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コンビニエンス・ファイア



「いらっしゃいませー」

喉に焼き付いた常套句は、客を通り過ぎ開いた自動ドアの先の、カンカン照りで蒸し暑く、嫌味というほど青い空に放り出る。
結論から言えば、コンビニのバイトなんて最初から何も期待していない。
この、夏の正午の大都市集中熱線にやられたなら、何の用もない人間でも、いいや誰でも脊椎反射的にセンサーをくぐり、この空調パラダイスへと駆け込みたくなるだろう。したらばもちろん、1日における来客者母数は膨大な量になり、そうすれば当然、内訳内においてハズレと言われるような客ももちろん多くなる。

俺はこの仕事が向いていないのだと思う、心から。
どうにもそういう『ハズレ』を見ると、何故俺はこんなにも働いているのにこの野郎はとか、くそったれの下痢便野郎とか、誰も悪くないことすらおかしく思えて仕方ないほどに、必要以上にむかっ腹が立つのだ。
幸いなことに俺は大学生で、いわゆる非正規労働者、つまるとこバイトな訳で、今週中にでもトんでやろうと思う。店長も嫌いだし。

どさどさ

ぼっとしている内にカウンターに大量の商品が置かれる。

アイス、アイス、アイス、

花火、

コンドーム。

顔を上げると、目の前にはいかにもハズレそうなスキンヘッド、チンピラ風の男が立っていた。
顔には、両まぶたや鼻の頭、両方のこめかみに小さくてよくわからない刺青が彫ってあり、小さすぎるあまり潰れてしまったのか、なんだか黒ずんでおり、くぼんでるみたいに見え、その顔はまるでしゃれこうべ、ガイコツのようだ。
しかしアイスはともかく、花火とコンドームって。
十中八九今日は彼女か何かと夜まで遊んで、花火でムードを作りドームを使うって所か、って気色悪い。
これがいわゆるエモってやつかバカヤロウ、

俺はこの男に対して抱く憤慨を隠すのに必死だ。

無言でスマホをいじる男を前に、バーコードを読み取っていく。

130円、130円、180円。

1200円。

780円。

「合計1340円になります」

こちらを見向きもせず、ガイコツは財布をまさぐり出した。
くしゃくしゃと音を立てている。

「袋...「いらねぇよ」

遮られた、シンプルに。
あまりにも乱雑に取り出された一万円札が、奇跡的に小銭受けに乗る。その程度の知恵はあったようだ。

「ありがとうございましたー」

退店していく背中を見て、先程とは逆に俺は笑顔を隠している。

あいつの財布、一万円札が六、七枚ほど入っていた。見た目はそれほど金持ちそうじゃないし、 だからきっと、これから会うのは彼女じゃ無く、寂しさの埋め合わせのなんだろう。 しかし援交相手に手持ち花火って、今時流行らんだろう。もちろん俺はその界隈の流行など知るはずもないし、使ったことなどないけど。

それから何故だか客足はめっきり無くなり、暇なので品出しなども済ませてしまった俺は、休憩室でついうとうとし出していた。時間は午後二時、まあシフトの埋め合わせを店長に頼まれてなければ、いつもなら昼寝かマジ寝かの二択になっている所だし、たまの休みそれくらい許してほしいし、まあうとうと居眠りし出しても仕方がない事だろう。

そう思うと、別にいちいちコンビニの評判なんて利便性との天秤にかけた時に引き合いにすら上がらないだろとかなんとか、言い訳ばかりがぷわぷわ上がり、果たして目の前にある机に突っ伏して、入眠してしまった。



どがあああん


そんな音で気がついた。
顔をあげても少しの間ぼーっとしていたが、気を取り直し焦って時間を見た。 しかし、ものの五分も経っていなかったようで、胸を撫で下ろした。
そろそろ客の一人、いや一匹、一羽、なんでもいいが来てもおかしくないだろう。
というかワンオペなのに営業中に寝るという行為自体どうかしてるだろう。
一時の過ちを恥じ、頬を叩き、ちょっと怯んで、しかし気を引き締め、レジへと向かった。

