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レフ・トルストイの「アンナ・カレーニナ」舞台と小説(その1)〜宮沢りえの凄み

トルストイの大作「アンナ・カレーニナ」の舞台版が上演されている。この舞台は、シアターコクーンが海外の才能とのコラボレーションを企図し、2016年から取り組んでいる、“Discover World Theatre“シリーズの一環として制作された。

演出はイギリスのフィリップ・ブリーンで、2020年に上演が予定されたがコロナ禍で中止となった芝居が、ようやく日の目をみた。主役のアンナ・カレーニナを演じるのは宮沢りえである。

「アンナ・カレーニナ」の原作は、アンナと夫カレーニン、青年将校のヴロンスキー伯爵の三角関係、それと並行的に描かれるリョーヴィンとキティの関係を軸に展開される。さらに、多くの登場人物が絡んでくる“総合小説“である。光文社古典新訳文庫版では4冊という長さである。

これをどう舞台化するのか。上演予定時間は、20分の休憩時間を含め、3時間45分である。

見事だったと思う。原作から、現代に通じる普遍的なテーマを抜き出し、かつ印象的な場面を活かしつつ、長さを全く感じさせないテンポを保っていた。場面転換を行わず、おもちゃ箱をひっくり返したかのような舞台、後方に並べられた椅子に座る役者が入れ替わりながら、場所と時間の変化を表現する。そして、傍から舞台を見つめる、アンナの息子セリョージャ。

その核としてそびえるのが、アンナ役の宮沢りえである。女としての気持ち、母としては息子との絆、夫人としての社会的立ち位置、これらの葛藤の中で強さと弱さを備え持つ存在を、見事に演じ切る。今の日本の舞台で輝く宝の一人だと思う。

アンナが、フィクションの中で生きる、ドラマチックなヒロインであるとすれば、彼女の兄オブロンスキー公爵の妻ドリーは、現実の存在である。ドラマは、オブロンスキーの浮気から始まる。そうしたゴタゴタの中でも、彼女は子供を多くもうけ、乳児死亡といった悲劇を乗り越え、当時女性に課された社会的使命を果たす。しかし、彼女は彼女で、現実の存在としての主張がある。

先人であるアンナやドリーを横目で見ながら、成長していくのがドリーの妹キティであり、彼女に恋するリョーヴィンである。若い二人の関係性は未来を指し示す。

アンナの夫カレーニン(小日向文世)、オブロンスキー(梶原善)、この二人は旧世代代表だが、ドラマの中の登場人物として、また舞台上の役者として、私には一定の安心感を与えてくれる。彼らは古い考え方の持ち主ではあるものの、変化への対応の必要は感じており、きっと周囲を暖かく導いてくれるだろう。そう思いたい。

ステージ下手奥に、バイオリン、ピアノ、アコーデオン、コントラバスを配し、その生演奏で奏でられる音楽がとても効果的である。演出をサポートし、ロシア的な空気を生み出している。

くどいようだが、アンナ・カレーニナは宮沢りえのために生み出された役に思えた。彼女以外に、アンナ・カレーニナを演じることができる女優はいるのだろうか

2023年3月11日 まもなく一旦閉場する、シアターコクーンにて


明日は、原作小説について




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