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"マイ"サッカー本大賞2020 サッカーのある日常、取り巻く社会、刻まれる歴史

4月1日、カンゼンが主宰するサッカー本大賞2020の受賞作が発表された。

サッカー本大賞は、OWL magazineにとって浅からぬ縁がある。2015年に中村慎太郎『サポーターをめぐる冒険』が、2017年に宇都宮徹壱『サッカーおくのほそ道』が、それぞれ大賞に選ばれた。

僕自身は完全に「読者」側だ。しかし、サッカーも、本を読むのも好きなので、今回は僭越ながら、"マイ”サッカー本大賞2020の発表と選評をお届けしたいと思う。

この記事は「旅とサッカー」をコンセプトとしたウェブ雑誌OWL magazineのコンテンツです。OWL magazineでは、多彩な執筆陣による、アツい・面白い・ためになる記事を、月額700円で月15本程度読むことができます。

僕の書棚とサッカー本大賞

サッカー本大賞は2014年に創設されたが、僕がこの賞の存在を知ったのは2015年のことだ。『サポーターをめぐる冒険』がきっかけだった。

当時は(今もだが)一介の浦和レッズサポーター。中村との面識もなかったが、この賞をきっかけに「サッカー本」というジャンルを明確に認識したように思う。

試みに、僕の書棚の中にある、過去のノミネート作品をリストにしてみた(2014年2016年は該当作品なし)。

2015年
▼中村慎太郎『サポーターをめぐる冒険 Jリーグを初観戦した結果、思わぬことになった』(ころから)
▼クリス・アンダーゼン、デイビッド・サリー(児島修 訳)『サッカーデータ革命 ロングボールは時代遅れか』(辰巳出版)
▼ヘンリー・ウィンター(山中忍 訳)『フットボールのない週末なんて ヘンリー・ウィンターが案内するイングランドの日常』(ソル・メディア)
▼陣野俊史『サッカーと人種差別』(文藝春秋)

2017年
▼清義明『サッカーと愛国』(イースト・プレス)

2018年

▼後藤健生『世界スタジアム物語 競技場の誕生と紡がれる記憶』(ミネルヴァ書房)
▼片野道郎『それでも世界はサッカーとともに回り続ける 「プラネット・フットボール」の不都合な真実』(河出書房新社)

2019年

▼津村記久子『ディス・イズ・ザ・デイ』(朝日新聞出版)
▼長束恭行『東欧サッカークロニクル モザイク国家に渦巻くサッカーの熱源を求めて』(カンゼン)

こうして並べてみると、随分と偏りがあることに気づく。

まず、「ピッチの中」に関するものがほとんどない。唯一あるのが『サッカーデータ革命』だが、これも変わり種の部類に入るだろう。もちろんサッカーというスポーツに魅せられているので、ピッチの中で起きていることにも興味は当然ある。しかし、「サッカー本」となると、戦術系などに手を伸ばすことはあまり多くはない(読んでいない訳ではない)。

僕の嗜好を分析すると、大きく2つに分けられそうだ。

1つ目のカテゴリーは、国内外のサッカーのある日常を綴った作品たち。

『サポーターをめぐる冒険』をはじめ、『フットボールのない週末なんて』『東欧サッカークロニクル』。フィクションだけれども、『ディス・イズ・ザ・デイ』もここに含めたい。

これらの作品では、主役は選手とは限らない。サポーターをはじめとする、周囲の人々が物語の中心にいることもしばしばだ。しかし、それが愉快で、胸を打たれ、時に涙を誘われる。『東欧サッカークロニクル』に出てくる、"BBB"(ディナモ・ザグレブのサポーターグループ)の沿ドニエストル遠征などは、最高に痛快だ。

もう1つのカテゴリーは、サッカーを取り巻く社会の情勢

『サッカーと人種差別』『サッカーと愛国』は、決して軽くないテーマだが、浦和レッズにとっては重要なもの。2014年、浦和レッズは、人種差別的な横断幕を掲出したことで、Jリーグ史上初の無観客試合という苦い経験をしている。僕自身は当時欧州に駐在していたので、事件前後の国内の空気感は体感していない。しかし、アジアや世界を掲げるクラブのサポーターのひとりとして、今一度考えたいと思い、手に取った。