窓の外は地獄だった。

そう表すしかなかったんだ。
アスファルトは溶け、ビルが崩れ落ち、辺り一面は炎の海、いやまさしくひとかたまりの大炎海となっており、火の粉がおびただしいほど舞っては、空は今にも蒸発してしまいそうな鋭い赤色に染まっている。

どこかで人の声がすると思っても、すぐに断末魔になり、そこかしこからじゃぶじゃぶと沸騰する音、果てには車道を分かつ木々がガスバーナーのように火柱を放っているのだ。

見るだけで煙カスになってしまいそうな光景だが、何故だか実際のところ暑さ、いや熱さを感じない。
まさかこれも大宗教教祖エアコン大明神様のおかげというのか。
いやしかし、この窓から見える大通りを見たところ、他のコンビニや喫茶店は窓から見たこともない勢いで黒煙を噴き出していた。

この状況で、ウチだけ無事だというのか?
なんで?

そんな景色に唖然、いや茫然、はたまた憮然、憮然は違うか、とにかく毅然としていると、景色の真ん中あたりに、人影がある事に気がつく。
ゆらゆらどころではない、まるで荒波のような陽炎の奥先に、ぽつりと炭のように黒い人影が、炎海をかき分けて歩いて来ている。



歩いて来ている?





近づいて来てない?


ばりいいんりん

弾丸のように弾け飛んできた人影が、窓ガラスに銃創の、蜘蛛の巣のような亀裂の稲妻を走らせ、衝撃音を伴いながら、雑誌棚を破壊しながら突っ込んできた。勢いから粉々になった破片は散弾銃のように舞い散り、レジにいた俺の腕や足にまで刺さった、痛い!

何が起きてる。

さらにひび割れた穴からは今まで感じていなかった怒涛なる熱波が流れ出ており、あまりの熱さに出来たばかりの生傷がひりひりとめくれるように痛む。痛い!痛い!

まさか、あの地獄の海に人がいて、そいつが飛び込んでこっちに飛び込んで、中島をエンドアップごと貫き、飛んでいったそれは、壁面の弁当コーナーを大きく歪ませて、止まった。

棚のフェイスアップは吹き飛び、クリンネリスなんてあったもんじゃない。

たった今生まれた目の前で生まれた瓦礫の山の中から、がららがらと人が立ち上がった。

昼間見たしゃれこうべの男だ。
しゃれこうべは、あたりを見回すとこちらに気が付き、足元の瓦礫を蹴飛ばしながら向かってくる。
そして両手を頭の上に掲げ、

だんっ

「ダメだった」

カウンターを強く叩いた。

言葉が出ない。

しゃれこうべは眼前で話を続ける。

「いや、18よ、やっとなったのよ18によ」
「あ、なったのは俺じゃなく彼女ね」
「ほら俺ってさ、妙にそーゆートコしっかりしてんじゃん?
だから今までだっておあずけだったワケ、えと、あっちのほうがさ」

状況がうまく整理できない。
この地獄の沙汰の中、この男はなぜこんなにも飄々としてこんなに楽しそうに話しているのだ。
ふと、喋りながら身振りをしていたしゃれこうべの指を見る。
骨だ。
指の、第二関節あたりから先までにかけて、まるでグラデーションのように骨がむき出しており、見るだけで自らのてを抑えたくなる。
その傷口は、炭化して黒く、つまるとこ肉は焼け落ちたのだ。

「俺がゴテーネーに待ってる間もさ、仲間たちはバージン卒業だったり、新宿で乱交パーティだったり1コールですぐ来る肉便器だったりなんだったり、めちゃくちゃ楽しんでるワケ、そりゃ楽しみだよな~俺も」

