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能「黒塚」と手塚治虫〜喜多流「第20回柊会」

手塚治虫のマンガに「安達ヶ原」という作品がある。少年ジャンプ版「ライオンブックス」という連作短編の第1話として、1971年3月22日号に掲載された。

未来社会、大統領を始めとする権力に歯向かうものの息を断つ、殺し屋のユーケイ。ある星に住む魔女が宇宙船をおびき寄せ、乗組員を殺しているとの情報を受け、地球を離れて、その星の魔女の館に侵入する。ユーケイを迎えたのは老女、手料理をふるまい一夜の宿を提供する。夜半、館を探るユーケイは大量の白骨死体を発見する。

追い詰められた老女は、最後の願いとしてユースケの身の上を聞かせてくれと頼む。ユースケは権力に抗う革命戦士であったが、政府に逮捕され、愛する恋人アニー・黒塚とも引き離され、冷凍流刑となる。その間、地球では革命が成功し、60年の時を経て目覚めたユースケは、新しい権力者の為に殺し屋となったのだった。

この話を聞いた老女は新政権の実状につき語り、自分がなぜ人の肉を食ってまで生きながらようとしているかを話す。この老女の正体とは。。。。。

能に「黒塚」(観世流では「安達ヶ原」)という演目があるが、手塚治虫は安達ヶ原に住む鬼女伝説を描いたこの能楽を元に、SFマンガをこしらえた。その「黒塚」を能舞台で鑑賞した。

阿闍梨祐慶(ユーケイ)一行は、陸奥の安達ヶ原に入る。あばら家に住む女に頼み込み、宿泊させてもらう。女は求めに応じ、糸繰りの様子を見せ、その侘しく辛い境遇を語る。そして、薪を取りに外出するが、留守中寝室を覗くことは決してしないようにと注意する。

ここで、女役のシテは橋掛りの方に移動して、舞台から退出するのだが、途中で立ち止まり振り返る。ここがホラーである。シテは、中年女の面をつけているのだが、あたかもその顔が、祐慶一行に鋭い視線を浴びせかけていること、女が内に秘める恐ろしさを感じさせる。

「見てはならない」と言われると見たくなるのが人間。一行の従者は、その気持ちを抑えきれず寝室を覗くと、そこにはおびただしい数の死体。女は、安達ヶ原の黒塚に住むという伝説の鬼女だったのである。般若の面をつけたシテと、祐慶一行の祈りとの戦いが繰り広げられ、鬼女は消え去っていく。

秋の寂しさと、女の侘しい境遇が重ねられるとともに、生への執念が描かれていると感じる。シテ役は、妻の大先生に当たる、内田安信氏。80代とは思えない凄み、見事なパフォーマンスjを見せてくださった。

手塚治虫は、この能作品をベースに宇宙の話へと脚色する。この日の舞台を観ることで、手塚が淋しさ・生への執着という本質的な要素を壊すことなく、見事な短編に仕立てたことがよく分かった。マンガの中に、能における重要なフレーズを、冒頭・中間・ラストに配しているのも効果的である。

能というと難解、あるいは古くさいイメージがあるかもしれない。私も初心者で、分かりづらい演目もある。ただ、基本的なテーマは普遍的で、現代にも通じる、あるいは未来世界にも共通するものである

2021年12月5日 第20回柊会 於喜多能楽堂
「野宮」 内田成信
狂言「地蔵舞」 山本泰太郎
謡「 天鼓」 友枝昭世
「黒塚」 内田安信


献立日記(2012/12/7)
牛肉とトマトのオイスターソース炒め
かき菜と油揚げの煮浸し
スパゲティサラダ


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