「ディープな維新史」シリーズⅦ 癒しのテロリスト❷ 歴史ノンフィクション作家 堀雅昭
宮城彦助
山口県文書館で『忠節事蹟 参』を読んでいて、八組士の「宮城彦助」の説明に目がとまった。
文久3(1863)年2月6日に萩で自刃した「長井時庸」こと公武合体派の長井雅楽の一派に通じ、尊皇攘夷を妨害していた「某僧」に「御楯」こと宮城彦助が憤り、「某僧」を斬り殺したというのだ。
ある夜、宮城彦助が「某僧」のいる寺の門を叩き、藩主・毛利敬親が急用なので来るよう命じられので、自分が同伴するので一緒に向かおうと誘い出したのである。そこで僧侶が装束姿で出てきたところを、宮城がいきなり刀で切りつけ、僧侶を殺したのだ。しかも罪状まで書いて、道端でさらし首にしたという。
私はその一文を見つけて、「ああ、これか」とひとりごちた。
同じ話は『維新功労者履歴 三』(山口県文書館蔵)にも出てくる。
以前に見ていた「尊攘日記」(『山口県市史 史料編 近世2』)の文久3(1863)年「四月廿二日」にもやはり出ていた話であった。
そこには宮城が手を下した相手について、「常栄寺溟西堂於寺門外切殺され居候段」と具体的な内容がわかるタイトルがつけられていた。
斬り殺されたのは、山口の常栄寺13世の祖溟(そめい)和尚だったのだ。
長井雅楽の自刃後、長州藩は尊王攘夷派が巻き返しをはかっていた。
彼らは藩主・毛利敬親を山口に移動させ、討幕に向けた秘密の城「山口城」の建設にとりかかるのだ。
普請総奉行(工事総責任者)は後に禁門の変で自刃する福原越後であった。
宮城による祖溟和尚の暗殺は、実に萩藩から山口藩に変わる山口移鎮(やまぐちいちん)のタイミングで起きた社会改良運動であったのだ。
実は藩庁が萩から山口に移ることで、文久3年9月には山口の常栄寺が社地を提供して萩から菩提寺の洞春寺も移転されている。だが、祖溟和尚が殺された4月は、未だ常栄寺のときであった。
したがって斬殺現場は、現在の山口市水の上町に位置する洞春寺の門前である。
面白いことに「尊攘日記」には殺害理由が「高嶺之御神罰」と記されていた。山口大神宮の神罰で殺されたというのだ。
朝廷と結んで幕府存続をはかる公武合体論「航海遠略策(こうかいえんりゃくさく)」を書いた長井雅楽とつながる祖溟和尚の暗殺は、幕藩体制を支えていた仏教勢力への正面からの対決だった。
慶応3(1867)年12月9日に渙発された王政復古の大号令は、「諸事 神武創業之始ニ原キ」(『法令全書・慶応3年』)と、声高にうたった。明治維新の目的は神武天皇の肇(はじめ)に戻ることだったのだ。
宮内庁所蔵の『明治天皇紀附図』には、洋画家・五姓田芳柳が描いた「王政復古」の絵が見える。王政復古の大号令による大政奉還により、徳川慶喜の扱いを話し合う小御所会議の風景だ。
その大革命の端緒が王政復古の大号令より、5年近くも前の山口藩で、露呈していたことになろう。
神祇官再興が布告されたのは戊辰戦争期の慶応4(明治元)年3月13日である。
これは、神祇事務局輔の津和野藩主の亀井玆監(かめいこれみ)と津和野藩士で神祇事務局権判事だった福羽美静(ふくばよししず)が17日に神社から僧侶や社僧を排除する仏分離令(神仏判然令)を出す伏線であった。
2度目の神仏分離令は28日に出され、神社境内に仏像を置くことが禁止された。また、神社の神官を神祇官に直属させ、社僧を禁じて還俗させた。それは徳川体制を支えた仏教から、幕藩体制から排除されていた神道をクローズアップさせる新しい国づくりの指針といえた。
国家は神道の祓いの力をフルに活用して、ファナティックに改造されていくのだ。
こうした新国家建設プランを長州藩で最初に表面化させたのが、後に靖国神社の初代宮司になった青山清(青山上総介)をはじめ、天野小太郎、三戸詮蔵、佐甲但馬、世良孫槌ら5名の長州藩国学メンバーだった。実に宮城による祖溟和尚の暗殺から3か月が過ぎた文久3年7月に、青山たちは「神祇道建白書」(山口県文書館蔵)を書きあげていたのだ。
このことは「ディープな維新史」Ⅷ「討幕の招魂社史❽」の「反〈徳川〉運動としての国家神道」で取り上げた。
すなわち、「神祇道建白書」には、「神祇官(じんぎかん)、太政官(だじょうかん)の古制に御傚(おんなら)ひ、是迄(これまで)の寺社所を廃止し」と明記されていたのである。
これを藩政府に訴え、京都に上って実際に神道復興工作に取り掛かるという具合であった。
幕藩制度を支える儒仏体制(儒教と仏教の体制)の執行機関たる寺社所を廃止し、古制にならった神祇所(しんぎしょ)を立ち上げるためであった。
当然ながら、幕府は黙っているわけはない。
それから1か月後に京都から長州藩尊皇攘夷派を一掃する事件が起きる。世にいう八・一八政変だ。これが七卿落ちであり、時代は更なる混沌を用意するのである。
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