翻訳業務の発注サイドから見たAI翻訳とお金の話
どうも、翻訳ジャーニーです。今日は翻訳会社からの目線で、AI翻訳・機械翻訳とその人力修正(ポスト・エディティング)について話してみたいと思います。
遠回りになりますが、最初に翻訳会社のもうけについて考えてみます。
翻訳会社のもうけ
たとえば、翻訳会社Aがクライアントから翻訳業務を受注します。受注金額は仮に「100」とします。あえて単位は付けません。100万円かもしれませんし100,000ドルかもしれません。
受注金額から必要経費を支払ったものが利益になります。当然ですね。では必要経費の内訳を見ていきます。
まず翻訳者に支払う
これは本当に仮の数字ですが、翻訳者に「45」というお金を支払って翻訳を依頼するとします。翻訳単価は分野にも寄りますし、経験や交渉力にも寄ります。人によっては35という人もいれば、50をもらえる人もいるでしょう。
続いてレビュアーに支払う
普通は翻訳+レビューの2段構えです。場合によっては、プルーフリードという訳文だけ読む人がいたり、SMEレビューといって専門家によるチェックがあったり、LQAという内部or外部のチェックが入ることもあります(SMEはSubject Matter Expertの略です)。ここではシンプルに翻訳とレビューだけの場合で見てみます。
今回のサンプルではレビュアーに「15」を支払うことにしました。これで合計60になります。受注金額の残りは「40」です。
プロジェクトマネージャーの人件費
続いて、ファイルを作成し、あちこちと連絡・交渉して、プロジェクトを進めるプロジェクトマネージャーの費用があります。ここでは「5」という数字を割り当てました。
翻訳とレビューにかかる金額は、ほぼ完全な正比例となります。極小の仕事で効率が悪いという場合を除いて、単語数・文字数が増えればそれに比例して作業負荷が高くなり、料金も発生します。ところが、PM料金の場合はそうではありません。500ワードのファイルを10件用意するのと、20000万ワードのファイルを5件用意するのとでは、後者が売上ベースで20倍多いのに対して、作業負荷はそこまで変わりません。
PM料金は、仕事が発生した時に必要になるという意味では固定費ではありませんが、仕事量と作業負荷・料金が正比例しないという意味では固定費的な性格を持っています。つまり、たくさんの仕事を受注すればするほどPM料金「5」という数値が圧縮され、もうけが増えていく計算になります。逆に仕事量が少ないとPM料金が「5」では済まなくなります。
粗利からさらに差し引かれるもの
正確な表現ではないかもしれませんが、個別のプロジェクトに必要になる人件費を差し引いたものをここでは「粗利」と呼びたいと思います。今回の例では粗利が「40」ですがそのまま翻訳会社の純利益にはなりませんよね。
たとえば、オフィス賃料など(完全な固定費)、ソフトウェアのライセンス代など(主に固定費)、経理担当者(固定費的な性格が強い)、営業部隊などの費用もここからまかなうことになります。会社として取り扱う仕事量が多ければ多いほど、受注金額「100」から差し引く割合は圧縮されていきます。つまり(とがった路線を進む一部の翻訳会社以外は)基本的には大量の仕事を受注してさばいた方が利益率が高くなります。ま、これはほとんどの業種でそうなんですけども。
純利益
このあたりから数値に自信がないのですが、仮に固定費+準固定費を差し引いた結果が20だとします。これが翻訳会社の純粋なもうけとなります。20という数字はそれなりに大きいんじゃないかと思います。
ライバル登場、そしてMTPEへ
ある時、翻訳会社Bが登場して翻訳会社Aの既存クライアントにこう営業をかけてきます。
その仕事、当社なら90の価格でできます。高性能AIの翻訳とプロ翻訳家の修正が実現した低価格・高品質をぜひ体験してください。翻訳会社Aよりも10%もお得ですよ(って、価格まで知ってるわけないか)。
A社は値下げ競争に巻き込まれてしまいます。仮にB社と同じ価格まで下げた場合は、受注金額が10減ります。そうなると利益が20から10に半減してしまいます。
焦った翻訳会社Aは、B社に追随してMTPEを導入することにします。
商用MTの価格
セキュリティ面からも品質面からも、翻訳会社が使うMTはエンタープライズ向けで有料です(まれに、無料のG社やD社のMT結果を評価してくれと言う依頼が来ることはありますけどね)。
料金モデルについてはごく一部の事例しか知らないのですが、完全固定制、完全従量制、そのハイブリッドという3種類があると思います。私の推測ではハイブリッド型が多いのではないかと思います。つまり、たとえば年額で「2500万」という固定価格を支払いつつ、MTサービスを1ワード使うと「5」の料金がかかるといった仕組みです。繰り返しになりますが、この数値に具体的な単位は付いていません。あくまでイメージです。
MTPEモデルを採用しつつ、翻訳会社Bに対抗できる価格設定にしつつ、それでいて利益を出そうと思うと、たとえば次の形が考えられます。
MTに5かかり、諸経費がMTエンジンの固定契約料のために2アップして17になった場合、翻訳料金を引き下げることになります。
引き下げの理由は……どうしましょう。「MTの翻訳が入っているから、その分手間がかからずスピードが上げられます」ってことでどうでしょうか。MTPEに切り替えても1日の売上は変わりませんよと言えば納得してもらえそうな気はします。
45を支払っていた翻訳料金を3割引きにして32でお願いすると、諸経費の微増を入れても利益が16になります。以前の利益率20と比べると見劣りしますが、背に腹は代えられません。
これでめでたく翻訳会社Aはクライアントの仕事をキープできました。
めでたしめでたし……
じゃないよね?
