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5000円が意味するもの(その3)〜「マクロ経済スライド」という代物

「5000円、冗談か?」に始まった年金制度に関する勉強だが、最終回は「マクロ経済スライド」である。

年金の支給額は、物価/賃金の上昇や下落に応じて変動する。前回は、その変動幅は、概ね賃金の方が優先すると前回書いた。そこまでは良い。物価高に賃金の上昇が追いつかなくとも、いずれは追いつき年金額も引き上げられる。希望的観測かもしれないが、一般的にはそうなるはずである。

そうは問屋がおろさないのである。

年金財政という全体を見つめると、その支出額は、平均寿命が伸びれば伸びるほど、受け取る人が増えるので増加する。一方で、収入の方は、現役人口の減少と共に減っていく。このトレンドが続くと、年金財政はいずれ破綻する。

これを回避するには、日本人が長生きになる、あるいは少子化/労働人口の減少が進むと、年金給付を抑制する仕組みが必要である。

これが、「マクロ経済スライド」である。

しかし、この「マクロ経済スライド」はあまり話題にならない。なぜなら、物価/賃金の下落により、年金支給額が減る場合は、この「マクロ経済スライド」は発動されないというルールになっているからだ。従って、物価が下がるデフレの状況では滅多に発動されず、制度開始から16年間で、適用されたのは3回にと止まっている。また、仕組みとして、発動によって年金の上昇幅が減るのであって、この仕組みによって年金の絶対額は減少しない。要は目立たないのだ。

2022年度の年金額改正のプレスリリースにおいて、厚生労働省はこう書いている。

また、賃金や物価による改定率がマイナスの場合には、マクロ経済スライドによる 調整は行わないことになっているため、令和4年度の年金額改定では、マクロ経済ス ライドによる調整は行われません。

さらに複雑なのは、ロト6のように「キャリーオーバー」という仕組みがある。上述の通り、「マクロ経済スライド」に従うと、年金支給額は減る一方のはずだが、物価/賃金が上昇しない限り発動できない。その時の減少率は、翌年以降にキャリーされ、物価/賃金が上昇した時にまとめてチャージするというものである。

物価は上昇傾向にある。仮に、これが続き、幸いにも賃金が上がったとしよう。2023年度の年金支給額は上方改定になるはずだ。しかーし、「マクロ経済スライド」が発動され、上昇幅は抑えられる。つまり、日本の年金の仕組みは物価上昇をカバーするようにはできていないのである。

この“キャリーオーバー”、「マクロ経済スライドの未調整分」について、上記のプレスリリースには、<◆ 令和5年度以降に繰り越されるマクロ経済スライドの未調整分(▲0.3%)>と記載されている。つまり、大まかに言うと、今年物価/賃金共が1%上昇したとしても、来年度の年金引き上げ率は、1-0.3=0.7%がベースとなる。

仕組みは、健全な年金財政を運営する観点からは、合理的である。しかし、日本が抱える問題を解決しない限り、年金生活者の生活は苦しくなる一方である。

この不都合な現実を直視し、構造的な問題に対応しなければ、将来の不安への解消にはならない。パーフェクトな仕組みはないので、対処療法的な施策は必要である。しかし、「5000円支給」の裏には、年金減額で憤っているであろう高齢者=選挙に行く可能性の高い人の気持ちを沈めるという参議院選対策が透けて見える。

もちろん、高齢者の反応は、「5000円、冗談か?」に決まっている。細かい仕組みは理解していないとしても、国民の多くは、日本が抱える構造的な問題に取り組んで欲しいのであって、5000円などどうでもよいのだ。

政治家の目くらましは、様々な方法で襲ってくる。我々は自分で身を守らなければならない

*厚労省の記事「マクロ経済スライドって何?」より


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