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『未知を放つ』対談シリーズ vol.1

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『未知を放つ』の5つのテーマ「婚活」「家族」「終活」「分断」「生活」。

 著者のしいねはるかさん(写真左)と一緒に、他者との対話を通じてそれぞれのテーマを深堀りしていく『未知を放つ』対談シリーズをスタートします。

『未知を放つ』を読まれた方も、読まれていない方も、何かを知り何かを考えるキッカケにしていただければ幸いです。

 第1回目のテーマは「家族(介護)」

 介護の資格を保有しているしいねさん。『未知を放つ』の第2章では、レビー小体型認知症になった父親の介護をされた経験が綴られています。介護に対する固定観念から自由になって、自分なりの介護の在り方を模索していく様子は、介護未経験の自分にとって新鮮で「これなら自分にもできるかも」と勇気や希望をもらえる内容でもありました。

 対談のお相手は『かいごマガジン そこここ』の発行人、一条道さん(写真右)。母親の介護をしながら、介護をしている人々への取材をおこない、ZINEを作られました。『暮しの手帖 2020年6-7月号』では、10ページの介護特集記事「等身大の介護」も担当され、家族を介護することについて、様々な形で発信をされています。

 そんなお2人に『未知を放つ』を通して介護について、家族について対談をしていただきました。
(取材・文/地下BOOKS)

自分をさらけ出している。それがすごいなと思った

---しいねさんはどこで『そこここ』を知ったのですか?

しいね:福島にあるGo Go Round This World!Books&Cafeさん。ちょうど、お父さんの介護で福島に帰っていたころに友達が「すごくすてきな雑誌を見つけたの!」と紹介してくれて、買って読んで感動して、すぐ一条さんに連絡したんです。介護で福島に帰っていなければ『そこここ』に出会わなかった。

---お2人とも家族の介護をされていて、その経験を文章にして発表されているのが共通点です。

一条:『暮しの手帖』の介護特集では自分の経験のことを書きましたが、自分の作る雑誌では書いていません。反対にしいねさんは『未知を放つ』の中で自分をがっつりだしてさらけ出してる。それがすごいなと思いました。「自分の遺伝子に自信がない」とは、人ってあんまり言わないけど、すごくよく分かる。

自分の遺伝子には全く自信がない。自信がないことに自信があります! という、どうしようもない気持ち。母は気持ちのバランスを崩すと「あなたさえ産まなければ。いなければよかったのに」と、口にした。もしもわたしが子供を産んだとしたら、わたしにも母の遺伝子が入っている。自分も子供に同じことをしてしまうかもしれない。そう思うと、ぞっとした。(『未知を放つ』P.35)

一条:私の母は精神の病気もあるので「遺伝が恐い」って私の中で呪いみたいになっていて。自分は子どもをつくらないほうがいいんじゃないかって思ってた。

しいね:そっか。わたしの場合は困っているときに病院に行ったり周りに相談しても、どこにもあてはまらないというか「今までそんな人に会ったことないよ?」「今までそんな病気聞いたことないよ?」と言われることが多くて、でもよく見てみると前例からこぼれおちがちだったり、例が少なくて"なかったことになること"って多いような気がしていて。それもあって、さまざまなデータを見る機会になればとさらけだしてみました。自分自身のいびつさもだけど、母の行動に違和感を感じたときに、この行動がもしも遺伝子に組み込まれているのなら、わたしも同じことを子どもにしてしまうかもしれない。だから、わたしも恐くて子ども産めないと、ずっと思ってた。

一条:虐待を受けて育ったりしたら、自分は愛情を持って子どもを育てていくことはできないんじゃないかって思ってしまうのも不思議じゃないですよね。負の連鎖というか。

具体的な現場の声

---第2章 「家族 固定観念から自由になる介護」を読んで印象に残ったところはありますか?

