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2本のバラ

仕事を終え、洗濯物を取り込み、夕飯の準備をする。
何も変わらない、いつも通りの日々。
ひとつ違うことがあるとすればそれは、今日がわたしの誕生日である、ということだ。



「何でもない日にお花とかくれる男の人って、本当に存在するんですかね?」

職場の後輩が視線はパソコンに向けたまま、急にそんなことを言った。
彼女には長く付き合っている彼氏がいるが、一度も花を買ってくれたことはないらしい。

「別にね、お花じゃなくてもいいんですよ。何でもない日に、美味しそうなケーキがあったから買ってきたよ!みたいな。そういうサプライズが欲しいって思いません?」

彼女が言いたいことは痛いほどわかる。
結婚して3年経ったが、夫がわたしにサプライズで何かをしてくれたことは一度もない。
食べることが好きなわたしは、帰り道に美味しいケーキを見かけたら買って帰ることがある。何でもない日でも。彼とわたしの分。「美味しいね」って思いを共有したくて。
 

「ただいまー」

夫の帰りを知らせるドアノブの音で、ぼんやりしていた意識が戻る。
ずっしりと重みを増したお腹をかかえながら、わたしは玄関へと向かった。
あと数ヶ月後にわたしたちは、3人家族になる。
 

「これ、誕生日だから買ってきた。2本」

そう言ってぶっきらぼうに差し出されたのは、

「...バラ?」

わたしの独り言のような質問に彼は答えることなく、「着替えてくる」とだけ言ってそそくさと寝室へと消えていった。
突然のことに思考が一時停止し、そして急速に昼間の会話がフラッシュバックする。
 

なんで?
後輩に何か言われて?
…いや、後輩のことを彼は知らない。
今日の会話だって聞いていたはずがないのだ。

もう一度バラに目をやる。
まだ完全に開いていない、真っ赤なバラが手元でゆれている。

そういえば、夫はなぜか2本、とわざわざ口にしていた。
わたしはテーブルに置きっぱなしだったスマホを取り、はやる思いで「バラ 2本 意味」と打ち込む。
 

【この世界は2人だけ】

夫なりに、これからの生活のことを考えているのかもしれない。
夫とわたし、2人だけの生活は残りわずかだ。

思わぬ検索結果に、彼が姿を消した寝室を見やる。
意味はきっと、お花屋さんに教えてもらったのだろう。
だって、何から何まで彼らしくない。
いつもならすぐに着替え終えて夕飯をせがむのに、今日はずいぶんと時間がかかっている。
 

「何でもない日にお花とかくれる男の人って、本当に存在するんですかね?」

後輩のあの言葉が再び頭をよぎる。

―――何でもない日ではないけれど、お花をくれる人は存在したよ。

明日、後輩に教えてあげよう。
それまでに、このゆるみきった顔をどうにかしなくては。
 

今日はわたしの誕生日。
何も変わらない、いつも通りの日々。
ひとつ違うことがあるとすればそれは、テーブルに2本のバラが飾られていること。そして、夫の大好物の唐揚げがメニューに追加されている、ということだ。


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(半分ホントの、嘘のようなお話でした。)



※コチラはお仕事で書いた記事に加筆・修正を加えたものです。

せっかくなのであげてみました。

#小説 #エッセイ #コラム #お花


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