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最上級のボクシング興行(その2)〜井上尚弥vsルイス・ネリ@東京ドーム

(承前)

そして第4試合、K-1から転向、9戦目にして世界に挑戦する武居由樹が、WBO世界バンタム級王者のジェイソン・マロニーに挑戦した。序盤は武居ペースに見えたが、徐々にマロニーが盛り返して来たように見えた。そして最終ラウンド、マロニーの猛攻に、武居は今にもダウンしそうに見えた。会場も騒然、とにかく逃げ切れという祈りのような歓声の中、武居は踏みとどまった。

もう、この時点でボクシングというスポーツの素晴らしさに感動していた私だが、判定はどうか。1Rにロー・ブロウで減点されており、それが響かなければと心配していた。そして、発表されたスコアは予想以上の大差がついた武居の勝利。ちょっと、泣けた。

勝利者インタビューで、新チャンピオンは「足立区の武居が東京ドームで世界王者になりました!」と叫んだ。そして、母子家庭の彼を、キックボクシングジムで鍛え育てた“おやじ“古川会長への言葉、リングに上がった古川会長の嬉しそうな顔、八重樫トレーナーの姿。すべてがドラマだった。

感動的な試合の余韻の中、メイン・イベントのゴングが近づいてきた。

ルイス・ネリが登場、リングに上がるとブーイング。そして、井上尚弥。外野席ステージにまず現れたのは、ギタリスト布袋寅泰。生演奏で盛り上げる中、井上尚弥が登場。4本のベルトと共にリングに向かった。

井上がリングに上がると、4万3000人の大観衆のボルテージは、前の試合とはまるで異なるレベルとなった。前三つの世界戦が、すべて好試合であり、観客の体も十分すぎるほど温まっていた。

そして、あの第1R、井上まさかのダウン。一瞬何が起こったのかという感じで、多くの観客が心の中で「井上、落ち着け!」と、声に出していた人もいるだろう。後から振り返ると、井上尚弥はこういうシーンもシミュレーションしており、しっかり8カウントまで立ち上がらず、冷静に対応した。落ち着くべきは観客の方だったのだ。

それでも、ラウンド終了後にスクリーンに映ったネリのパンチの破壊力は恐ろしく、この後の展開が心配にはなった。

しかし、第2Rすぐさまダウンを奪い返したのは、やはり“モンスター“である。ネリのパンチを、完璧に見切っていた井上の姿に、「これなら大丈夫」と思った。

その後の展開は、ご存じの通り。翌日、Amazon Primeで改めて見返し、井上尚弥の凄さを再度味わった。

16時に開始し、井上がアリーナを後にしたのが21時40分ごろ。ラウンド数で46ラウンド観たことになり、正味時間で130分、しかも様子見的なダレたラウンドがまったくなかった。ボクシングで、お腹いっぱいである。

後方に座っていた若い男性、「これは11万の価値あった!」。

東京ドームの出口にいた男性、小学生くらいの子供に「お父さん、ボクシングの試合初めて観たけど、めちゃ楽しかった!」。お父さんが小学生になっていた。

4万3000人、ほぼ全員が満足して東京ドームを後にしただろう。34年ぶりのドーム、ボクシングの美しさと感動を伝えた。そして、エンターテイメント、興行としても大成功だった。

翌日、東京駅付近で井上尚弥Tシャツを着た小学生が、両親に連れられていた。遠隔地から観戦に来ていたのだろうか。少年は、しきりにボクシングの真似をしていた。

この少年のように、皆が余韻に浸った、最高のボクシングだった


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