一条:お父さんの「お前が来ると、あっちに帰らなければならない」というセリフが印象的でした。施設が居場所になって、家があっちになったんだなぁって。

新しい施設には個人の部屋がある。一人で部屋にいる父は以前よりリラックスしたように見えて、ほっとする。小規模多機能型の施設にいた頃にはよく家に帰りたいと言っていたが、介護付老人ホームは手すりもあって歩行器も使えるため快適だそう。
「お前が来ると、あっち(家)に帰らなきゃいけない」
といやな顔をするようになった。家は、あっちになった。施設は、こっちかな。(「未知を放つ』P.67)


しいね:「家に帰りたい」って言う時もあるんだけど、でも帰りたいのは家じゃないんだよね。実家に帰っても、まだ「帰りたい」って言う。「おうちどこなの?」ってきいても「わからない。でも帰りたい」って。そう言われると悲しくなる。あと、父親は「1人暮らししたい」って言ってた。施設にいるのは1人暮らししている感じなのかも。

一条:そうなんですね。施設という選択肢は、自分にとって大きな壁です。

--- 一条さんのお母さんは施設には入っていないのですか?

一条:入っていません。私と2人で暮らしてます。デイサービスに週3回行って、ヘルパーさんにも来てもらって、コロナ前はショートステイも活用して。色んなサービスを駆使してやっています。でも母の具合が悪くなると自分も引っ張られるところがあって、梅雨の時期は、先の生活に不安がありました。とりあえず母が暮らせる施設を見てみようと思って7カ所見て回りました。自分の目で見てみたら、今の施設の在り方がわかって、納得して、自分はもうちょっと頑張れそうだと思った。見学したのは特別養護老人ホーム(特養)やグループホームでタイプも異なるから雰囲気も違う。「特養は100人待ち」と聞いていたけど「今だったら全然入れます」という所もあった。知らないと不安だけど、自分で実際に見て、知れてよかった。

---そういう体験って普段なかなか目にする機会がないですよね。しいねさんのZINEを読んだ時に、ぼんやりとした介護のイメージが、1人の実体験を通して明確に見えました。個人の経験には勇気をもらえるし、実践的にも参考になる。自分が当事者になったときに、経験をしてきた人の言葉は一番力になる。

一条:現場の声は具体的なんだと思う。ネットでいろいろ調べるより、経験者の話を聞く方がためになる。

トイレのたびに大騒ぎだった

一条:『未知を放つ』には、しいねさん自身の身体のこと、例えば自律神経のバランスを崩しやすかったり、月経の不調があったことなどが書いてありますよね。最近女性誌でもよくフェムテック(女性が抱える健康の課題をテクノロジーで解決する製品やサービス)の特集が組まれているのを目にします。私も、自分自身のそういった課題に目を向けていったら、不思議と母親の下の世話が苦じゃなくなったんです。介護施設を見学した際も施設の人が「便のコントロールが一番難しい」と言っていたんだけど、そこで炭酸ガスが直腸で発生して排便を促す座薬を教えてくれて。それを知ったタイミングと、自分の身体に向き合っていたタイミングが重なって、母に座薬を入れる時も「人の肛門をまじまじと見るの初めてだな」「お、すんなり入るな」とか、変な言い方だけど楽しんでできている気がする。

しいね:自然な身体の一部として捉えられるようになったってこと?

一条:そう。自分の身体にも向き合えたから、できるようになった感じがします。女性同士だから抵抗がないのかもなとも思った。

しいね:わたしはそういうの最初からあまり抵抗はなかったかも。家の犬のうんち拾ったりしてたからかな?

---それ関係あります?(笑)

しいね:赤ちゃんのおむつ変えたり、犬のうんち拾ったりしてたから、自然の流れで。(笑)

---しいねさんがお父さんの介護をしていた時は抵抗なかった?

しいね:いや、ちょっと排泄のケアは遠慮しちゃうところはあったけど。母だったら抵抗ないかな。介護の仕事でも同性のケアしかしたことなかったから。父が座ってトイレしたいって言ったときに、座ったときに男性器を便器に向けて下にいれなきゃいけないのに、上にぴょんって出しちゃって。「これどうすんだ?これどうすんだっけ?」って父もパニックになっちゃって。直接触るのも悪いから、父の手をつかんでグって押し込んで「下に向ければいいんだよって」説明したら「おめぇごちゃごちゃ言うな!」って怒られたり。(笑) トイレの度に大騒ぎだった。

一条:トイレの度に?

