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夏の噺(その1)〜四万六千日と「船徳」

*夏の噺(その2)はこちら(2023.7.24)

7月9日・10日は、浅草寺のほおずき市が開催される。これは、四万六千日の縁日である。四万六千(しまんろくせん)日とは、その日に参拝すると、四万六千日参拝したのと同様のご利益があるという日である。浅草寺のHPによると、こうした特別の日を功徳日と呼ぶようで、毎月あるらしい。中でも、最大倍数の日が7月10日の、四万六千日とのことである。

ひねた見方をすると、寺社側も参詣にインセンティブをつけて盛り上げる為に、こうした功徳日を設けたようにも見える。特に四万六千日は、7月という暑い時期に参詣者を集めるためのマーケティングツールに思える。「土用の丑」の日の、うなぎキャンペーンのようなものだ。

さて、落語で夏のネタと言えば、私はいの一番に「船徳」が思い浮かぶ。昭和の名人、八代目桂文楽の得意ネタであり、それと共に、私は古今亭志ん朝の口演を愛聴してきた。

実家を勘当された若旦那 徳兵衛が、船頭に憧れ、馴染みの親方に頼み込んで仲間に入れてもらう。ここまでが前半、そして、多少の船頭修行をするもまだまだ半人前の徳兵衛が、お客を乗せて船を出す。そして展開されるドタバタが後半である。

桂文楽は、この前半と後半を、「四万六千日、お暑い盛りでございます」というフレーズで、場面展開する。夏の盛り、暑い中、四万六千日分の功徳を得ようと参詣する二人の男、一人は嫌がる相手を説き伏せて、船で涼しく移動しようという魂胆である。ところが、同じ考えの参詣客は多く、生憎まともな船頭は出払っており、徳兵衛が駆り出されるというわけである。

文楽は、設定された夏の世界に、ワンフレーズで観客を誘う。無駄のない、見事な演出だと思う。芝居なら舞台転換ができるが、落語は言葉と仕草のみで、情景を想像させなければならない。

もちろん、最初に聴いた時、私は四万六千日など知らなかった。そこで調べ、“お暑い盛り”を象徴するイベントであることを知った。文化や言葉はこうして継承していくものである。

梅雨の空が続くが、“お暑い盛り”は確実に近づきつつある


*桂文楽の口演


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