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山上徹也という迷宮〈不可解な刺客の「意識の変容」〉歴史ノンフィクション作家・堀 雅昭

令和4(2022)年7月8日のお昼前に、安倍晋三元首相は、奈良市の近鉄・大和西大寺駅の北口近くの交差点で、手製の銃で暗殺された。
 
狙撃犯は同市在住の元海上自衛隊員の山上徹也容疑者、41歳である。
 
狙撃の風景は何パターンかのYouTubeで流れてきた。
私が何度も繰り返し見たのは、安倍さんがほぼ正面から映った映像だった。
 
安倍さんは奈良選挙区の自民現職の佐藤啓さんを応援していた。
「彼は、できない理由を考えるのではなく…」
次の瞬間、爆音と共に白煙が立ち上った。
観衆は何が起きたのかわからず、「おおー」という声が漏れただけだ。
安倍さんの動きが一瞬止まり、「何事か」という顔つきで、後ろを振り返る。
そして3秒後、再び大きな爆音とともに白煙があがり、安倍さんが前に倒れこんだのだ。
このときはじめて観衆たちが騒ぎ出し、周囲の人たちが駆け寄っていった。
背後から狙撃した山上容疑者は、すぐに取り押さえられた。

捕らえられる山上容疑者(2022年7月9日『朝日新聞』(朝刊・画像加工)

安倍さんは2発目で被弾したことが、亡くなったことが後で明らかとなる。
 
後の話になるが、1発目の銃声の直後に、後ろを振り返った安倍さんの右襟部分が激しく揺れ動き、すぐに2発目の銃声がしたことで、ネットがざわつき始めていた。
夕方のテレビで、奈良県立医科大学病院の死亡記者会見があり、銃創が前の右首と、前側の肩についていたと発表されたことで、後ろから撃たれたはずなのに、どうして体の前側に銃創があるのかと、疑問の声があがっていたのだ。
 
確かに不思議なことではある。
別に狙撃犯がいて、近くビルの上から撃ったのではないかとか、アメリカのケネディー大統領の暗殺時のように、近くのSPが消音銃で撃ったのではないかと、勝手なことをネットで語る人たちが現れた。
 
なるほど、ミステリーじみて面白くはあった。だが、おそらくは音速が光より遅いため、襟の動きは2発目の銃弾のものと私は思った。音が後からついてきたのだと。
 
一方で、新聞やテレビではその手の話題はなく、「テロは決して許されない」とか、「暴力は民主主義の敵」とか、ステレオタイプの大合唱がはじまっていた。
 
誰もが最初は、山上容疑者が安倍さんの政治姿勢に暴力で訴えたのだと考えていたから、当然だろう。
ところが、山上容疑者のおどろくべき自供が始まるのだ。
 
なんと、父親の死から家庭の不幸がはじまり、そのことで母親が統一教会にのめりこみ、1億円以上を教会に吸い上げられたことで家族が崩壊。山上氏は進学を断念し(同志社大学に合格したが入学していなかったそうだ)、最後は職さえ失ったことで自暴自棄となったらしい。ところが朝鮮にいる教団幹部を誅殺することは困難なので、広告塔になっていた安倍さんに照準を変え、暗殺に及んでいたわけである。
 
安倍さんは統一教会幹部の代用として殺された、ということになる。

狙撃された安倍元首相(2022年7月8日『毎日新聞』夕刊)

こんなバカな話もあるまい。
皆あっけに取られていた。
事実なら、政治テロでさえなく、私怨の果てとみるべきだろう。
 
その割には、山上容疑者は準備周到だった。
奈良で安倍さんを暗殺する前日、安倍さんの岡山遊説を狙うため、同じく自作の銃を携帯して、わざわざ岡山まで訪ねていた。ただし、このときは警備が厳しく、狙撃できなかったらしい。

 そんな岡山行きの直前に、山上氏はカルト教団に関しての著作がある島根県松江市在住のルポライター・米本和広氏に、丁寧にも暗殺決行を告げる書簡を書き送っていた。その事実が7月17日のニュースで明かにされた。共同通信が公開した手紙の全文が以下であった。

山上徹也氏が米本氏に宛てた暗殺私信(共同通信が利和4年7月17日に公開)

この手紙で山上氏が、「貴殿のブログ」に「喉から手が出るほど銃が欲しい」と書いていたと綴っていたので、私は山上氏のTwitterアカウントを探し、silent hill333であったことを知った(7月19日にはTwitter社により凍結され、現在は山上氏のtweetは閲覧できない)。

