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炭鉱町に住んだ人々 ~ リリー・フランキー著「東京タワー」より

扶桑社刊、リリー・フランキー著の「東京タワー」はお気に入りの一冊ですが、その中でも最も好きな部分は、著者炭鉱町に育った頃のエピソードなので、少し紹介したいと思います。それが、このテーマのイントロとしてふさわしいと思いますので・・・。

(↓映画「東京タワー」より。CGですが、ボタ山の角度が、いくらなんでも急すぎますね。これだと炭車を引き上げるのが無理ですし、作業上も危険すぎます・・・・)

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福岡県・小倉に産まれた中川氏(リリー・フランキー)は家庭の事情により、4才の頃、母と共に家出し、二人きりで生活を始めます。

幼稚園に行くのをはげしく嫌がり、母に毎朝泣きながら連れてこられては、すきを見て家まで逃げ帰っていたという同氏は、母の故郷である筑豊の小さな炭鉱町に移ったことから変わってゆきます・・・。

友達ができ、何でも自分から進んで行動する子どもへと変貌を遂げたわけです。

この辺のくだりが同書でもっとも好きな数頁なのですが、特に仲のよかった前野君という友人と、炭鉱で働いていた前野君のお父さんという人物が印象的に描かれているので、その部分を抜粋して紹介したいと思います。

『 ・・・夕飯が終わると、前野君のお父さんはいつも、宝焼酎をヤクルトで割って飲んでいた。ボクらはヤクルトだけを貰い、セコい開け方をして、チューチュー吸った。

 そして、お父さんは「今日は泊まっていきんしゃい。ゆっくりしたらええ」と言い、お母さんに、今日は泊まらせますと電話させる。

「よし。今日は中川君が来てくれたんやけん、俺はもう一杯飲もうかの」。そう言っては家族全員から「もう飲まんでよか!!」とツッこまれていた。
お父さんのあだ名は”きかんぼう”だった。

前野君、お姉ちゃんの誕生日ならともかく、お父さんの誕生日にもボクは招待され、週末はいつも、どちらかの家に泊まり合うようになっていた。・・・』

『・・・この町は豊かな町ではなかったけれど、ケチ臭い人の居ない町だった。これはオカンもオカンの兄妹も、この町で生まれ育った人に共通する気質なのだろう。・・・』

『・・・前野君のお父さんはボクが中学に上がる時に、腕時計を買ってくれた。それは前野君とお揃いの同じ腕時計だった。炭鉱も閉山になった直後だったと思う。

今、自分が大人になって改めて思うが、息子の単なる友達に、息子と同じ腕時計を買ってあげるなんてことは、なかなかできることじゃない。
本当にカッコいい大人の人だと思う。

それからボクは腕時計には運があるようで自分ではほとんど買ったことがないのだけど、ロレックスやオメガ、色んな高級時計を人からプレゼントされてきた。
しかし、ここ数年、腕時計をする習慣がなくなったことと、物に対して無頓着な性格もあって、その高級時計も家のどこにあるのかさえわからない。

でも、前野君のお父さんに貰ったその時計だけは、腕時計をしない今でも、たまに時計店にメンテナンスに出して大切にしている。
遠心自動巻きで動く、セイコーの腕時計。

本当はこの腕時計をボクと前野君とふたりではめて、お父さんと一緒に宝焼酎のヤクルト割りでも飲みたいところなのだけど、もう今は、この腕時計が前野君のお父さんの形見になってしまった・・・。』(「東京タワー」より)

もちろん、この文章だけで、炭鉱町に住んだ人々の事を説明しようなどという短絡的なものではありません。

しかし、この文章を読んでみて、もっともその特質を表現していると感じたので、イントロデュースとして紹介してみました。

(元記事作成:2010年10月)

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