見出し画像

ツイートなどSNSなんて、現実世界のほんの一部にすぎないということ


ツイッターも、「X」なんて、物騒な名称になってしまったが、相変わらず、その中で、他人のやることに、「いちいちケチをつけないと気がすまない人」が、暗躍?しているようである。

私は、北大を出た学生が、その後西アジアやモロッコで、ロバと旅をする人のツイートが好きで、よく見ているが、或る人が「生活の為だったら仕方ないけど、この人、趣味でやってんだろ?」みたいな口調で噛みついていた。
そして、あっという間に反論の嵐に巻き込まれていた。

私は、うまいこと言えないが、以下のようにコメントした。

否定されてる方に、もし小さな子どもさんがおられて、ロバが旅して歩いている姿に出くわしたら、必ず笑顔になるし、そのことをずっと覚えていると私は思う。
お年寄りの方でもそうじゃないかな。
私が1頭の馬を飼っていた時、お婆さんと小さな子どもが手を繋いで歩いて見に来てくれたのが忘れられない。

X


旅して歩いているロバを見れば、大抵の子どもは、笑顔で歓喜の声を上げる。
子どもを連れた若いお母さんやお父さんもそう。
お年寄りの方でも笑顔になる。

その内、多くの子どもやお年寄りの方は、当然「X」なんて使ってもいないし、見てもいない。
攻撃する人も、自分で実際に見てもいないのに、自分の価値基準やパラダイムだけで、匿名で攻撃してる。
そんな人なんて、本当に笑ってしまうぐらい、ごくごく少数なのだ。

なんにでもケチをつけなければ気が済まない人が巻き起こす問題は、その人の問題なのである。
される側の問題では無い。
構う必要も無い。

それよりも、実社会の中で、「あっ、ロバさん!」という子ども達の声を聞くことが、どれほど重要だろうか。







※「チップ」は有難く拝受させて頂きます。もし、この記事が多少でも役に立った、或いは「よかったので、多少でもお心づけを」と思われましたら、どうぞよろしくお願いいたします。贈って頂いたお金は1円たりとも無駄にせず大切に使わせて頂きます。