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5000円が意味するもの(その1)〜上沼恵美子の受け止め方

「バラマキ」などの批判を受け、年金生活者に対する一律5000円の給付(除く住民税非課税世帯)について、自民党の高市政調会長が白紙・再検討の考えを示した。

この対策を聞いた時に、私は当然にして「はぁ? 5000円?」と思った。恐らく多くの国民はそう感じただろう。

給付対象は、住民税非課税世帯を除くとあるが、こちらは一世帯あたり10万円の給付が行われる。年金暮らしの高齢者夫婦の場合、地域によって差はあるが、年間の収入が概ね150万円程度以下と思われる。この方々にとっての10万円は、コロナ禍が長期化する中で、それなりに意味のある金額だろう。

このバーを超える収入がある年金受給者に対して5000円というのが、当初のアイデアである。「そんなの意味あるの?」、「参院選挙対策だろ」という反応は当然で、案の定見直しとなった。

5000円という金額については、人それぞれ感じ方はあるだろうが、文藝春秋4月号を読んでいると、面白い箇所に当たった。

上沼恵美子の「社長賞をかち割った」というタイトルの記事である。<八カ月ぶりに『文藝春秋』さんからお声がかかりました>と始まる手記は、昨年八月号に掲載された『芸能界を引退しようと思った』に続くもの。前回は、<突然最終回を迎えた「怪傑えみちゃんねる」>に関し、関西テレビ局に対する思いが書かれていたが、今回のタイトルにある“社長賞“は、関西テレビから貰ったもので、記念のクリスタルのトロフィーを<かち割りました>、<関テレさんへの怨念はなかなか消えない>と書いている。

この記事の中で上沼は、芸能界復帰後の二十代後半からの<仕事・育児・家事の“三刀流“生活>の頃の辛さを書きつつ、67歳になった今、<あの頃が一番楽しかった>と心情を吐露している。

さて、5000円である。当時、苦労をかけられた長男が珍しく実家にやってくる。そして<ぎこちない様子で分厚いポチ袋を手渡してきました>。上沼は一旦突き返すも、<四十代を迎えてようやく立派になったなあとしみじみ思いながら、「ありがとう」>と受け取り、仏前に供える。

しばらくして開けてみたら、<入っていたのは千円札五枚。四十代のオッサンがですよ、バイト代じゃあるまいし(笑)、冗談かと思いましたよ>。

5000円というのは、そういうものである。

なお、私は、5000円はおろか、小遣いを母親に渡したことがない。上沼さんの長男は、私に比べれば遥かに立派である。

しかし、国家という“いい年のオッサン“が、渡す金額ではないだろう。受給が想定された方の多くは、「5000円、冗談か?」と思っただろう。そもそも、この5000円は何のためなのか、高市政調会長は「給付金という呼び方をされ誤解が生じた」「年金額が少なくなるのを補填するものということで、給付金ではなく補填金だった」と語っている。そこにはもっと重要な年金のメカニズムがある〜明日に続く


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