ショートショート 1分間の国 ◎【バカスケがやってくる】



 秋の午後、集落一番の通りを夕陽を背に黒い影がやってくる。それは巨大な太った人間の形をしているけれども、黒いだけで目鼻立ちすらはっきりしない。


 すべての光の色を吸い取って、ただただ真っ黒だ。


 野焼きの煙だとか無数の小さな羽虫の塊だとかいろいろな説があったけれども、結局のところその正体は誰にもわからないので、それはバカスケと呼ばれている。


 耳鳴りのような低い唸りをかすかにあげて地面すれすれを浮いて歩いてくる。


 バカスケがくると大人も子どもも慌てて家のなかに飛び込む。もしも見つかったらどこかに連れ去られて2度とは戻ってこられない。


 バカスケの周りをトウモロコシが爆ぜるように飛び跳ねながら着いてくる小さな人型が、息を潜めてうずくまる小さな茅葺き屋根の家々を覗き込む。そしてところどころの家の扉にトウヒの枝で作った印を目立たないように立てかける。印をつけられた家からは今度の冬が明けるまでに必ず死人が出る。


 良作の年にトウヒの印は少ないが凶作の年の印は多い。


 すべての光の色を吸収する真っ黒で巨大なバカスケがやってくると、秋は追いやられて冬がくる。


 冬のあいだバカスケは真っ白な雪の下の土のなかを動き回り、死んだ者たちの魂を食べる。だから土饅頭はときどき大きな溜め息をつく。


 暗く厳しい冬が終わり桃色の春が近づくと、バカスケとその子分たちはようやく冷たい川の流れに乗って去っていく。


 野も山もいっせいに芽吹き、虫やカエルやヘビや獣が這い出して鳥たちが囀る。そして若葉の緑が土の黒さや去年の枯葉を覆い隠したとき、ようやくまた人々の季節がくる。


 ……、そして月日がめぐり、やがてまた、真っ黒で巨大なバカスケが西の涯からやってくる。


 人々は息を詰めるようにして薄明るい窓を見上げ、絶対にこのままではおかないぞ、と誓うのだ。

                            (了)



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