現場の翻訳者が感じている実態
いや、そうは問屋の倉庫ですよ。Twitterで、実務/産業の翻訳者に対象を限定して「MTPE作業が割に合うかどうか」を尋ねました。詳しい考察は次の記事で書きますね。このアンケートでは、文芸、字幕、漫画、ゲームは対象外にして、一般にMTが得意だと思われているジャンルに絞りました。
執筆時点ではアンケートが終了していないので、結果を画像で示します。
ご覧の通り、実務分野で77.8%の翻訳者がMTPE作業が割に合わないと回答しています。一方で、22.1%が割に合う(中にはHTよりも良い)と回答しているのです。(最終的な数値は少し変わるはずです)
これは正式な調査ではありませんが、私の知っている翻訳者たちがMT/MTPEについてあちこちで語っている実態をそれなりにうまく表していると思います。
なぜ割に合わないのか?
「割に合う」と「割に合わない」の差はどこにあるのかと言えば、A)MTエンジンとその分野との相性、B)MTエンジン本来の性能、C)MTエンジンのチューニング、D)作業者の慣れや向き不向き、E)作業負荷に見合わないMTPE割引き(orそもそも低単価)、が挙げられます。この中で最も大きなファクターは、Aの「MTエンジンとその分野との相性」だと思います。ここでミスマッチが起こっていると、B、C、Dのどれを上げても割に合わなくなります。
たとえば、相性が抜群に良ければ、ほかのパラメータはそこそこでも大きな問題にならないかもしれません。
一方で、相性が良くないとほかのパラメータが良くても割に合わなくなってしまうでしょう。
唯一、Eの価格パラメーターを大幅に上げることで割に合うようにはなるかもしれません。しかしMTPE導入の主な動機が大量処理&値下げであれば、価格アップはあまり期待できません。
翻訳会社がMTPEを導入する動機
ある翻訳会社があるクライアントの翻訳で、HTからMTPEに切り替えるきっかけとしては、先ほど見たライバル会社に仕事を取られそうだという状況のほかに、他社の仕事を奪うために自ら価格を下げて"競争力"を高めるケースや、クライアントから値引きを強く求められたり、親会社に一方的に決められたりなど、さまざまな理由があると思います。いずれも、コストカットと大量処理が動機になっていると思われます。
ちょっとしたまとめ
1)当然ながら、翻訳会社は値下げ競争の圧力にさらされています。健全な競争であれば良いのですが、実態にそぐわない過当競争になっている可能性があります。
2)また、クライアントの中には品質をうまく評価できない担当の方がいたり、最悪のケースではクライアント側に日本語を話せる人がいなかったりします。クライアント側の品質評価問題です。
3)そして、前述のように多くの翻訳会社には大量に受注・処理したくなる強いインセンティブがあります。そうした方が固定費・固定費的な出費が圧縮されて利益率が高くなるからです。それ自体は健全なことですが、
3-1)MTが不向きなジャンルにMTを無理矢理導入したり、
3-2)MTが不向きな言語にMTを無理矢理導入したり(20言語や30言語に一括で翻訳するようなどでかいプロジェクトでありがち)、
3ー3)経験のある翻訳者が担当したがらないので、経歴の浅い新人や翻訳志望者を"発掘"してきて、割に合わないMTPE作業をさせたりするなど、
実態を無視した運用&持続可能性の低い運用になっているという問題があると思います。
新人や志望者が担当した割に合わないMTPE作業で出てくる翻訳に品質を期待することはできません。上記のような運用が続けば、質の悪い翻訳が世の中にあふれていくでしょう。
この先が本当に書きたいことなのですが、今回のテーマは「翻訳の発注サイドから見たMTPEとお金の話」なので、ここでいったん締めたいと思います。
アディオス!
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