまわした油を捨てて、消毒する。
 だから深夜はやってません、って言ったんです。
 たぶん、ごめんなさい、とも言いました。

 女の人は逃げるように自動ドアから出て行きました。僕の声が聞こえたかどうかもわかりません。
 立ち読みをしていたあの男も、いつの間にか消えていました。
 店内には、自分しかいませんでした。

 アメリカンドッグって。そんなもんでそんな切羽詰まった顔しなくても。

 今日、きっと今日こそは、人を殺して何もかもめちゃくちゃにしてしまおう。
 今日もそう思いながら、レジ対応をしたり、商品を入れ替えたりしました。
 でもいつもみたいにグロテスクな想像をすることが、何故かうまくできなかったんです。
 それで、さっきの女がどんな人生を送っているのか、どうしてこんな夜中にこのコンビニに来たのか、想像をめぐらせながら過ごしました。なんとなく見覚えのある女性だった気がするのですが、どこで会ったのか思い出せません。多分前にも対応したことのある客だったのでしょう。
 そんな風に色々考えていると、いつもよりほんの少し早く朝が来ました。白んできた空に、ゆっくりと下から透明になって消えていきそうな月が浮かんでいました。

 アメリカンドッグか。確かにコンビニでしか買えないもんな。

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