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中島弘象著「フィリピンバブ嬢の社会学」〜研究対象から愛する存在へ

2017年に新潮新書から出た「フィリピンパブ嬢の社会学」、書いたのは1989年(平成元年)生まれの中島弘象。名古屋に住む著者は、大学院生として国際関係学を専攻していた。彼が修士論文としてテーマにしたのは、“フィリピンパブ“。

女性指導教官は、<国際政治学が専門で、ジェンダーや多文化共生の観点から、在日フィリピン人女性の生活についての研究、および支援を行っている>(「フィリピンパブ嬢の社会学」より、以下同)。中島は、フィリピンパブで働く女性が、偽装結婚で来日していること、反社会勢力が関与していると言われていることから、その実態調査を行おうとする。

中島は大学3年生の時に、たまたま「在日フィリピン女性の生活」をテーマにしたゼミに入り、その流れでフィリピンにスタディツアーに行く。フィリピンの現実を目の当たりにし、<卒業論文のテーマは「日本におけるフィリピン女性の子育て」だった>

1990年代半ばから2003年にかけてのロンドン駐在時代、私は仕事の関係で年に1〜2度マニラを訪れていた。香港経由の長いフライトが到着するのは夜。とても国際空港の水準とは言えないニノイ・アキノ空港、ターミナルビルを一歩でると、出迎えの人々が大量にいる。出稼ぎの家族らの帰国を待ち受けているのだろう。

ホテルが手配してくれた車に乗車し空港を出るのだが、ほどなく渋滞に巻き込まれる。歩道には、若い男性がたむろし、車の動きが止まると物売りや物乞いをする人が群がってくる。旅の疲れを倍化させながら、ホテルにチェックインした。ホテルの中は別世界、私はクーラーの効いたラウンジでサンミゲルを飲み、金持ちの子女と思しき現地の若者は地下のディスコでは夜をエンジョイしている。

私が見たのは、フィリピン社会のほんの表層だが、著者は深く深く入り込んでいく。

“潜入取材“とか“突撃ルポルタージュ“といった記事を目にすることがあるが、中島の調査はそのレベルを超えていく。調査対象が客体ではなく、自分自身と一体化し、中島自身が調査対象となっていく。

中島は、研究対象のフィリピン人ホステスと恋に落ちてしまうのである。

したがって、本書はフィリピンという国、フィリピンパブの実態を表す“社会学“であるとともに、“青春ドキュメンタリー“なのだ。

読む者は“偽装結婚“で入国する彼女らの実態を知るとともに、中島とミカを応援したくなることだろう。
同時に、ミカを始めとするフィリピン人女性の強さに刺激されると思う。

ミカは中島に言う、<私のこと、弱い人間と思っているんでしょ? 私、強いよ。あなたが思っているのとは違う。ばかにしないで。私のこと助けたいと思って付き合うんだったら付き合わなくていい>、<ネガティブはだめ。ポジティブに考えないと。安心して、私大丈夫だから>

なお、本書を原作として映画も作成された。より多くの人が、フィリピンバブ嬢の実態を知り、二人を、そして日本で頑張るフィリピンの人々に共感するだろう。

明日は本書の続編について


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