「ちょちょ、ちょっと待ってください!あなた、さっきから何の話してるんですか!?」

俺の疑問に対ししゃれこうべは驚いたようで、話を止め目を見開いた。
そして痛々しい指をこちらへ指す。

ぼう、という音とともに、俺の左肩が燃え始めた。

「ああああああ!!!!!!!!!!!!!!」

痛い!熱い!!痛い!!!!!
制服は一瞬で溶け、出来た傷口に染み込み、更に痛みを加速させる。
途端、その火は消えた。

「あんたは話だけ聞いててくれよ」

しゃれこうべはそう言った。

今、こいつがやったのか?
患部を見ると三角筋の原型は溶け、白い身を露わとし、いつぞやに見た被爆者の写真のような生々しい傷がそこにあった。
こいつの指、さっき一瞬炎に包まれていた。
パイロキネシス、ってやつか?
まさか、外の景色って、全部こいつがやったのか?
今でもジュクジュクと蒸発するような音が止まらない、しかし痛みも火と同時になくなっているのだから、更に恐ろしい。

「楽しみだったんだよ」

今まで楽しげだった語り草が、途端に代わる。

「それをあの女は!!!五年!!!!!五年待ったんだぞ!!!!!!!」

暴れる。棚がまた倒れる。

「この俺が、あいつのために若い青春を失ってまでずっとさびしんぼだったんだ!!!!それなのに今日になって『別れる』なんて言い出しやがってクソッたれ!!!!!!!!!!」

しゃれこうべは勢いよく頭を掻きむしりながらうつむくと、その反動からかしゃれこうべのから炎が飛び出す。
炎は店内を溶かしている。
俺はその様子を見ている。

「す、すみません」

「あ?あんたは聞いてるだけだって」

「奥の部屋で、もう少し詳しく聞かせてもらえませんか」



「────つまり、5年間付き合っていた彼女と初めてを過ごすつもりが、相手にすでにその気はなく、あげく今日の内に絶縁された、と?」

まだ燃えていない休憩室を勝手に借りて、故も知らぬ地獄からの使者を招き入れたことは、きっと店長も許してくれると思う。
俺は半ば刑事ドラマに見る取り調べのような形で向かい合い、しゃれこうべの話を聞いていた。

「はい、そうなんです、」

なんで泣いているんだこの男は。
鼻水をずるずるとすするのを見かね、卓上のボックスティッシュを手繰り寄せ促す。


「たしか彼女には、『あなたには失望した』、と言われたんですよね?」「で、でも俺そんなに悪いことォ、した覚えないんですよォ?ここ最近に限ってなら毎日会ってますし」

「そうかもしれません、ですが価値観の違いってのはあんまり嘗められないですからね。自分が良くても相手がどう思うか。案外なことでも、思い違いどころでは済まなかったりしますし、今回もきっとそうでしょう」

「そんな!じゃあ俺のこの気持ちはどうなるんです!?そんな簡単に片づけられちゃ収まんねぇっすよ!!!も、もう死ぬしか」

なんでまた後輩喋りなんだ。

「死ぬしかってあなた、それができないから町中に火を放ったんでしょう?」

図星のようで、垂れたこうべをさらにもたげる。
機転を利かせて話を聞くふりをして時間を稼いだのはいいが、ここからどうするべきか。

そういえば今日の昼、彼の財布を見たとき、小銭はなく一万円札が数枚しか入っていなかった。
しかも折りたたんだり寄れたりなどのしわもなくつまり、おろし立てという訳だ。
今日がデートの日だったわけで、そんな日におろし立てのピン札が十万近く。誰がどう見ても援助交際のそれだろう。
しかし毎日会ってたって、毎日十万貢いでたのか!?
それじゃ単純計算で月に三百万、年に三千六百万だぞ。
かなりの太客だろうそれは。
だが、しゃれこうべの、げっそりとした風貌からおそらくかなりの無理をしていることがわかる。
多分しゃれこうべのほうは本気で付き合っている気だぞ。

