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勝手に春馬くんを想う曲~『アポトーシス』Official髭男dism


私事であるが、ここ数カ月、東北の片田舎にある実家と我が家を行ったり来たりしている。

父が末期がんを患っているからだ。

2度の抗がん剤治療と放射線治療で一旦癌は寛解したかに見えていたのだが、先般複数の他臓器への転移を発見。父は、これ以上治療はせず、慣れ親しんだ自宅で愛する母と共に過ごすことを選んだ。

病魔に蝕まれ見る見る弱っていく父を目の当たりにするのはもちろん辛いが、健康自慢だった70代半ばの父が命の期限を突き付けられた気持ちを想像すると、私もとても辛い気持ちになった。

でも先日、実家に帰省した際に父の口から出てきた言葉は、在宅療養をサポートする医師や看護師、薬剤師らスタッフが本当に良くしてくださるということ、周囲の人たちが優しさと愛情を寄せてくれるということ、それに対する感謝の言葉だった。

「俺は世界一幸せな病人だ」
「病気なのに、こんなに幸せでいいのかな」

この先、どんな終わりが来るのかはわからないけど、でももう既に最高の人生ではないか。

最近、私の心に響くのはこの曲。

訪れる時がきた
もしその時は悲しまないでダーリン
「アポトーシス」 by Official髭男dism

藤原聡くんの優しい声で、こんな言葉から始まるこの曲。
なんだか、遠くない未来に訪れるその日までの心の準備を助けてくれているようだ。

別れの時まで ひと時だって愛しそびれないように
「アポトーシス」 by Official髭男dism

私が今、頻繁に父のもとへ帰るのも、もちろん看病する母の力になりたいのもあるし、サポートスタッフや周囲の人に感謝を表したいということもある。
でも一番の理由は、ただただ、父に優しくしたいからなのだ。
幼少期から厳しくて、プレッシャーばかりかけられて、父のことを疎ましいと思うことも多々あった。
でも、今は、ただただ父に優しくするために、私は500キロ超の実家へ帰っているのだ。

心の中の春馬くんと一緒に考えているような

父がこんな状況にあっても、私の心の中には常に春馬くんがいる、というのは不謹慎だろうか。
というか、常に心の中の春馬くんと一緒に考えていると言ってもいいかもしれない。

春馬くんのあの日から、常にずっと、生と死について考え続けてきたがために、私は今回の父の件について、いくらかの心の下地ができていたように思う。

春馬くんの作品を通して、そして春馬くんの生き方を通して、
この世に滞在することを せいとするのならば、その長さだけが大事なのではないのかもしれない、と、そう思うようになっていた。

先日没頭した『わたしを離さないで』の世界。
作者のカズオ・イシグロ氏がドラマ放送に向けて寄せたコメントに

愛や友情そしてこれらを我々が経験したという大切な記憶が本当は価値があるもの
「わたしを離さないで」公式HP原作紹介より

とあった。
どれだけ、愛と感動で心を震わせて生きたか。
それこそが せいの喜び、 せいの煌めきなのではないだろうか、と思い至るようになった。

その人がどういう人であったか

その人がどんな風に生きたか

春馬くんが今同じ世界にいないことは寂しいことなのだけれど、この観点で言えば春馬くんの人生は、 せいの煌めきに溢れているのといえるのではないかと思うのだ。

そして父も、そういう面でいうと、若い頃から情熱的にいろんなことに挑戦し成し遂げてきて、友人たちや愛する家族に囲まれ、たくさんたくさん感動に心を震わせてきたと思う。

あとは、穏やかに、恐れずに。
私にできることは、ただただ父に愛を届けること。

私がそんな風に思えるようになったのも、春馬くんが私にくれたもののひとつ。

アポトーシス

もともとアポトーシスとは、プログラムされた細胞死という意味らしい。

この楽曲『アポトーシス』を作るにあたって、作詞したOfficial髭男dismの藤原聡くんは次のように語っている。

「歌いたいことが定まったのはちょうど2020年の自分の誕生日の日でした。あと1年で30ってことで、僕に残された20代の時間はわずかなんですけど、そこに思いをはせた時に、自分の中に不安や憂いだったりっていうものがあって。今までそういうものを曲にしちゃいけないと思ってたけど、これを綴って残しておきたいなという風に思ったのがきっかけで、この曲を作りましたね」
Wikipedia「アポトーシス (Official髭男dismの曲)」

Official髭男dismと言えば、春馬くん出演の映画コンフィデンスマンJPシリーズの主題歌『Pretender』や『Laughter』を真っ先に想い出してしまう私。
藤原聡くんの誕生日は8月ということなので、春馬くんのあの日の1カ月後にこの曲のテーマが決まったというのは、なにか聡くんの心にも影響があったのだろうか。

アポトーシスとは細胞の死ということだから次の新しい細胞、次の新しいステージが控えているということなのだろう。それに対する不安がありながら、明るいメロディラインのこの曲。サビの部分のメロディラインは、なんだか天空に広がっていくような希望を彷彿させる。
肉体がこの世に無くなっても、誰かがその人を忘れない限り魂はずっと生き続けると、そう思えるようになった今日この頃。きっと、次のステージがあるはずと思える。

『アポトーシス』を聞きながら、わたしは父を想う。

そして、春馬くんを想う。
18日に寄せて。


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