山上徹也氏の「喉から手が出るほど銃が欲しい」発言

なるほど犯行前の山上氏の心情を、私は読み取ることができた。

確かに、山上氏は半年余り前の令和3(2021)年12月16日には、「復讐は己でやってこそ意味がある」と語り、「私も喉から手が出るほど銃が欲しい」とつづけていたのだ。その前には、統一教会がヒトラーやスターリンに匹敵する「人類に対する罪レベル」の存在であるとも書いている。家族を崩壊させ、自らの人生を破壊した統一教会を心底憎んでいたことは間違いない。

とはいえ、さらに興味深く感じたのは、山上氏が事件を起こす3か月余り前の、すなわち令和4(2022)年3月23日に書いていた次の一文であった。

山上徹也のtweet(2022年3月23日。現在は凍結中)

このtweetは、ロシアのウクライナ侵攻が始まった直後のものである。

ロシア軍から奪った戦車の上に立つウクライナ兵=2022年3月27日、キエフ郊外(ロイター=共同)

弁護士の渡辺輝人氏が、ロシアの暴挙が、安倍さんのロシア外交の結果と批判したことに対して、山上氏は立腹し、「下らないねえ」と吐き捨てていたのである。しかも、「安倍の味方する気もないが」と述べたうえで、実際は安倍さんの姿勢に賛同さえしていた。
 
事件前の山上氏は政治的には安倍さんを憎むどころか、安倍さんに近かったのだ。7月19日に「SPA!」が「山上容疑者の全ツイートに衝撃。ネトウヨで“安倍シンパ”、41歳の絶望」と題して、「事件当初、〈“サヨク”の安倍叩きに影響された犯行〉と言う識者がいたが、これは全く的外れだった。山上容疑者はむしろ、“反サヨク”である」と書いたのも、そういう背景からだった。
 
実際、このtweetから僅か3か月余り後に、安倍さんを暗殺したのだから、まさに不可解だらけなのだ。
 
実をいえば、政権を降りる前の安倍さんは、身内の保守層からも顰蹙をかっていた。なかでも平成31(令和元)年4月に施行された改正出入国管理法、すなわち「移民法案」をめぐっては、令和2(2020)年9月に総理大臣の座を降りるまで燻り続けていた。
 

山口県の県政資料館に掲げられた安倍さんの「総理連続在職日数歴代最長達成」の垂れ幕(平成26年11月3日 筆者撮影)


安倍さんの晩年は、保守とは名ばかりのグローバリズムに彩られた新自由主義の実践者であり、その取り巻きまで含めて、「偽装保守」と陰で噂する面々も多くいた。このため第1次政権を含む首相の通算在任日数3188日が「憲政史上最長」といわれながらも、目に見えるレガシーなきままの引退になっていたことは否めなかった。
 
安倍さんのレガシーを求める安倍信者たちは、再度の首相登壇を口にするまでになっていた。
 
そんな空虚な安倍さんに、暗殺という非合法手段ではあるが、山上氏は確実に神になる道を与えたようにも見える。暗殺されることで、安倍さんは名最相になったともいえよう。
 
その意味では、人生の終わり方を見失った安倍さんに、明確な名誉を与える義挙が、今回の暗殺事件だったともいえなくはない。暗殺は美しい死だ。しかも山上氏も、歴史に名を残すことができたのである。そう考えるなら、今回の惨事を安倍さんがもっとも喜んでいる気もする。実際、損をした人間は一人もいなかったのだから。

令和4年7月12日 増上寺を出る安倍元首相の棺(当日のNHKニュースより)

だからこそ、暗殺から2週間を待たずして、安倍さんは国葬になると決まったのではないか。テロがなければ、そこまで至ったかどうかは疑わしい。
 
民俗学的な見方では、山上氏は「王殺し」を成功させた行為者である。
メディアが言論では成しえなかった義挙が、逆光のごとく浮かび上がったのだ。


中国では、早くも事件直後に山上氏がアニメ化され、なぜか盛り上がっている。

中国でアニメ化された山上徹也(出典:i.imgur.com)


山上氏の義挙による「王殺し」は犠牲者を神となす国葬を用意し、一連の神事は完結される。
そして社会は大きく動き始めるというのでもあろうか…・
果たして山上氏とは、何者だったのか?


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