見出し画像

チャールズ・ディケンズを観ながら読んだ〜代表作「荒涼館」または“Bleak House”(その2)

(承前)

私が購入したのは岩波文庫版の「荒涼館」。いくつか翻訳が出ているが、訳が分かりやすそうなので、これにした。初出版当時の挿絵が挿入され、表紙には月刊分冊で出版された本の表紙があしらわれている。

「荒涼館」を人に勧める上で、絶好の一節が、本書の解説の冒頭にあった。「グレート・ギャツビー」のフィッツジェラルドが、大学生の娘への手紙の中で、<「荒涼館」はディケンズの最高傑作であり、「反対刺激薬」(注:counter•irritant)が欲しくなったら是非この小説を読むように>と薦めている。

「反対刺激薬」とは、例えば虫刺されの時に、痒み止めとしてつける薬にはメントールのような刺激を与える物質が入っている。あれは、痒みから神経をそらす役割がある。これと同様に、つらい思いをする時に読むべき刺激の強い作品として、「荒涼館」を挙げているのだ。

「荒涼館」の背景を理解する上で、当時のイギリスの裁判所に関する訳注がまず役立った。 単純化すると、当時は殺人などの刑事を扱う裁判所と、民事を扱う大法官裁判所に分かれていた。「荒涼館」で取り上げられる遺産相続に関する訴訟は後者で審理され、それは弁護士が作成する特別の形式の書類で行われる。そして、その費用は係争の対象となる遺産から差し引かれ、裁判は長期に渡ることがしばしばだった。ディケンズがこの作品に込めた社会批判の一つである。

もっとも、これは「荒凉館」の持つ刺激のごく一部であり、もちろん恋愛も大きな刺激の一つである。さらに、社会階級に基づく貧富の差、生活環境の違いから起こる悲劇的な出来事も重要なスパイスである。そして、出生・出自に関する秘密。「反対刺激薬」満載である。

BBCのドラマは基本的に原作に忠実に描かれるが、重要なポイントにおいてはアレンジをほどこし、劇的効果を高めており、並行して観て・読んでいると、その巧みさがよく理解できる。また、原作にあたることによって、ディケンズの描いた世界をより理解できた気もする。また、多くの人物が登場するので、プラクティカルには、本の冒頭に掲載されている<主な登場人物>も役に立った。

原作の方は、その構造でも作品に深みをもたらしている。それは小説という形式ゆえにできることである。小説の著述は全体を俯瞰した三人称で描かれながら、主人公で出自が不明のエスター・サマソンの一人称による記述が挟まる。これによって、膨大な登場人物の中で、読者はエスターにことさら共感を覚えることになるとともに、2つの異なる視点からディケンズが描く世界を眺めることができる。

さらなる刺激は、後半のミステリー小説とも言える展開である。ある重要人物が殺害されるのだが、その犯人をめぐってストーリーは急展開していく。TVドラマは、このあたりを見事に料理している。

BBCのこのドラマはAmazon Primeで見ることができる。ロンドンのシティーで働いたことがある人には、ビクトリア朝時代の雰囲気と現代の対比も興味深いだろう(金融街と法曹街は隣接しており、それは今も続く。また、通りの名前等もさほど変わりがない)。

小説単独で通読するのはタフだと思われる方(私はそう感じる)、ドラマを見てから斜め読みするだけでも、ディケンズの素晴らしさを楽しむことができると思う。

是非、ドラマを観ながら読んで欲しい。もちろん、ドラマだけでも十分面白いけれど


画像1


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?