そう考えれば事は予想できて、おそらく彼女にはもう一人もう一回り上の大金持ち、太客がいたんだろう。それに明日が18の誕生日っていうんだ、
バージンを明け渡すなら、玉の輿的将来性の見込める相手のほうがいい。
だからしゃれこうべからはお金を絞れるだけ搾り取って、あとは大金持ちのほうに乗り換えようって話だろう。
そんなことが本当だとして、その推論を大量殺人鬼に打ち明けられるほどの強心臓、俺は持ち合わせがないのだが。

つまり、この場は何とか、しゃれこうべが納得するように理由付けするしかないのだ。そのためにはさらに情報が欲しい。

「何か、原因とか、話してませんでしたか?」
「逃げられちゃって、聞けませんでした。LINEもブロックされたし」

終わった。
しかししゃれこうべ、この男、なかなかかわいそうじゃないか?
騙されて多分借金までさせられて、あげく理由も語らず自分の人格を否定され、自分の青春五年ぶんまでふんだくられるとは、ちょっとした次郎冠者である。素行はどうあれ、今回に関してはしゃれこうべは明らかな被害者だ。
何だか俺もムカついてきた。

「顔がよかったから五年耐えました、耐えましたケド、今は燃えっカスにしてやりたい気分ですよ」

マジでやりかねん。


「うむむ」

数分思案したのだが、どうにも思いつかないまま、沈黙が流れていく。
こうしている間にも外は焼け野原だと思うと、なんだか不思議だな。
いつぞやに見た映画を思い出した。
太陽が光を投げかけなくなった時、地球とは距離があるから我々は8分間はそのことに気が付けないらしい。
もし今日、あのままこの休憩室で寝ていたら、気づかないまま普段までの一日を過ごしてたんだろうか。

なんだか、すこし寂しく思った。

めらめらめらめら。

ふとしゃれこうべを見ると、体全体がじわじわと燃えだし、その表情は憤怒一色であった。

「……………….な、なんですか」

「あなた、いや、テメー、解決してくれるって言ってくれたからノコノコこの俺がここまでついてきたのに、何にも喋んねーじゃねぇか、」

じわじわ、からぼうぼうに変わり、座っている椅子は形を変え始めている。
俺は今思案している。
『これ』を、このしゃれこうべに打ち明けることが仮にできても、成功する確率は途方にも見えない。
しかし、しびれを切らしかけのしゃれこうべを落ち着かせる方法だって、思いついたとして命の保障はない。

こちらに向けられたしゃれこうべの指、いや骨先からはいつか見たメタンハイドレートのそれのように火炎を吹き出し始めている。

俺は死ぬ、それがすぐそこに立っている。
廊下が見える、昔の。
俺は歯を食いしばった。

ええい、どちらにせよ死ぬくらいなら…

「落ち着いて聞いてください…」


しゃれこうべの活躍から、日本では銃の所持が当たり前になった。
そりゃあんな力で日本中の金持ちを襲撃し始めるのだから、恐怖の象徴として悪名を轟かせてもなんら不思議ではないだろう。

首謀者になった身としては、やってしまったとは思っている。
俺一人の命のために日本経済に大打撃を与えてしまったのだから。
そして金持ちを殺せば、その女は自分のところにやってくるとしゃれこうべに吹き込んだのはほかでもなく自分なのだから。

どうやら噂によると、しゃれこうべと同じような力をもったやつらが密かに集結し、しゃれこうべを倒そうとしているとかなんとか聞くが、それが本当なら、早く倒してくれることを望んでいる。

何故なら、しゃれこうべのことで一躍有名、金持ちになった俺には、妻と息子がおり、ほかでもないその妻こそがしゃれこうべの女だったからだ。


空調の効いたリムジンの中で、もう何度も語った内容を記者に伝える。

「幸せの絶頂にいるよ、俺は」




そんな窓の外は、すでに灼熱の海になっていることを、涼しい車内では誰一人気が付かなかった。


まだ中学生です