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「勘ちがい!」

私は電車で通勤している。
駅舎の屋根から日の出だ。
眩いばかりの光が降り注ぐ。今日もいい日であって欲しい。

私の目の前のホームは、下り線だ。
いつもの時間、対面のホームから
笑顔で「おはようございます。」と声をかけられる。
初老の男にとってはうれしい
直ぐに「おはよう」と挨拶を返す。
こんな毎日が楽しみになっている。

息子の「同級生」である。
小学校から中学校まで、同じ学校、同じクラスであった。
笑顔がとっても似合う女の子、いや女性に成長している。
今では、二人の子持ちだ。
上が5歳、下が3歳の子らが、お世辞抜きで本当に可愛い。

会社が休みの日、二人の子供を連れ、私の自宅まで散歩してくることがある。
玄関のピンポンを鳴らすことはない。
いつも、彼女の視線を感じることがある。
すると、塀の隙間から、彼女がじっと家の方を見ている。
目を向けると、リビングのガラス越しに、3人が外に立っている。

「ピンポンを鳴らしてくれればいいのに」
「いえ、そこまでは、近くに来たものですから。」

冷蔵庫の、カルピス・オレンジジュースを持って表にでる。
「どっちがいい?」3歳の男の子に尋ねる、
「カルピス」と答える、5歳のお姉ちゃんも
「私もカルピス!」 カルピスの方が、子供には人気がある。
母親である彼女が、
「家に帰ってから、半分づつにしなさい。ありがとうは?」
姉弟はすぐに「ありがとう」と礼を言う。
聞き分けのいい、子供たちだなといつも思う。

いつもの話題は、夫のこと、仕事のこと、息子のこと、他愛のないことを
話し終わったら帰っていく。
妻が、「うれしそうね。」という。
うれしい、心温まる感触が心地よい。

息子に云ったことがある。
「あの子と付き合ってみれば」
「嫌だ、振られると、同級生のみんなに何を言われるか、わからい。」
振られるという気持ちが先立つのだろう。
仕方ないかと思ったものだ。

話を戻す、
電車が来るのを待っていたら、目の前の下り線ホームから
私に向かって笑顔で手を振る30代の女性がいる。
明らかに、息子の同級生の彼女とは違う。

眼鏡をかけていなかったが、間違いない。知らない人だ。
しかし、私の方に手を振り続けている。周りを確認する。
誰もいない。
明らかに私に手を振っている。
私は知らないが、向こうは私のことを知っているのかも知れない。
失礼があってはいけない。
意を決して、「おはようございます」と頭を下げ挨拶した。
その女性は、きょとんとするや、背中を向けた。

朝からやってしまった。
やはり人違いだった。「ああ勘違いだ。
頭、顔、背中から汗が噴き出してきた。
私は、頭を下げ、下を見続けるしかなかった。
早く電車が来てほしい。一刻も早く来てほしいと願った。

女性は、またこちらのほうに向かって手を振り始めた。
何なんだこれは。
今度は、私の真後ろを見て納得した。
線路の外の柵の向こうで、お母さんらしき人と、4.5歳位の男の子が
女性に手を振っていたのだ。

周囲を見渡した時に線路の外まで、視線を向けていれば
はずかしい思いをすることはなかった。

この日は、どんな一日になるかと心配したが、会社での
トラブルもなく、一日が無事に終わった。


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