しいね:「座るってなんだ?  立つってなんだ?  どうすんだ?」って。考えちゃうとわからなくなっちゃって。意識しなければできるみたいで、いきなり普通に立ったままトイレしてたりもするし。トイレ行ったあと饅頭食べようかってなったら、意識が饅頭に向くからすんなりできたり。(笑)

一条:へぇ〜饅頭のこと考えてると難しくなっちゃうかと思ったけど、逆にできちゃうんだね。

しいね:流れでてきちゃうこともある。あと、私が何かをこぼしそうになったら「危ない」って反射的にパッと手を差し出してくれたり。でもいったん考えだしちゃうと「どうすんだっけ?」ってなっちゃう。

一条:それはレビー小体型認知症の特徴?  私の祖母はアルツハイマー型認知症だったけど、ギリギリまで自分でトイレ行っていたな。女性は座れば出るからかな?

しいね:どうなんだろう。人にもよるのかね。父は確認しないと不安を感じやすい性分かもしれない。

一条:1度気になったことがずっと気になるというのは認知症の特徴かも。

しいね:「何時に来るの?」「 何時に行くんだ?」とかね。でも、何回も言われると優しくなれないんだよね。「だからぁ!」とか言っちゃって。

一条:スルーしたくても、結構難しかったりしますよね。

しいね:ないがしろにされていると感じると、余計に不安が強く出るみたい。昔からその傾向はあったけど、認知症になってそれがパワーアップした。

一条:歳を取るとそういう傾向が強くなるというし、病気に関わらず色濃く出てくるのかも。

人手が足りない介護の現場

一条:第5章の最後にでてくる介護施設での話(※)はすごくショックでした。

※ しいねさんがデイサービスでアルバイトをされていた時の出来事。上品なおばあさんが尿失禁をされたことがあり、しいねさんが"決まりなので"上司に報告をしたところ、布パンツからオムツにされてしまい、それ以来上品だったおばあさんが別人の様に変わってしまった話。(『未知を放つ』第5章に収録)

一条:これは私が一番気にしていること。施設に入ったら、今までできていたことができなくなるんじゃないかと思って、特に下のことが一番心配。普通のショーツからリハビリパンツに切り替えたとしても、状況が良くなればショーツに戻してくれればいいんだけど。施設を見学した時に「そういう場合は元に戻しますか?」と聞いたの。そしたら「その時の状況で元に戻しますよ」って言ってくれた施設も結構あって。もし気になるんだったらケアマネジャーと相談して「戻して欲しい」と伝えてくれればやってみますよ、とか。実際ににオムツからショーツになった人もいると言っていた。

しいね:そうなんだね。わたしは時々介護の現場を見ておきたくて、年に何回か派遣で介護の現場に行くの。よっぽど人手が足りてないところは、完全にオムツだったりもした。歩ける方でも、念のためということで。「勝手に歩かないでください」「危ないから立たないで」と言わなきゃいけないこともあって。でもそれは介護施設のルールじゃなくて、たぶん職員の中でできていったものだと思う。

---そうせざるを得ないんだ。

しいね:「あなたが勝手にオムツ外してトイレに連れて行っちゃうと、他の人もみんな同じようにトイレに連れていかないといけなくなっちゃうの。あなたは派遣なんだから勝手なことをするのはやめて」と言われたことがある。

一条:全員オムツの中で出してるってこと?

しいね:そこではね。そうしたら介護者主導でできる。そういう考えの所もあって。

一条:私が見学したところはトイレに付き添っていた。

しいね:付き添えるところ、いいよね。施設のカラーや、働いている人にもよるのかもしれない。オムツなし介護を推奨している施設もあるよ。あと、夜中にカップラーメン食べたいって言っても、できるだけその人の望みを叶えてあげようってところもあるし。一条さんが見学した施設は気配がよさそうだね。

一条:でも、説明してくれる人に対して威圧的に感じてしまったところもあったな。見学に行くと、働いている人の雰囲気を重視するよね。いろいろ教えてくれる人も多くて「特養のユニット型とグループホームはそんなに変わらないから、ユニット型の特養も見てみたら?」とアドバイスしてくれた人もいた。

しいね:教えてもらえるのはいいね!  人の雰囲気、大切。

一条:人手が足りないっていうのは、どこの施設も同じなんじゃないかと思う。利用者の人数に対するスタッフの数はそんなに変わらなかったから。

---しいねさんのお父さんは今も施設に入ってるんですよね?

