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旅の記憶24〜斉須政雄「十皿の料理」とパリ(その2)

(承前)

1986年5月、私は初めてパリにやって来ました。新婚旅行ではありますが、もう一つの目的はレストラン巡りでした。行こうとしたのは「ランブロワジー」始め、有名な店。インターネットのない時代、日本から手紙を書いて予約を申し込み、現地についてから電話で確認していました。

そして最初の夜に訪れたのが、「ランブロワジー」。トゥーネル河岸の小さな店は、過度な飾り気のない居心地の良い店で、初めてパリのレストランを訪れる緊張感をほぐしてくれました。

注文した品は、「ランブロワジー」のシグニチャー・ディッシュとして有名なもの、それは斉須さんの「十皿の料理」とシンクロします。

一皿目にいただいたのは、“赤ピーマンのムース”。「ヴィヴァロワ」の“赤ピーマンのババロワ”を、ベルナール・パコーが進化させた一品という知識はありました。皿の中央に乗った鮮やかな紅色のムース、一口食べると爽やかだけれどしっかりとした味わい、周囲にはトマトがあしらわれ、これが見事な脇役になっていた記憶があります。

この料理は、「十皿の料理」では最後の“第十皿”で紹介され、この料理に至るまでのエピソードが記されています。<このムースはガスパッチョのルネッサンス……なって僕たちは言っていました>、<ベルナールと僕にとって宝物>と斉須さんは書いています。さらに、<家族みたいな、空気みたいな>存在であり、<いつまでも僕と一緒にいる。メニューから消えることはない>と。

メインは“牛尾の赤ワイン煮”。斉須さんは“第一皿”として挙げています。牛尾を赤ワインで煮込むのですが、一晩寝かせ、翌日肉を取り出し煮詰め、また肉を戻す。そして冷蔵庫で二日か三日、<この間に、汁と肉が仲よくなってくるんです>、そして食べ頃のタイミングは自分で見きわめる。そして<斉須の料理となる>。

私が訪れた時、「ランブロワジー」に斉須さんは既に帰日していました。したがって、私の食べたものは、ベルナールの料理ですが、そこには共に苦労した斉須さんの気持ちが入っていたと思います。斉須さんは、この料理の持つ重みを受け止めなければとし、<この尻尾には僕のフランス体験と僕が料理人になった証、そして自分自身を検証する総てがつまっているのですから>。

この後、時差ボケの睡魔と戦いながらチョコレート・ムースを食べたことをおぼえています。そして店を後にしようとした時、外は雨が降っていて、マダム・パコーが「傘が必要なら持って行きなさい」と優しく言ってくれました。最後まで、素晴らしい夜でした。

その後、何度か斉須さんの「コート・ドール」を訪れました。「ランブロワジー」は移転し、格調高いグランメゾンへと進化し1986年三つ星を獲得、幸運にもロンドンから“三つ星”となった店を訪れることもかないました。

それでも、あの小さな「ランブロワジー」の体験は、特別のものであり、「十皿の料理」を取り出すと、そのことを必ず思い出すのでした。


余談ですが、これを書くにあたって少し調べたところ、木村拓哉主演の「東京グランメゾン」のロケーションに「ランブロワジー」が使われたそうです。私は見ていませんでした。また、2020年ベルナール(パコー氏のインタビュー記事)は総料理長のタスクを吉富力良に委ねたようですが、今も「ランブロワジー」は三つ星を維持しています。


*「コート・ドール」の“赤ピーマンのムース“、“牛尾の赤ワイン煮“


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