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叔父さん、右翼で陰謀論者

 昔はあんな人じゃなかった気がするんだけど……。
 コロナとともに流行していた諸々の陰謀論を叔父さんが口にしたときはギョッとした。「コロナは風邪だ」なんて自信満々に言う人はネット上の存在だと思っていたから。実際に目の当たりにしてみると、怖かった。例え正論であっても引くほど力説されると怖いものなのに、ましてや根拠のない陰謀論だと尚更。
 別の人になっちゃったな。
 人間は変化するものだとわかっていたし、村田沙耶香の小説を読んでいると「普通」なんて幻想に過ぎないと言うことはよくわかっている気でいたけど、私が大好きだった優しいけど不器用な叔父さんがどこかに行ってしまったようで、その日の晩は寝ようとしても何度も涙が邪魔をしてきた。
 右翼化もすごい。元々関心があったのだろうけど、曝け出すようなことはしなかった。おそらく陰謀論を話す時の、あの快楽に、脳がやられてしまったのだろう。 
 私が大江健三郎(初期)や川端康成の小説の話をしていると、すぐにその人たちが右翼だ右翼だと言う。他にも好きなアーティストは椎名林檎だと言うと
「俺のこと右翼やって言って嫌ってるのに椎名林檎は好きなんやな」
とか平然と言ってくる。もう、ポカーンである。最初は色々言い返していたけど、もう最近は相手にすらする気にならない。
 悲しいかな、もの別れである。あの頃の叔父さんよ、さようなら。
 そう思っていた先日。私が夜遅くにパソコンを使っていると、叔父さんが
「コンビニ行くけど何かいる?」
と聞いてきた。正直顔を見たくも話したくもないけど、無視するのも……と迷って
「じゃあ、カップに入ってるコーヒー」
と返した。
 叔父さんが出発したすぐ後に私はお風呂に入った。髪を洗っていると脱衣所のドアが開き「買ってきたから置いとくな」の声。「ありがと〜」と返事して、それ以上会話が続かなかったことに少し安堵しながらリビングに戻った。
 閉じられたパソコンの側には、グランデサイズのカフェオレとチータラがちょこんと置かれていた。普通のサイズではなく、グランデ。頼んでいなかったチータラ。姪っ子への愛情が爆発していると思った。でも、カフェオレにチータラは、相性悪くないか?
 でもすぐわかった。きっと、私が以前喜んで食べていたから買ってきたんだろう。相性とかそんなことまでは気が利かなかったんだ。
 グランデサイズのカフェオレとチータラ。
 なんとなく、昔の叔父さんが帰ってきた気がした。

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