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二年間の成果 

(書き手)古屋美登里

 翻訳塾を始めて二年が経ちました。結局一度も直接お目にかかれないまま、Zoomを介しての授業に終始しました。
 塾生のみなさんはこの二年間、仕事をしながら塾の課題(翻訳と作文)に取り組み、短篇を四篇、エッセイや記事を四作訳してきました。大きな変化といえば、全員が文章を書くことを好きになったことではないでしょうか。当初のころは作文の課題に怯んでいた方もいましたが、いまでは書くことが楽しくて仕方がないという声が多くなりました。単に文章を書くだけではなく、みなさんそれぞれに工夫を凝らし、何をいかに書くか、ということを毎回考えてさまざまな挑戦をおこなっています。エッセイストとして独り立ちできそうな方もいらっしゃるほどです。
 翻訳ではこれまで、提出された課題の訳に私がこまかく添削をおこない、作家の意識がどのように文に表れているかといったことを中心に解説してきました。翻訳することが好きであればそれだけ、形容詞ひとつ、副詞ひとつのニュアンスの違いや、作家の意図をどのように汲み取るかといったことに敏感にならなければなりません。苦しいことも多いのですが、ぴたりとはまる訳語を見つけたときの晴れ晴れとした気持ちを一度味わったりすると、もうこの世界の虜です。
 語彙を豊かにするためのアドバイスも、おひとりおひとり個別におこなっています。
 教える側としていちばん驚いたのは、吸い取り紙のようにこちらの言葉を吸収し、それを訳文に反映していく塾生たちの貪欲なまでの意欲と理解力、さらには持続力でしょうか。翻訳でもっとも必要とされるのは体力と持続力ではないかとわたしは密かに思っています。また、日常生活でどのようなことがあっても、机の前に座ればすぐさまそちらの世界に移っていけるだけの飛躍力も必要です。稲葉延子先生と二人三脚でおこなってきたそうした訓練も、徐々に実を結んできたように思われます。
 また、本塾では半年に一回、特別講師をお呼びして翻訳の講義や教養講座をおこなっています。これまで特別講師としてエッセイストでジャーナリストで翻訳家の内田洋子さんと、翻訳家でシャーロキアンの北原尚彦さんに翻訳について貴重なお話をしていただき、本塾の講師でありフランス文学者でシモーヌ・ヴェイユの専門家の稲葉先生にはヨーロッパの文化や神話、キリスト教の歴史について話していただきました。
 五年間でプロの翻訳家に、というのが始まったときの本塾の目標でしたが、塾生のみなさんの上達ぶりは目覚ましく、すでに版元から作品のリーディングを依頼されたり、下訳をしたりしている塾生も何人かいます。この塾に来るまで翻訳をしたことがなかった方も驚くほど巧みな訳文を提出するようになり、五年もかからないような勢いです。
 今のところは新たに塾生を募集をする予定はありませんが、翻訳家を目指している方々の相談にのるような機会を設けたいと考えております。