『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』は、サッカー界における資本と市場のグローバル化を扱った、ジャーナリスティックな一冊。2017年末に刊行されたが、年明けのキャンプ中に、ACL優勝の立役者ラファエル・シルバが急遽中国2部の武漢に移籍。移籍金を満額支払い、ラファ本人の年俸も倍という断ることのできないオファーだった。これがプラネット・フットボールかと、痛感させられた。

『世界スタジアム物語』は、近年話題に上ることが増えているスタジアム問題を、歴史と社会の視点から論じている。柔らかなタイトルとは裏腹に、学術書といっても過言ではない硬派な内容(版元もミネルヴァ書房)で、読み手には気力と集中力と少々の覚悟とが求められる。

"マイ"サッカー本大賞2020

今年のノミネート作品は11作品。残念ながら、全ての作品を読んでいるわけではなく、選考委員のような評価はできない。

したがって、"マイ"サッカー本大賞は、読んだ上での評価というよりも、読みたいと思った本、僕の食指が動いた本だと思ってもらえれば幸いだ。

前置きはこれくらいにして、早速発表しよう。

2020年、"マイ"サッカー本大賞は、


豊福晋『欧州 旅するフットボール』(双葉社)!!


大方予想がついていたかもしれないが、僕の好みにぴったりの、素敵な作品だ。本家の大賞とも被ってしまったが、こればかりは仕方がない。

時折書店でサッカー本を眺めるので、この本の存在は結構前から知っていた。

しかし、実際に購入したのはごく最近のことだ。

現在、本の一部がスポーツナビに連載されており、その第1回を読んだことがきっかけだった。

この記事を昼休みに読んで、震えた。

なんて美しい文章を紡ぐのだろう!

鮮やかで、爽やかな読後感。

訪れたこともないのに、南イタリアの景色が目に浮かぶよう。

にわかに、原著への興味が湧き上がった。

帰り際に書店に立ち寄り、スポーツのコーナーでお目当てを見つける。

まず何よりも、装丁が素晴らしい。隣にあった、旅のコーナーに並んでいても全く不思議ではない。

仄かに色味があり、粗い質感の紙質。それでいて軽量。バランスも絶妙だ。

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帯の推薦文は、サッカー好きにはお馴染みの倉敷保雄さん。

情景の切り取り方が
イニエスタのパスのように美しい
こんな旅の経験は
誰かに話したくなる

あの耳に心地よい声が脳内で再生され、気がつくとレジに並んでいた。

その距離をつなぐもの

「食べて、飲んで、観る。」というコピーからもわかるように、本書のみどころのひとつは食。スペインやイタリアの美食の数々が、イングランドのパブやドイツのビアホールが、余すところなく紹介されている。お店の名前も記してくれているので、ガイドブックとして持っていても良い

また、ルイ・コスタとの10番論議や、バルセロナ第3のクラブ・エウロパの物語など、ユニークな切り口も目を引く。

しかし、僕が感じた最大の魅力は、異国の日常に溶け込む日本人選手たち。「イニエスタのパスのように美しい」文章の中に、馴染みのある選手が登場することで、遠い異国がぐっと近づいてくる。

2012年5月のベルリンでのドイツ杯決勝―香川の活躍でドルトムントがバイエルン・ミュンヘンを破った―を綴った「その距離をつなぐもの」には、こんな記述がある。

彼らにとって、日本とは遠い異国にしかすぎない。行ったことがない人がほとんどだろう。しかしピッチの中で躍動する日本人選手の背中を介して、その人と極東の島国は繋がっている。(本書171頁)

本書にも同じことが言える。異国の日常に溶け込んだ日本人選手を介して、バスクと、カラブリアと、ゲルゼンキルヘンと、僕らは繋がることができる。

レジェンドが生まれるところ

8割ほど読み進めたところに、「レジェンドが生まれるところ」と題する一編がある。

物語の舞台は、スコットランド・グラスゴー。

名門セルティックの歴史を彩った男・中村俊輔と、グラスゴーの人々が織りなす情景を、中村の代名詞であるフリーキックをモチーフに描き出している。

ここが本書の白眉であろう。

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