しいね:うん。今は感染症対策で面会が禁止なの。

一条:コロナで会えないから、入所を保留する家族も多いと聞いたな。

介護の担い手とIT 

---私の母は介護ヘルパーとして働いてます。もう75歳なんですけど。

一条:今、そういう世代の人が一番頑張ってる。

しいね:そう70代。頼りになるよね。

---母は身体介護ではなく、家事のお手伝いをしてます。

しいね:介護ヘルパーも身体介助と、生活援助があって、どちらもする方と、どちらかの方がいるんだって。

一条:へー。分けてできるんだね。それは知らなかった。

---母は身体介護の資格は持ってるんだけど、あまり得意ではないみたいで。逆に、一緒に働いている仲が良い人は生活援助は苦手だけど、身体介護は得意という人もいて。

しいね:わたしも生活援助は苦手。家事をきっちりやってきた方だと、求められるスキルがすごく高かったりするから、身体介護のほうが気がラクだったりする。「お煮しめ、こんにゃく巻いて、隠し包丁入れて作って」と言われた時、そんなの作ったことない!って。(笑)

一条:お母さまはいつからその仕事をやっているんですか?

---今の生活援助の仕事は60代に入ってからだと思います。

一条:私たちも含めて、若い世代がそのくらいの年齢になった時に、介護の仕事を始める人がどのくらいいるのかなっていうのは疑問としてある。今の60代、70代の人はすごくタフですよね。その人達がいなくなったら、どうなるんだろう?  と思う。

しいね:次の世代ね。誰でも気軽にサポートできる仕組みがあるといいよね。最近「スケッタ—」っていう仕組み(アプリ)をつくった人がいて。介護で「人がいない2時間、お願いします」とネットで募って、入れる人が入る仕組みができつつあるみたい。

一条:毎回決まった人じゃなくって、入れる人が来てくれる感じ?

しいね:そうそう。私も登録してるんだけど、家から近いところの仕事がなくてまだ入ったことはないんだ。

一条:お願いするほうも登録がいるの?

しいね:そう。双方を繫ぐようなアプリ。若いITの方が作った仕組みなんだって。

---マッチングみたいなイメージですよね。介護のニーズと、介護できる人の出会いの場をアプリ上で作るみたいな?

しいね:そうだね。ツイッターで見たけど、東京の人がこのアプリで名古屋まで仕事に行って、ついでに名古屋で遊んで帰ってきたっていう人がいたよ。仕事したり、遊んだり。いいよね。

一条:私は35歳で父が亡くなってバトンタッチしたような形で母の介護が始まったんだけど、しいねさんもお父さんの介護を始めたのはそれくらいの年齢ですよね。今は高齢で子どもを産む人も多くて、例えば45歳で子どもを産んだとしたら、子どもが25歳になるときは70歳。70歳って高齢者に入るから介護が必要になる可能性もある。若いうちから親の介護をする人が、今後増えてくるのかなと思う。そういう人たちが介護に対して少しでも明るい気持ちになればいいなと思って『そこここ』を作ったっていう面もあって。

しいね:家族介護には限界があるかもしれないね。

一条:今の介護保険制度に助けられているけど、保障が続いていくかわからないし、介護の担い手もいなくなってくると思うと、これからどうなっていくのかなと思っていて。自分の人生と家族を大切にしたいという気持ちを両立させて、幸せに生きていきたいとは思っているけど、私の場合は親のことを考えすぎているとも思うんです。自分の人生をどうやって生きていくのかっていうのが課題としてある。

これからの社会と、介護と、仕事の在り方

一条:今って核家族が多いけど、これからは結婚をする人も少なくなってくると思うし、友達と一緒に住むとか、夫婦がいてそのきょうだいも一緒に住むとか、そういう形が多様化したら、介護が必要な人を家で看られる人も増えるから、昔の日本みたいになるのかなっていう期待もあります。友達同士で住んでいて、自分の親が認知症になった時「じゃあ一緒に住もうよ。そしたら家賃が安くて済むね」という流れができたらすごくいいなと思う。

---今までの社会は、結婚して核家族を築いて、社会で働いて、親が介護必要になったらお金を払って面倒をみてくれる施設があって。そういう社会がもうこの先維持できなくなっていくのだろうと思います。先程のしいねさんの派遣先でのエピソードを聞くと、現時点で既に限界が表に出てきているようにも感じました。今、転換点なのだと思う。

一条:箱は作ったけど人は足りないって、日本の古くからのやり方だと思う。だけど、今の子どもたちは、全然違う考えをもって育つのかもしれない。新しいも古いも関係なく、ぐちゃっと混ざり合って、暮らしのスタイルを自分達で決めて、その中に介護が入ってくるような形態が実現したらいいですよね。

---そうなるためには仕事の在り方も変わって行かなければならないと思います。育児をしたい、介護をしたいと思っても、仕事があるから、仕方なく子どもを幼稚園に預け、親を介護施設に預けなければならないというケースもあります。それこそ、コロナになって色んな働き方が増えてきましたが、一条さんはいま、介護をしながらどのようなスタイルで仕事をされているんですか?

