お湯自動販売機

お湯を湯水のように使いたい

引っ越してそろそろ1年になる。10階建ての、部屋数も多い単身者向けマンションで、知っている人といえば、雇われ管理人のおじさんただひとりだ。それだって、水色の作業着を着てゴミをまとめているからで、本物が管理人室で猿轡を噛まされていても、きっと私は気付かない。

左隣の部屋からは、ほとんど物音が聞こえてこない。ただ、昨年のクリスマス・イヴにデリヘルを呼んだので、寂しい男性だということだけはわかっている。クリスマス・イブに耳を澄ませる私にだけは言われたくないだろうが。


右隣の部屋はしばらく空室で、ドアに南京錠が掛かっていたが、先日仕事から帰ったら、外れていた。住人を一度も見たことがないが、夜中にぼそぼそと聞こえてくるのは、耳馴染みのない外国語だ。
このマンションを私に勧めた池袋の不動産屋は、ほぼ女性しか住んでいません、外国人もいません、と言っていたように思うが、少なくとも私の部屋界隈では、別にどっちでもいいが、大嘘である。

しかし、宅配ロッカーもコインランドリーもあって家賃45,000円なら、優良物件と言えるだろう。

不満があるとすれば、お湯が有料ってことだけだ。

お水は使い放題で、家賃に含まれている。なんて良心的。
だが、ちょっとでも温度を上げると室内のカウンターが静かに作動して、みるみる数字が減っていく。
10を切ると点滅し始め、そんな状態では恐ろしくてシャワーも浴びることができない。
1階に降りてお湯自動販売機に部屋番号を入力し、1,000円札を投入すると、部屋のカウンターに50がプラスされる。
その数字の意味するところは、おそらく500リットルだろう。お湯が1リットル2円。高いんだか安いんだかわからないが、できればカウンターを忘れて心ゆくまで流したい。涙をシャワーでカモフラージュしたい夜もあるじゃないか。
だが貧乏性の私は、ブルブル震えながら1ヶ月1万円生活の芸人みたいなカラスの行水を続けている。極力皿はお水で洗う。それでも、1週間に1度は課金が必要なのだ。

そろそろかなと思いカウンターを見ると、54だった。意外と減っていない。
その後数日経って、またカウンターを見てみると、また54だった。もしかして、前回見間違えたのかもしれない。
なんだか得をした気分だ。日曜だと思っていたらまだ土曜だったみたいな嬉しさ。
しかしさらにその数日後、ふとカウンターを見ると、54だった。さすがにこれはおかしい。 念のため主張するが、私はシャワーを毎日浴びる派だ。

私の部屋のカウンターが壊れていて、実はあと1リットルしかないのかもしれない。だとしたら、今夜私は泡だらけの頭を冷たい水で流さなければならないことになる。慌てて1階のお湯自動販売機に部屋番号を入力すると、はたして残りは54で間違いなかった。

その後数日、お湯を使うたびに見るが、カウンターは54のままだ。
明らかにぶっ壊れている。ずっと日曜だなと思っていたら世界が止まっていたみたいな暗い喜び。
それから私は、まさに湯水のようにお湯を使った。やっぱりお湯は湯水のように使ってこそ気持ちいいのである。そして、本来は有料であるはずのお湯を無料で使っているという「得してる」感が、冷えた体をより温める。心も体もホクホクだ。

さすがに1週間も経つ頃には、故障は私の部屋だけではないのだろうな、と気付く。部屋のカウンターを叩いたり蹴飛ばしたりした覚えはないし、1階のお湯自販機とも連動しているから、そう考えたほうが自然だ。

マンション全体でカウンターが止まっている。そして、全員が私のように黙ってホクホクしている。


管理人さんに言えば修理が入り、またお湯を買う日々に戻ってしまう。もし自分が言ったことがバレれば、マンションの住人全員から恨まれるだろう。お前そこは空気読めよ。いいかっこしやがって。せめて冬越すまで黙っとけよ、と。

たとえばこれが人の親なら、子にお手本を見せるべく、進んで報告するのかもしれないが、あいにくこのマンションはすべてこじんまりとしたワンルームだ。子供の声は聞いたことがない。同棲もたぶんない。すべて単身世帯。

愛する者の目が届かないところでは、人は自分にいくらでも甘くなれるのだ。

カウンターが故障したことで、全く住人同士の交流がなかったマンションに精神的な一体感が生まれた。今私は部屋にいるが、この真下の人も、そのまた真下の人も、みんな同じ秘密を抱えている。罪悪感とラッキーを共にする、我々は運命共同体なのだ。

いつかはバレる時がくるだろう。管理会社は早急に修理を行い、もし使用履歴が残っていれば、取りっぱぐれたお湯代をさかのぼって請求してくるかもしれない。
我々が故障に気付いても黙っていたことは、もはや疑いようがない。
そうしたら住人の誰かが言うだろう。
「そもそもこのシステムがしゃらくさいんじゃ!」
「そうだそうだ!」

勢い付いた住民たちは、この1年で誰も使っているところを見たことがない1階の談話室に集まり、決起集会を開く。絶対に払いたくない我々は、故障に気付かない方が悪い、管理がなってないなどと言い合い、なんとか自分を正当化してお湯代追加請求を阻止しようとするはずだ。
そこには自国語でそれっぽいことをまくし立てる外国人も、デリヘルをクリスマス・イヴに呼んだことを誰にも知られてないと思っている男もいる。事の顛末をエッセイに綴って、全国に発信する不遜な女もいるだろう。


我々は全然違うように見えて、きっとそう大きくは違わない。

少なくとも「今夜はラッシュでバスボムを買って帰ろうかな~」などと考えている私を、私は世界でいちばん信用できない。

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