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遺言

7年前、父が倒れた。

くも膜下出血だった。

手術した箇所としては後遺症が残る場所ではなかったそうだが、

まだ若かったせいで脳がパンパンになってしまい、

そのダメージでもう目覚めることはないだろうと言われた。

それを聞いた自分は、隠れてひとしきり泣いた後、やけにドライになっていた。

寂しいとかつらいとか、そういう感情は不思議とわいてこなかった。

それから10日もしないうちに、父は旅立った。

旅立つまでの間に、多くの方々がお見舞いに来てくださった。

初対面の方は、ほとんどの方が「お父さんにそっくりだね」と言っていた。

そんなに似ているだろうか?

身長は俺のほうが高いし、体は俺のほうが細い気がするんだけど…。

お通夜にも、多くの方々が来てくださった。

読経が終わっても、お焼香が全然終わらなかった。

葬儀場の方によると、600人くらいの方が来ていたらしい。

それだけ多くの方に慕われていた人が父親だったというのが、自分にとっては誇りとなっている。

喪主は祖父がなったが、出棺の時は「長男だから」ということで、俺がしゃべることとなった。

「自分にはまだ力も覚悟もないが、父のためにもこの家族を守っていきたい」といったようなことを話した記憶がある。

カッコつけたことを言ったくせに、そんなことはかけらもできていないのだが。

葬儀が終わってから数日後、父が夢の中に出てきたことがある。

ベッドに横たわったまま目を開けると、父が一言

「お前は俺よりも生きろ。」と言ってきた。

そこで目が覚めて、目の前には見慣れた天井が広がっていた。

それからも父が夢に出てくることは何度かあったが、

明確にメッセージを伝えてきたのは、その1回だけだった。

しんみりするのが嫌で家族には言っていないし、

家族からそういうことがあったというのも聞いていない。

もしかしたら、メッセージを伝えられたのは自分だけなのだろうか。

死んだ後も俺のことが心配だったのだろうか。

それとも「長男だから」と頼りにされたのだろうか。

後者であってくれればいいのだけれど。

自分としては、「俺よりも生きろ」というのは父からの遺言と思っている。

家族を幸せにする自信は正直ない。

だけど、父よりも少しでも長生きすること。

それならできそうな気がする。

そして、父よりも長く生きる中で、新しい家族を作り、ともに生きていくこと。

それが父に対する恩返しになるのかな。

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