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タイムリーな切り口の一冊〜馬庭教ニ「ナチス映画史〜ヒトラーと戦争はどう描かれてきたのか」

映画に関する本、ガイドは沢山出版されているが、ナチスを切り口にしたものを初めて手にした。馬庭教二著「ナチス映画史〜ヒトラーと戦争はどう描かれてきたか」である。この本に登場するいくつかの映画は観ているが、“ナチス“という存在を意識しせず鑑賞した作品が多かったように思う。

第二次大戦において、確かにドイツは日本の同盟国ではあったが、日本とドイツが一緒に戦ったという意識は希薄である。同盟はあくまで戦略的なものであり、戦術的なレベルではなかった。従って、ホロコーストの存在も、遠い友好国が起こした事件であり、当事者意識が薄い。あくまでも、私の場合であるが、多くの日本人はそうではないか。

私はロンドンで働いていたので、ユダヤ人・ドイツ人の知人もいた。アムステルダムに旅行し、「アンネ・フランクの家」を訪れた。ワシントンDCに出張した際に、ホロコースト記念博物館にも足を運んだ。それでも、ナチスの行為に関して現実感は薄い。

著者は、日本の戦争映画と欧米のナチス関連映画との違いを、こう書いている。欧米の戦争関連映画においては、<「欧州大陸という地続きの同一空間上に、加害者と被害者、敵と味方、さまざまな葛藤を持つさまざまな立場の人たちがすぐ隣同士にいて、例外なく入り混じって物語が展開される」> 。

この感覚は、同じ大戦を経験した日本人において<欠落>しているものであり、それが映画にも反映されている。

“ウクライナ侵攻“に代表される、世界における紛争。物理的空間の概念が大きく広がる世界において、今こそ日本人がもっと深く理解しなければならないことの一つが、上に引用したことである。そして、この本で紹介されている映画を観ることは、大きな助けになるのだと理解した。

本書は、著者が愛する戦闘シーンの無い3本の映画、「大脱走」「サウンド・オブ・ミュージック」「愛と哀しみのボレロ」の詳細を中核に置く。この3本を私は観ているが、とりたててヒットラー・ナチス映画として観た覚えはない。しかし、本書を読むと、確かにナチスの時代が背景に流れており、そうした視点から見つめ直すと、多くの発見があることがわかる。

さらに、本書は夥しい数の映画を、タイプ別・時系列に紹介している。途方もない力作の映画ガイドであり、未見の作品多数。あれもこれも観たくなる、秀逸の映画ガイドブックでもある。

それと同時に、なぜ欧米においてこれだけナチスにルーツを持つ映画が多数製作されているのかを、自ずと考えさせられる。世界は複雑なものであり、日本人はガラパゴス的環境から出て、複眼的に物事を見ることを学ばなければならない。紹介された作品の総体が教えてくれること、<大事なことは、欧米のヒトラー・ナチス映画の持つ『視点の多面性』にこそあるのだ>と著者は書いている。

残念ながら、“戦争“は過去のものではなく、現在進行形の出来事になってしまった。そして、その影響はグローバル化の進展により、世界の隅々まで波及している。“あとがき“で著者はこう書いている。<本書が映画を通して人間の過去の歴史に向き合い、戦争を防ぐため何事かを考え、行動起こすきっかけになればこれ以上の喜びはない>。

映画はこれまでも様々なことを教えてくれた。これからもそうであるし、学ぶべきことは無限にある。そのための、水先案内人になる一冊である



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