[怪談]市営地下鉄3番線の人魚
市営地下鉄で働くEさんは勤続3年目になる鉄道の職員だ。
Eさんが担当するS駅はその年で最も古い歴史を持つ地下鉄路線の小さな駅だ。
Eさんが働く駅の3番線にはある噂があった。
終電も終わった深夜になるとホームの床に、まるで何かが這った後の様な濡れた跡が伸びている…。
その濡れた後はホームを張った後、ホーム端から線路の方へと降りていくように続いている。
実際のところ噂を聞いたEさんは半信半疑だった。
しかしある日始発前の未回りで3番線ホームの見回りをしているとき、件の濡れた後を発見した。
前日の当直担当者の日誌にはそんな報告はなく、酔った乗客が酒でもこぼしたか?くらいに思った。
その濡れた後をよく見ると、確かに何かが這った後のようにも見える。
濡れた跡はたしかにホーム端から線路の方へと降りて行ったように伸びていた。
万が一線路へ乗客が転落していれば重大事故につながるのでEさんはその濡れた跡の続く先をライトで照らした。
跡は線路を少し進んだ後排水溝の方へと降りていき、それ以上痕跡をたどることは出来なかった。
Eさんは上司にそのことを報告すると上司は嫌な顔をした後
「あんまり気にしない方がいい、この事はあまり気にせずいつものように業務を続けなさい」
とだけそっけなく伝えた。
そういわれても仕事熱心なEさんは素直に納得することが出来ず監視カメラをチェックする。
万が一乗客が線路に入っていたら大変だ。
駅備え付けの監視カメラを終電後から始発まで見てみたが可笑しなことは特になく、
濡れた跡は終電から始発までの時間の間につ行けられたものだという事が分かっただけだった。
結局その日も電車の運行はいつものように行われ何も異常はなかった。
まあ異常がないのなら・・・そう自分をごまかしてEさんは仕事を続けることにした。
そんなこんなでEさんもS駅での業務から配置換えになる日、送別会の席であの跡の事をベテランの先輩に聞いてみた。
E「3番線ホームの濡れた跡の噂、あれは何なんですか?実は自分も何度か見たことがあって・・・」
先輩の答えは直球で実に的を得たものだった。
先輩「昔この駅で人身事故があって、その時死んだ人の幽霊だよ。テケテケっているだろ?電車に轢かれて上半身だけの幽霊。あんな感じで夜になると自分の下半身を探してホームの上を這いずり回るのさ。」
あまりに分かりやすい答えにSさんは身の毛が引いた。
先輩「昔はホームドアも無くて監視カメラの死角も多かったから、電車に轢かれても気づかれずに、回収されていない遺体もあるんじゃないのかな?もしかすると轢かれても回収されていない人もいたかもしれないよ?」
今でこそホームからの転落事故があればすぐに機械が知らせてくれるが、一昔前は目撃者でもいなかったら事故が起きた事すら分からない時代だ。
車掌のよそ見やライトの不具合なんてあれば人が轢かれてもなかなか気づかれなかったのかもしれない。
Eさんも自分が勤めるよりもはるか以前の安全管理のずさんさは聞かされていたので、まさか・・・とは思いつつもどこか得心するところがあった。
なにより自分が働いている時も幾度もあの濡れた跡を目撃し、監視カメラにも映らない不可解な現象をどう考えても説明がつかなかったからだ。
先輩はさらに続ける。
先輩「ところで知っているか?何年か前にもあの駅の3番線で飛び降り自殺があって、その時仏さんが飛び降りた場所。最後に立っていたホームの所が水でぐっしょりと濡れていたんだよ。水を零したにしても可笑しな濡れ方をしていて、濡れた跡には鱗のような模様がついていたらしいぜ」
Eさんにも心当たりがあった。あの這ったような濡れた跡には明らかに魚か蛇の様な幾何学的な鱗のような跡がついていた。
最後に先輩はこう締めくくる
先輩「お前は幸せ者だよ、いまじゃホームドアが出来て、それからはあのS駅では人身事故0だろ?ホームドアさまさまだよ」
先輩はそう茶化して話を締めくくる。
たしかにEさんがあの駅に赴任してからは人身事故は0。
そういう意味ではホームドアが出来たおかげだと思える。
だがEさんにはもう一つ気がかりがあった。
何かが這ったように濡れた跡を目撃するよりもはるかに多く、ホームの白線の外側が一カ所だけやけに濡れているのを目撃する事があったのだ。
そしてそういう日に限って、改札に入った人間の数と出た人間の数が合わなかったらしい。
あの濡れた跡は何だったのか?
まさか本当に鱗をまとった上半身だけの幽霊が彷徨っているのだろうか?
今となってはそれを確認することは出来ない。
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