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感想 | ほりそう

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世の中の「もの」「こと」に関して、感じたこと / 想ったことを綴ります。
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記事一覧

「異人たちとの夏」は、どうかしてた。

40歳過ぎの脚本家が、幼少期に事故で失った両親と再会する物語。楽しい日々を送るも、主人公の…

“持てる者”へ厳しい眼差し(葉真中顕『ロスト・ケア』を読んで)

2023年に映画化もされた、葉真中顕の『ロスト・ケア』。 べらぼうに面白く、そして哀しく、一…

逃げるは恥じゃない。(菅野久美子『母を捨てる』を読んで)

4月上旬、衆議院議員の谷川とむ氏の「ドメスティックバイオレンスや虐待がない限り、離婚しづ…

クマーがコカインをキメたら。(映画「コカイン・ベア」を観て)

ある日、熊がひょんなことからコカインを摂取したら。 そんな非現実な設定の映画は、なんと実…

愛の正体、美しさの言語化。(最果タヒ『落雷はすべてキス』を読んで)

1986年生まれの若き詩人。2004年にインターネット上で詩作を披露し、今に至るまでたくさんの詩…

不安や恐怖が、健全さを伴わないとき(映画「ボーはおそれている」を観て)

ホアキン・フェニックス演じる主人公ボウが抱える不安や恐怖。幻想世界の中で投影され、摩訶不…

子どもにとっての罪の意識は、グラデーションである。(映画「イノセンツ」を観て)

「わたしは最悪。」の脚本を務めたエスキル・フォクトによるスリラー作品。特殊能力を持つ子どもたちによって、大人の喧騒の間隙を縫って繰り広げられる無邪気で残酷な夏休み。 「イノセンツ」 (監督:エスキル・フォクト、2021年) ── 自閉症の姉の靴の中にガラス片を入れたり、野良猫を高いところから落下させたり。友達の少ない者同士が、些細なことで楽しみを共有していたものの、「やり過ぎ」の行為にドン引きし、やがて溝が埋められずに対立してしまうというお話。 スリラー映画の設定とし

優しすぎた清原。(鈴木忠平『虚空の人〜清原和博を巡る旅〜』を読んで)

プロ野球選手として活躍していた頃の清原和博は、僕にとって“傲慢”な人のように映っていた。…

確かな一人称小説、そしてクイズの深淵さを描く。(小川哲『君のクイズ』を読んで)

『地図と拳』で注目を集めた小川哲が、「クイズ」をテーマに著した中編小説。「クイズ」という…

SOLER原則で寄り添う。

四半期〜半年を目処に、何でもいいから「育児本」を読むようにしている。 科学的な根拠が疑わ…

おもろい高校がないように、おもろいスナックもない

2011年に芸能界を引退した島田紳助さんは、とことん「発信」する側の人間だった。 お笑い芸人…

弱さの許容ライン。(島本理生『憐憫』を読んで)

1時間で読める不倫小説。 不憫に思うこと、憐れむ気持ちを表した「憐憫」という言葉に、小説…

挑戦者ではなく、挑発者として(レイ・ブラッドベリの作家姿勢)

『華氏451度』で知られるレイ・ブラッドベリの最高傑作とされる、1950年刊行の『火星年代記』…

砂に抗えるか。(安部公房『砂の女』を読んで)

久しぶりに安部公房『砂の女』を読んだ。 砂丘へ昆虫採集に出掛けた学校教師・仁木順平が、砂まみれの村に軟禁されてしまう物語。1962年に刊行され、「自由とは何か?」「何のために生きるのか?」といった普遍的なテーマが、“現実にはあり得ない”ような寓話小説として描かれた作品だ。20数か国語に翻訳された安部公房の代表作だ。 物語はほとんど、男自身の葛藤と、男と女のやり取りのみで構成されている。砂の穴奥深くに幽閉された主人公(男)が、どうかにして脱走を試みる。「一晩だけ宿を借りただ