ヴィキングル・オラフソンの「ゴルトベルグ変奏曲」〜バッハが現代に向け残した“手紙“
私の音楽遍歴は小学校高学年〜中高生時代はロック/ポップス、大学に入ってジャズを取り込み、大学を出る頃になってクラシックへと興味が広がった。一貫してクラシック・ファンという方も多いのだが、私のような流れの人も結構いるのではないか。
こうした経緯もあり、私の入口の一つはグレン・グールドだった。グールドは1982年、私が大学3年の時に他界しているが、そのこともあってか「BRUTUS」のようなクラシック音楽専門誌以外でも取り上げられることがあったと思う。
そうして聴き始めたのが、彼がデビュー時(1955年)と最晩年(1981年)に録音した2枚のCD、J.S.バッハ「ゴールドベルク変奏曲」だった。それらは、私の持っていたクラシック音楽のイメージを覆すものだった。
前おきが長くなったが、その「ゴルトベルク変奏曲」の全曲演奏を、アイスランドのピアニスト、ヴィキングル・オラフソンがサントリーホールで披露した。
オラフソンが私のスコープに入ってきたきっかけは、2018年にリリースしたアルバム「バッハ・カレイドスコープ」。バッハの様々な作品を、まさしく“万華鏡“のように配した作品集である。ユニバーサル・ミュージックのサイトには、<世界が注目する「アイスランドのグレン・グールド」(ニューヨーク・タイムズ紙)>とある。
オラフソンの「ゴルトベルク」に対する想いは、こちらのサイトに詳しくあるので、ご興味のある方はご参照されたい。2023年はオラフソンにとって「ゴルトベルク」の年、満を持してCD/配信をリリースし、世界各地で開くコンサートも「ゴルトベルク」のみに集中、88回の演奏会のうちの一つが2023年12月2日のサントリーホールである。
20時という日本では異例の開演時間。ちなみに、ロンドンのクラシック・コンサートの通常の開演時間は19時半である。もちろん休憩なしで、演奏予定時間は約80分。
いやぁー、もう凄いとしか言いようがなかった。冒頭と最後のアリア、そして30の変奏曲、堪能させていただいた。1741年に作られた作品だが、現代に作曲されたようなモダンな音楽を聴いたという印象でもあった。
プログラムに掲載されたオラフソンのコメントに、<この作品が、まるで未来に向けて書いた手紙のように感じられるのです>とあった。まさしく、この“手紙“を多くのピアニストが解釈して表現し、それらは素晴らしい音源となって残っているのだが、“手紙“が目の前で美しく朗読されるのを体験するのは格別だった。
演奏後の拍手は鳴り止まず、オラフソンはこう話した。「『ゴルトベルク変奏曲』の問題は、アンコールが演奏できないことです。この作品は“アリア“という太陽の周りを回る30の惑星により宇宙が形成されていて、他のものが入りこむ余地がないのです」
まさしく、私を含む観客は「ゴルトベルク変奏曲」という太陽系宇宙を観ることができたのだ