一条:派遣会社に登録して、月〜木はAIを用いた学習システムを提供している会社で働いています。コロナになってからは在宅です。スタートアップのベンチャー企業なので、すごく働きやすい。というか、ストレスゼロ。金曜日は母のお医者さんが訪問診療に来てくれるので、その対応があるし、編集の仕事がある場合は週末にやりたいと思ったから、その時点で週に5日勤務の会社に入るのはやめて、働く日数が選べる派遣という働き方にしたんです。私は二つの仕事をやっていたほうが自分のバランスをとれるということにはじめて気がついたんです。一つだけをずっとやっているとつまらなくなっちゃう。雑誌の編集だけをしている時は徹夜が続いたり、ストレスもあって子宮頸癌の一歩手前までいっちゃったこともあったから、やっと自分に合うやり方で働けるようになった。週末にやりたいことをやれるようなエネルギーがあります。

---働きながら、お母さんの介護もして、自分で雑誌も作ってという在り方自体が、多くの人に希望を与える気がします。

一条:デイサービスやヘルパーさんのスケジュールを組めば、自分のやりたい事もできると思う。それが一つの指針になればいいなと思って『暮しの手帖』の特集でも書かせていただきました。

自分なりの介護へのコミット

---『そこここ』を読んだときに、自分は介護の経験はないけど、介護に対するポジティブなイメージを持ちました。しいねさんのZINEを読んだ時も「これなら自分もできるかも」と思った。もちろん実際にそんな簡単なことではないのでしょうけど。

一条:入院の時に付き添ってあげるとか、自分なりにできることをやればいいと思う。しいねさんみたいに、1ヶ月の中で1週間だけ介護するとかすごくいいなと感じました。そうすれば後悔が少なくて済む。

しいね:そうかもしれないね。

一条:自分なりにやれることをやって、目の前の現実から逃げないほうがいいと思う。

しいね:逃げたくなる気持ちもわかるけど、コミットしたほうがラクかもね。

一条:そうそう。後々自分の気持ち的にもラクだと思う。最終的に後悔したとしても、その気持ちはほかの家族や友達に対しても活かせるし。

---親に介護が必要になった時に「自分にはできない」ってシャッターを下ろしてしまう人も多いのかもしれませんね。イメージができないというか。

しいね:介護が何か大きいものになっちゃうんじゃない?  「介護」っていう大きなものとして捉えるとシャッターをおろしたくなる気持ちになるのもわかる。

---自分にも仕事があって生活があってその中で親の面倒を看なきゃいけないときに「やるなら自分の人生を犠牲にしてやるもの」みたいな囚われがある。そういのを柔らかく崩してくれるのが、『そこここ』であり『未知を放つ』だと思います。

一条:「介護をするなら、仕事を辞めるべきではない」という言葉をよく聞きます。いったん辞めてしまうとなかなか戻れないから。でも、親に介護が必要になった時に、いっぱいいっぱいになって「仕事を辞めよう」って思うのは自然なことだと思う。私も辞めました。だけど、そこから立て直すことはいくらでもできるんじゃないかな。

しいね:介護中心の生活も、仕事を辞めないことも、人によって何が大変かは異なるかもしれない。夜寝られないかもしれないしね。仕事にもよるかもね。仕事が生き甲斐で楽しければ辞めなくても続けられるかもしれないけど、ストレスのある仕事や時間の読めない仕事だと両立しづらいかもね。

一条:そうだね。介護のために仕事を辞めなくちゃいけないっていう人が増えてきているのは確かだと思うから、介護休暇のシステムを整えて、在籍しながら休んで、また復帰できるような流れが普通にできてくればいいよね。

取材日:2021/8/8




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