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[怪談]宛先の無い回覧板

中国地方の山間にある住民200名ほどの村。
夜の6時には街灯も消えるような村で夜になると真っ暗な闇に包まれることもある。

嫁として嫁いできたYさんは成れない田舎の風習に戸惑いつつも、
1年も経つ頃にはその牧歌的な暮らしに慣れつつあった。

その田舎には田舎特有の閉塞感のようなモノや陰湿な村社会というモノこそないものの
ひとつ奇妙な風習があった。

それはYさんが仕事を終え家に帰ってきたときの事。
家の玄関、新聞受けの横に真っ黒なものが立てかけられていた。
なんだろうかとよく目を凝らすとそれは古びた回覧板だった。
見た目はかなり年季を感じさせ、元々緑色だったのだろうが異常に黒ずんでいた。

Yさんがそれを手に取り中身を見ようとしたところで後ろから
「中を開くな!」と大声で姑から怒鳴られた。
姑との仲が悪くなかった分、姑のその怒声にはかなり驚いたものだ。

姑はYさんから回覧板をなかば奪うようにしてとると、
それを持って隣家の方へとそそくさと歩いて行ってしまった。

その時の事が気になり、あの回覧板はなんなのか?
なぜ中身を見もせず次の家へ持って行ったのか姑に尋ねてみた。

姑は嫌な表情をしあまり多くを語ろうとしなかったが、
彼女が言うにはあれの中を見てはいけない。
あの回覧板は所謂良くないものであるから、
家に回ってきたら早く次の家に回してしまえ…との事。

回覧板と言えばご町内のお知らせやアンケートの様なモノが入っており、
それを家々に回して町内の連絡事項を円滑に伝えようとするものだ。

それを中も見ずに次の家に回すことに何の意味があるのか?
当時Yさんはかなり戸惑ったが田舎だしまあいろんな慣習があるんだろうな、
ぐらいに感じていた。

何年か暮らして分かったのは、
あの黒い回覧板とはべつに通常の回覧板もある事、通常の回覧板には町内の草刈り当番のお知らせや、町へ行くのによく使う道が工事で通れなくなることのお知らせなどが入っていて、
そちらは所謂ふつうの回覧板として機能していて、だいたい2~3月くらいに一度のペースで定期的に家の玄関に置かれていた。

そして黒い回覧板の方はというと全くの不定期。
1年以上回ってこないこともあれば1月に二度おかれているといったこともある。
そしてきまってその黒い回覧板を次の家へ持って行くのは姑の役目だった。

Yさんが村に越してきて数年が経った頃姑が病に倒れしばらく入院生活をすることになった。
その間家にいるのはYさんとその旦那と息子が1人の3人だけ。
姑がいない生活は結婚以来はじめてというくらいで、
不謹慎かもしれないが家族3人での初めての田舎暮らしはとても新鮮だった。

そんな暮らしが続いた時、街のスーパーから買い物をして家に戻ると
玄関にあの黒い回覧板が置いてあった。

Yさんは戸惑った。
回覧板を次の家に回すのはいつも姑の仕事だった。
早く次の家に持って行かないと・・・。
ただその次の家がどのお宅なのか分からない。

中を見ればそれが書いてあるのかもしれないが、中を開く事だけはしてはいけない気がした。
姑ならどうすればいいか分かるだろうと思い病院にいる姑に急いで電話した。
面かい終了後だったが急ぎの要件だと話しなんとか取り次いでもらった。
Y「お義母さん、いまウチにあの回覧板が届いて、でもどうしたらいいか分からなくて」
姑「・・・Tさんの家へ持って行けばいい」
Tさんの家まではかなりの距離だ、お隣というにはかなり離れている。
途中には急な坂道もあり、足があまりよくない姑が持って行っていたとすればかなり大変な距離にある。
Y「そうなのね、ありがとうお義母さん。でもTさんの家まで回覧板をもっていくのはお母さんの足では大変だったでしょ」
姑「まあね、詳しいことは今度会った時に話すから、今は早く回覧板をTさんの家へ持っておいき、ただね車で持って行っちゃ駄目だ歩いていくんだ、それに回覧板をTさんの家に持って行くのを人に見られてはいけない、持って行ったら玄関にそっと置いて置くんだ、
いいかい置くところを人に見られてはいけない、とくにTさんには絶対に見られてはいけない、明日じゃ駄目だ、なにがどうしても今夜の内にTさんの家へ持って行くんだよ」

ふだん温厚な物言いの姑の念を刺すような強い言葉にYさんはなにか嫌な含みを感じた。
それだけを話して姑との電話を終えるとYさんは回覧板をもってTさんの家へと足早に向かう。
時刻はすでに夜の7時過ぎ
回覧板を持って行くのを人に見られてはいけない、
街灯も消えている夜の田舎道、人を探そうとする方が難しいくらい。
山奥の田舎とはそれぐらい暗いものである。
なんならクマやイノシシの方が怖かったぐらいだ。

Tさんの家のまえにつき玄関わきの影にそっと黒い回覧板を置く。
日も暮れ切ってから人様の家の玄関に不審物を置くなんて、
Tさんの家の今の方からは家明かりが漏れ家族のだんらんの声が聞こえていた。
けして見つからないように足音を殺して自分の家に戻る道中、Yさんはとても後ろめたい思いに駆られた。

後日姑に会った時、あの回覧板について疑問に思っていたことを聞いてみた。
あの古びた黒い回覧板は何なのか?次に回す家をなんで教えてくれなかったのか?
どうして回覧板を持って行くときに隠れなければいけないのか?

姑は嫌なことを話すようにしぶしぶといった表情でゆっくりと話し始めた。
姑が言うには回覧板を持って行く次の家に決まりはなく、早く次の家にこの回覧板を託さなければいけないという気持ちから、ちょうどその時間に留守にしているお宅の元に回覧板を置いてきているとの事だった。
Yさんの中で何かすべてに合点が言った気がした。
中を見てはいけない回覧板をまわす順番などは元々決まっておらず、ただ不規則に回覧板をご近所に押し付け合っていたのだ。

じゃあどうして、そもそもあの回覧板は何なのか?
Yさんは先の夜の暗がりを回覧板を持って行ったおりの事を姑に問い詰めた。
獣に襲われないようにビクビクしながら、そんな危険を侵してまでなぜ回覧板を持って行かせたのか。

その理由を祖母は話そうとしなかったが、ただあの回覧板をまわさずに家に置いて置いたり、回覧板の中を見てしまうととても悪いことがその家に起こるらしい。
だから回覧板が家に届いたらすぐに他所のいえに持って行くのだそうだ。

そして姑は最後に一言だけ教えてくれた。

回覧板を置いて置くと降りかかる悪い事・・・
その悪い事が何なのか、それはあの回覧板の中に書いてあるらしい。


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