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藤井聡太八冠制覇〜対局中継で目撃した残酷な現場

将棋の藤井聡太名人・竜王が、永瀬王座からタイトルを奪取し、史上初の八冠を獲得した。

私は将棋をほとんど分かっていないが、一定の知識と興味はあった。子供の頃、誰からか将棋を教わった。どの家にも将棋盤くらいはあり、父親と指したことはある。ただ、あれこれ先を考えながら指すというのが、性に合わなかった。

子供向けの「将棋入門」のような本も買ったが、覚えているのは将棋の戦術・定跡ではなく、当時は3つだったタイトルを全冠制覇した升田幸三、続いて全冠制覇し、タイトルの増加に伴い五冠まで獲得した大山康晴永世名人、二人が追いかけた木村義雄といった棋士の紹介ページである。

時は流れて、谷山浩司が史上最年少で名人となり、私と同世代(1学年下)のスターが誕生したと思った。谷川は四冠王となったが、羽生善治始めとする次世代が台頭してくる。そして、羽生は史上初の七冠となる。当時はタイトルは7つしかなかった。

こういう棋士たちの活躍を見ながら、以前に紹介した「聖の青春」や、団鬼六の「真剣師 小池重明」といった将棋を題材にした作品も楽しんだ。

それでも、将棋対局の中継を熱心に観ることはなかった。たまに、藤井聡太のタイトル戦のネット中継を見て、AIの形勢判断をチェックする程度だった。対局そのものよりも、棋士の生き様に興味があったのだ。

昨夜、「そう言えば藤井の七冠がかかっているはず」とAbema TVをチェックすると、まさしく永瀬拓矢王座との五番勝負第四局が中継されていた。 藤井の持ち時間があと30分弱、永瀬も1時間を切っている。いよいよ、終盤の緊張感あふれる局面である。

見始めると、これが面白い。将棋はよく分からないのだが、AIによる最良手予想、それも参考にしながらの、木村一基九段らの軽妙な解説。緊張感あふれる対局とは対照的で、AIの予想に対しても「よく分かんないですねー」、「今日は徹夜ですね〜」とも。

見ていると、AIの最良手や形勢判断は盤上の動きがなくとも変化する。例えAIであっても、読み切るには時間がかかり、判断も変化するということなのだろう。将棋の奥深さを示している。

藤井が先に持ち時間を使い切り、1分将棋(持ち時間を使い切ると、1分以内に着手しなければならない)に入る。それでも、ずっと保たれたいた永瀬リードのAI表示が、ジリジリと藤井有利に変わっていく。解説を聞いていると、なんとなく分かる。永瀬も1分将棋になり、盤面の王様も次第に孤立していく。それでも、永瀬がまた盛り返し、今日は藤井の負けだと、素人の私も思った。

それも束の間、永瀬の一手に、AIは無情の「悪手」の表示。私が見始めてからは、こんな表示が出るのは初めて。木村九段ら解説陣も、一瞬絶句の一手だったようだ。 十数時間死力を尽くしてきても、一つのミス(日刊スポーツの解説で、加藤一二三は「奨励会初段でもできる決め手」を逃したとしている)が、明暗を分ける、残酷なゲームである。

これで完全に藤井ペースになる。藤井は泰然自若という雰囲気になり、AIの示す最良手を着実に指していく。一方の永瀬は、可哀想なくらい落ち着きがなくなり、虚空を見たり、後ろに視線をやったり、頭をかきむしったり。将棋という枠組みを超えた、人間ドラマが映し出された。

そして、遂に投了の時を迎える。控え室にいた関係者・記者らが対局場にゾロゾロと入場し、即座にインタビューに入る。勝利者、そして敗者に対しても。余韻に浸る間もなく言葉を発する藤井聡太は、まだ頭の中に将棋が回っているのか、それとも感情の高ぶりか、言葉はポツポツと発せられた。

歴史的な瞬間を見届けたとともに、よくわからなくとも将棋対局中継が結構面白いことがわかった


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